護衛依頼

第60話 話すだけで気持ちが晴れるって、あながち間違えていないかもな

 掲示板には、昨日の受付嬢の死因が細かく書かれている。


 アマリアも、やっぱり管理者なんだな。

 だが、引っかかる。


 たしか、アマリアはギルドの管理以外は仕事をしないんじゃなかったか?


 処罰はアクアがすると聞いていたし……。

 なんで今回は、アマリアが直々に処罰したんだ?


 掲示板に書かれているのは、死因まで。

 経緯や理由とかは、一切書かれていない。


 アマリアに直接聞きたくても、今はどこにいるのかわからないから聞くに聞けないし……。


 …………部屋に戻るか。


 隣に立つアルカは、掲示板から目を離さず立ち尽くしている。

 驚きすぎて頭がショートしたか。


「おい、戻るぞ。アルカ」

「あ、あぁ」


 いつもの部屋に戻って、アルカは椅子に、俺はベットで横になる。


 目を閉じて再度寝ようとしても、寝れない。

 緊張しているのか、それとも落ち着かないのか。


 はぁ、寝れないのに寝ようとすると疲れるから、諦めるか。


「…………なぁ、カガミヤ、起きているか?」

「ん? あぁ」

「今回の掲示板に書かれていた事って、俺達に関係あるのかな」

「なんでだ」

「タイミングが、なんとなく……」


 アルカの声に覇気がない。

 ちらっと見てみると、アルカは窓の外を見ている。


 どんな顔と思いで、んなこと言っているのか。


「──なんか、嫌な予感がするんだ。この、胸騒ぎはなんだ。これから何が起きる」

「そんなもん、俺にわかると思うか? 俺は預言者でも占い師でもないんだ、そんなもんわからん。考えたところで意味もない、余計な思考を回してねぇで、今は休め」


 バッサリ切り捨ててやると、窓から目を離し悲しげに笑うアルカがこっちを向いた。


「そうだな。でも、なんとなく、休めなくてな」


 まぁ、その気持ちはわからんでもない。

 この世界に来て、二人の知人が死んだ。

 村長と受付嬢、どっちも管理者の手によって。


 アクアとアマリアは、どんな気持ちで人を殺していたのだろうか。

 今まで、どんな気持ちで人と関わってきたのだろうか。


「…………チッ」


 今までの俺は、人との距離感が近くなってしまうのがめんどくさいと思って、最低限の付き合いしかしてこなかった。


 一人の時間が楽だったから、無駄に人と関わる事はしてこなかった。

 だから、こういう時、なんて声をかければいいのか分からない。


 そもそも、俺が金を求め始めたのも、金がないと生きてはいけなかったから。


 金がないと、この世界では生きていけないと悟ったから。

 金には貪欲になり、自分の得となる事は絶対に逃さない。


 こんな生活をしてきたが、気の利いた言葉をかけられるわけがない。


 これ以上の会話は意味を成さない。もう、アルカも話すことないだろう。

 と、思っていたんだが……。


「カガミヤは、今までどんな生活をしてきたんだ?」

「なんだ、藪から棒に」

「なんとなくな。カガミヤは友達とか恋人はいたのか? 家族はどんなだったんだ?」


 アルカの方を見ると、何故か笑顔を浮かべていた。

 まぁ、無理して笑っているのは、さすがの俺でもわかるがな。


 はぁ、めんどくさいな。

 でも、時間つぶしにはちょうどいいか。


「別に話してもいいいが、気持ちのいいものじゃねぇぞ」


 体を起こしながら言うと、アルカは頷いた。

 いや、わかっていないのに頷くなよ、後悔するのはお前だぞ。


「お前は、ネグレクトって知っているか?」

「ネグレクト?」

「知らんか……。簡単に言えば、育児放棄だ」


 育児放棄という言葉はさすがに知っていたらしいな、息を呑んだ。予想通りの反応。


「俺は、育児放棄をされていた。まともな飯は与えてもらえず、何も出来ない俺をほっておいて、親はいつも出かけていて家にいない。最初だけは食事代などを貰っていたが、どんどんそれすらなくなり、催促すれば殴られた。でも、金がないと何も買えない。だから、俺は金を求め始めた。金があれば何でも手に入る、生きる事が出来る。金が世界を回していると察したからだ」


 こんな話、聞いても何も得にならんだろうし、ここまででいっか。

 隠すこともねぇし、質問されたことを次は答えていこう。


 ――――――――グスッ


 ……………………ん? グス?

 なんか、鼻をすする音が聞こえた……?


 え、アルカが泣いてる。な、なんで? なんで泣いている?

 あ、俺か? 俺が泣かしたのか? なんでだよ、泣く場面なかっただろうが。


 ちょ、え、誰か助けて。


「わ、わりぃ、でも、涙、止まんねぇ」


 手で強く握ってるから目元が赤い。

 えぇ……。今の簡単な話でここまで泣くか? ただ、”育児放棄されていた”。それだけを伝えただけなのに……。


 ────そうか、こいつは人の感情を感じ取りやすいのか。子供って、そういうところは鋭いって聞いたこともある。


 やれやれ、これが純粋な子供なのかな。

 俺には、アルカみたいな綺麗な感情はなかったなぁ。


「…………お前は、そのままでいてくれ」

「え、カガミヤ? それはどういう意味だ?」

「特に。ただ、少し羨ましいなと思っただけだ」

「羨ましい?」


 羨ましい。これは嘘でもないが、本音でもないか。まぁ、どっちでもいいな。


 アルカみたいに人の感情を感じ取りやすいのも大変そう。だが、なんでだろうか、今は少し気持ちが落ち着いている。


 さっきまでのモヤッとした気持ちが少し晴れたような気がした。


 もしかして、俺は俺について、誰かに話したかったのだろうか。どこぞのかまってちゃんだよ。


「気にすんな。話はこれで終わり、もう寝るぞ」

「お、おう」


 俺もなんとなくだが、気持ちが晴れたし寝れそう。


 再度横になると、リヒトの寝息が耳に入ってきた。

 さっきまで聞こえていなかった音。いや、耳に入っていなかった声というべきか。


 後ろでは、アルカがまだ困惑しているような気配が感じる、ふっ、笑える。


 気配など気にせず目を閉じると、今回は不思議なほど簡単に夢の中に入る事が出来た。心地の良い感覚。


 こういうのもいいなと、少しだが思ってしまった。

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