第67話 光と闇とはまさにこのことだな

 餓鬼の家は、メイン通路から離れた場所。古い木製の建物だった。


 街外れにある、捨てられた場所みたいな所に案内された時は少し焦った。迷子になってないよなこれってなったわ。


「こんな所で生活しているの?」

「うん。ここは、治らない病にかかった人が送られる”墓地送り”と呼ばれている場所なんだ。どうせ治らず、墓地に送られるからという意味みたい」

「酷い…………」


 墓地送り…………か。

 周りには他にも建物がある。人の通りもちらほら。つまり、病にかかった人はこの餓鬼の親だけではないという事。

 このような場所が準備されているという事は、今までも同じような事が結構起きていたという事だろうな。

 感染病や流行病の可能性が出てきた。


「中に入って」


 餓鬼が言うと、ドアが軋む音と共に二人が中に入って行く。

 俺も後ろを追いかけるように中に入ったんだけど…………。


「くっさ」

「ちょっと!!!」

「いて」


 正直な感想が口から洩れると、同時にリヒトに背中を叩かれた。ごめんて。


「こっちに。お母さん、大丈夫?」


 奥にもう一つ部屋があったのか。

 今、俺達がいるのはいわばリビングと言った所。小さなちゃぶ台に、薄汚れている座布団。キッチンっぽい所には食いもんが散乱している。餓鬼が頑張って調理しようとした残骸だろな。


 餓鬼は見たところ、大体小学生くらい。三、四年くらいだろうか。それで調理をしようと頑張ったのか、えらいな。


「カガミヤさん、こっちにお願いできますか?」

「…………あぁ、今行く」


 リヒトは奥の部屋から呼ぶ。まだ気になる点はあるが、ひとまず行くか。


 奥はおそらく寝室、無造作に服や布団などが置かれている。その奥には男性が映っている遺影。本当に父親は死んでいるらしい。


 部屋の中心には、一人の女性が横になって微かな息をしながら眠っていた。

 いや、目は俺の方を向いているから起きてはいるか。でも、体はもう動かないみたい。


「お客様、かい? ごめんなさいね、こんな姿で」

「そんな事、気にしなくて大丈夫ですよ。こちらが勝手に来ただけですから」

「そうですよ。いきなり来たのは俺達なので気にしないでください」


 こけた頬に細い首。髪もぼさぼさで、栄養が足りていないのは一目でわかる。

 これは結構重い病だな。癌だったら本当に何も出来ないぞ、名医とかでも難しそう。


 ん? 女の隣に薬と一緒に置かれているのは、診断書か?


「あ、カガミヤさん、勝手に…………」


 薬の近くにあった紙を拾い上げ見てみると、予想通り。診断書だ。


 …………ほぅ。なるほどな、これならワンチャンいけそう。

 つーか、ギルドに依頼されてそうだけど、これ。


「カガミヤ?」

「…………アルカ、この街にもギルドはあるのか?」

「え、あると思うけど。何でいきなり?」

「そうか。なら、そこに行くぞ。女、この診断書は預かる。リヒトは二人を見ていろ。行くぞ、アルカ」

「え、え?」

「ちょ、待てよカガミヤ!!」


 何もわからない二人をよそに、古い建物から外に出る。後ろにはしっかりと付いて来ているアルカ。

 俺が何も言わずに歩いていると、アルカが慌てた様子で横に来た。


「どうしたんだよカガミヤ、いきなりギルドなんて。今は護衛の依頼より、こっちの方が大変じゃねぇか」

「そうだが、ギルドに行けば何か手がかりがありそうなんだよ。まぁ、なかったらなかったでお手上げだけどな」

「どういう事だ?」

「診断書には原因不明と書かれている。その理由が体に異常がないから。あんなに弱っているのに体への影響がないのはおかしい。俺が元居た世界なら病院を転々とするしかないが、こっちの世界ならワンチャン魔法やモンスターが何か関係あるかもしれないと思ってな。そういうのに強いのは確実にギルドだろ」

「そうかもしれないが、急ぎ過ぎじゃないか?」

「確かにな。俺も思うよ」

「だったら、なんで…………」

「今の俺達が出来るのはこのくらいだ。医師じゃない俺達が余計な事をすれば状況が悪化する可能性がある。今は無難なところからやって行くしかないだろ」


 金を貸すのも嫌だしな。


 俺達が今の段階で出来る事をやれば、憶測が間違えていたとしても、選択肢が減って正解には近づくはず。


 病を発症させることはできて、治せないは確実にないはず。

 現代でも、時間があれば薬が開発され、感染症などを落ち着かせることが出来る。

 だが、それは俺達の仕事ではない。少しでも病の原因を突き止め、得意な奴にぶん投げた方が確実だ。


 俺がやるのはここまでだ、絶対にこれ以上はやらん。


「なぁ、カガミヤ」

「なんだ?」

「今回渋っている理由って、金が絡んでいない、だけが理由じゃないだろ。他にどんな理由があるんだ?」

「…………は?」


 なに言ってんだこいつ。真剣な眼差しを向けるな、何を考えている?


「カガミヤの過去は少し聞いた。それで苦しんでいるのかもしれないとも思っている。俺じゃ、カガミヤを助けられないけど、少しは協力出来る事があるかもしれない。だから、何か考えているのなら、気分がすぐれない理由があるのなら教えてくれ! 出来る事なら何でもやるからよ!!」


 嘘、偽りのない純粋な、心からの言葉だ。

 こんなにも嘘偽りがないなんてな。こいつらは本当に純粋なんだな。あんな腐った村に居たのに染まる事はなく、自分を貫き、ここまでやってきた。


 過去にトラウマを抱えていない人なんて少ない。誰か彼かは何かを抱えている。

 それを乗り越えたか乗り越えていないかで今後の生活が決まるだろう。


 俺は乗り越えなかった側、こいつらは乗り越えた側の人間。


 俺とは違うに決まっているか。


「なぁ、返事してくれよカガミヤ」

「あぁ、はいはい。そのうちな」

「おう!!」


 頭を撫でるとご機嫌になった。

 そういう所は餓鬼なんだよな、リヒトと同じ。まぁ、まだ十九だしな。


 ……………………いや、十九って結構気難しい性格してない? 

 ここまで純粋はありえないだろ。この世界の冒険者、こわっ。

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