第87話 そりゃ、ここまで泣くよなぁ

 浮遊感がなくなってきた。でも、瞼は重たい。


 いや、重たいのは瞼だけではない。

 体も重たい。なんか、体に何かがくっついているような……。

 両側、俺の腕に何かが付いている。なんだ、これ。


 重たい瞼を無理やり開けると、暗い部屋が目に映る。

 ふわふわした場所で横になっているのかな。


「っ! えぇ……?」


 動けない理由がわかった。

 両腕に、アルカとリヒトが抱き着いている。これは、確かに動けないわなぁ。

 無理やり動くと二人を起こしてしまいそうだし……。


「――――――ん?」


 動けないでいると、羽をパタパタと動かしているリンクとスピリトの姿を発見。

 眉を下げ、俺を見下ろしていた。


 ”助けてくれ”


 そう、口パクで伝えると、スピリトが涙を浮かべ俺の顔に向かって突っ込んでっ――――――ぶっ!!!!


『ごしゅじんしゃまぁぁぁぁあああ!! 心配しましたぁぁぁぁああ!!!』

『ふ、ふん。私は特に心配していないけれど、貴方が起きてくれないと魔力が使えないのよ。だから、少しは喜んであげるわ』


 いや、ここでツンデレ発揮しなくていいから。


 つーか!! 俺の顔に涙や鼻水を浮かべているスピリトがぐりぐりと押し付けてくるのを止めて!!

 きたないっつーの!! 動けねぇんだよこっちわよ!!!


「ん…………え? カガミヤさん?」

「……っ、あ、カガミヤ!! 起きたのか!?」


 あ、拘束が解除された。た、助かった…………。

 顔にしがみ付いているスピリトを離すと、は、鼻水が……。きったない!!!!


「カガミヤさぁぁぁあああん!!!」

「カガミヤぁぁぁぁあああ!!!」

「ぐえっ!!!!」


 顔を拭くためティッシュを探していると、脳にまで響く叫び声がっ!!


 体を起こすと、またしても二人によって戻された。


 俺が寝ているのはおそらくベッドだとは思うんだけど、それすら確認できない程に、今の俺は動くことが出来ない。


 引きはがしたスピリトは俺の頭に、アルカは俺の左腕。

 リヒトは右腕にしがみ付いており、全く動けない。


 あぁぁぁあああ、子供の泣き声ぇぇぇぇええ、鼻水をすする音ぉぉぉぉおお。


 これ、どうすればいいんだよ。


 ――――――ガチャ


 お? ドアが開く音? 

 誰か来たらしいな、助けてくれ!!


「騒ぎ声が聞こえ駆けつけてみたら……。起きたらしいな」

「た、助けてくれ…………」

「しばらくはこのままでいいだろう。…………このままで、いいだろう」


 あ、あれ? 声的にヒュース皇子だと思うのだが、震えてる? 

 え、涙声ってやつじゃん。


 もしかして、あいつが? 

 いやいや、まさか。泣いてるなんてことないだろう。ありえないありえない。


「…………起きて、良かったぞ、チサト」

「あ、はい。ゴシンパイオカケシマシタ」


 泣いているな、泣いている。

 俺の目を隠し、泣いているのを隠そうとしている。

 …………これ、透視使ったら怒るかな。


 ………………。


 あぁぁぁぁぁああああ、誰か、助けてくれぇぇぇぇえええええ。


 ※


 俺が起きてから数十分、三人が泣きじゃくっていたから俺は動けず、ずっとベッドで横になる事となってしまった。


 やっと、泣き止んだ三人は俺の周りに座り直す。


「はぁ……。きったねぇ」


 濡れたタオルを渡され顔を拭くことは出来たけど、服に付いた涙や鼻水はカピカピ。これ、洗濯できるのかなぁ。


 まだ涙を零している二人を他所に、周りを見回していると見覚えのない所だった。


「えっと、まずここはどこ?」


 豪華な部屋という事だけは、今の俺でも分かるけど……。


 俺が寝ていたのは、三人は寝れそうなほど大きなレースベッド、海の中だと思わせるような青い壁。魚や海藻の絵が描かれているから、マジで海の中みたい。

 窓も、スクリーンを利用しているのかな。海の中を映し出している。


 ここは確実に、セーラ村やグランド国ではない。

 一体俺は、気を失っている時にどこへ連れていかれたんだ?


「ここはっ――――――」


 ヒュース皇子が話し出してくれようとすると、音を立てドアが開かれた。



 ――――――ガチャッ



 開いたドアの方に顔を向けると、そこには一人の女性が立っていた。

 水色の背中まで長い髪に、頭にはティアラ。水色のドレスを身に纏っていた。

 藍色の瞳は不安げに揺れ、コツコツと足音を鳴らしながら俺達の方へと近づいて来る。


「初めまして。わたくしはオスクリタ海底の姫、ロゼ・クラールといいます。以後、お見知りおきよ」

「あ、初めまして。俺は鏡谷知里。よろしくお願いします…………?」


 えらい美人かと思ったら、姫だったのか。納得。

 って、なぜオスクリタ海底の姫が突如ここに現れるんだ? ここはどこだ?


「貴方はここ数週間、一度も目を覚まさなかったのです。怪我などをしているようには見えなかった為、原因が魔力の枯渇ではないかということで、私の家にご招待させていただきました」


 え、ご招待という事は、つまりここは、姫の家? いや、お城?

 な、なるほどな。それを聞いてまたしても納得。


 驚くところは沢山あるが、ひとまず……。


 俺、数週間も寝てたの?

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