第70話 黒歴史製造機ここに誕生

「っ!?」


 な、なんだ、今の。夢? 

 目を勢いよく開ければ、見慣れた木製の天井。


「――――いっ!!」


 耳鳴り、頭が痛い。心臓も痛む、なんだよこれ。これも、今見た夢の影響か? 

 服が肌にへばりつく、汗が酷い。


「はぁ、はぁ…………」


 今の夢、確実にあの女だ。

 思い出したくもない、あの、俺の母親。


 くそっ、だから関わりたくなかったんだ。

 帰る場所として認定されている、家族というものに。


「…………ふぅ」


 何とか頭痛は収まってきた。でも、耳鳴りが酷い。


 こんな夢を見るなんて、俺も新しい環境で疲れているのかな。

 疲れていない方がおかしいけど、今までとは百八十度違う環境だし。


「はぁ…………」

「大丈夫ですか?」

「どわぁぁあ!?!?」


 え、な、え?! リ、リヒト!? 

 え? な、なんでベッドの隣にリヒトがいるん? いつ入ってきた?!


「な、なな、な?」

「え、あの、驚かせてごめんなさい?」


 俺の声にリヒトも驚いた顔を浮かべている。

 いや、その顔は俺が浮かべたいんだが? いや、浮かべているか…………。


「ノックをして、声もかけたんだけど、中から返事がなくて。倒れているのかなってドア開けたら、なんか。カガミヤさんが頭を抱えているし、心配で…………」

「あ、あぁ、それは悪かった。考え事をしていてな」

「考え事ですか?」

「あぁ」


 いや、まさか。周りの音が全く聞こえなかったなんて…………。

 気配すら感じなかったぞ、俺、やばくね?


「…………あ?」

「熱があるわけではないか。大丈夫ですか? どこか痛いですか? まだ約束の時間まで余裕があるので、もう少しだけで休んでも問題ないですよ」


 俺のデコに手を当て、熱を確認しているリヒト。

 笑顔でいるのは、俺が辛そうに見えたからあえて笑っているのか。セーラ村でもそうだったな。


 こいつが触れたところ、ほんの少し、温かい。


「…………なら、少しだけ」

「はい、時間になったらまた来ます。それまでゆっくり休んでいて」


 リヒトが立ち上がり部屋を出て行こうとする。


 あ、行くのか…………。



 ────クイッ



「っ、え?」

「…………あ」


 やべ、反射的にリヒトの手を掴んじまった。

 咄嗟に離したけど、遅いよなぁ。きょとんとした顔で俺を見てくる、どう言い訳しようか。


「カガミヤさん」

「…………ナンデスカ」


 つーか、俺は餓鬼か? なんで咄嗟に手を掴んだ。

 これだと、なんか人に甘えているみたいじゃないか。俺はもう大人だぞ、二十八だぞ、おっさんだぞ、やめてくれよ。


 絶対に馬鹿にされるやん。いい年したおっさんが年下の女に甘える的な図。

 うわぁ、改めて言葉にすると本当にみっともない、黒歴史だ。


「私は、ここに居ますよ」

「…………え?」

「私はここに居ます。だから、安心してください。絶対に貴方から離れたりしません。だから、もっと私を求めてください」


 …………嬉しそうな顔を浮かべるでない。なんか、こう、なんか。


 何だこの、言いようのない感情。

 やめろ、やめてくれ。俺にそんな眩しい笑顔を向けないでくれ。心が浄化される。


「寝てもいいですよ、カガミヤさん。それとも、何か面白い話でもしますか?」

「…………いや、少し寝る」

「分かりました、おやすみなさい」


 俺がリヒトとは反対の方を向き横になると、頭を触られている感覚。

 でも、嫌な気分にはならない。


「いい夢を見てください」


 いつの間にかなくなっていた耳鳴りと頭痛。

 深く眠れていなかったのか、睡魔もいきなり襲ってきた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ――――ガチャ



「リヒト…………っ」


 アルカが中に入り名前を呼ぶと、リヒトが人差し指を立て口元に当てた。

 静かにというようなジェスチャーに、アルカは自身の口を閉じる。


 リヒトの隣に移動し、目の前で寝ている知里を見た。


「さっきの苦し気な声は、やっぱりカガミヤだったのか」

「みたい。私の声とかも届いていないくらい乱れてた」

「そうか」


 二人は知里が起きないように小さな声で話す。


 安心させるように布団の上から、知里のお腹辺りをポンポンしている。

 魘されることも無く、寝息を立て気持ちよさそう。


 だが、知里の額にはまだ汗が流れており、リヒトがそっと拭いてあげる。

 その時、知里が二人の方に寝返りを打った。


 今はすやすやと安心したように眠っており、二人は安堵の息をこぼした。


「今まで、カガミヤに負担をかけさせ過ぎたという事か」

「それもあると思う。でも、それだけじゃない気がする」

「それだけじゃない?」

「うん。でも、これはまだわからない。だって、私達はまだカガミヤさんの事よく知らないでしょ? わかったような事を言いたくはないかな」

「…………そうか」

「うん」


 さっきまで浮かべていた笑顔がリヒトから消え、不安そうに眉を下げてしまう。

 そんなリヒトの頭を、アルカが優しく撫でてあげた。


 その手もまた温かく、心地よい。


 リヒトは安心したように、アルカを見上げた。


「私、カガミヤさんを支えたいな」

「それは、俺も一緒だ」


 アルカの言葉を最後に、二人は口を閉ざす。


 外の明るい日差しが部屋に差し込み、気持ち良さそうに寝ている知里を照らす。

 安心したように寝ている彼に、リヒトは目を細め優しく微笑みかけ、掛布団から出ている彼の手を優しく握った。


「ずっと、一緒ですよ。私達三人は、ずっとです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る