第59話 どこまでも腹立つな

 男が話を付けてくれたみたいで、俺達がギルドの受付に呼ばれた。

 精霊はいい加減うるさいから『今以上にうるさくするなら本当に売り飛ばすぞ』と脅したら静かになり、今は姿を消している。


「こんにちわ、話は聞いております。では、ほうしゅぅぅぅぅぅううううぁぁぁぁぁああああ!!」

「カガミヤぁぁぁぁぁあああ!?!」


 この女のお気軽な挨拶に笑顔、我慢出来る訳ないよなぁあ?


 女の頭を鷲掴み、力を込める。

 叫んでいるが知らねぇよ、俺は今以上に死にそうな目にあったんだ。


 それに、面倒くさいもんまで増やしやがって、ふざけるなよ。


「落ち着けカガミヤ!! むかつく気持ちはわかるが相手は初心者だ!! それ以前に女性には優しく接してやれと俺は教わったぞ!!」


 くそっ、後ろからアルカに腕を固定されてしまった。


「離せアルカ。俺はこいつに一発食らわせないと気が済まない。命の危険に晒されただけではなく、面倒臭いもんを引き当てやがったんだ」

「確かに大変だったが、それをこの人にぶつけたところで意味はないだろ!? 頼むから落ち着いてくれ!! 受付嬢も涙を浮かべて座り込んでいるんだぞ!? それに、カガミヤが一発食らわせたら殺人事件になる!! 頼むから落ち着いてくれぇぇえええええ!!」


 ちっ、そこまで言うなら仕方がねぇな。

 今回は俺も疲れているし、ここまでにしといてやるよ、感謝しな。


「はぁ。んで、今回は何で俺達にSSランクのダンジョンに行かせたんだ?」

「いえ、私はしっかりとBランクの地図をお渡ししたはずなのですが…………」

「その地図自体がSSなんだよ、細工もされていた。間違えたでは済まされんぞ」

「なんで、なのでしょうか」

「知らん…………」


 こいつはなんなんだ。天然で言っているのならマジでぶん殴るぞ。

 まぁ、もういい。それより、報酬だ報酬、金を寄越せ。


「そんな事より、さっさと報酬をくれよ」

「あ、はい。今記録の修正と報酬の分配を確認し手配します。少々お待ちください」


 最初とは打って変わって淡々と仕事をこなす受付嬢、本当に初心者か?

 俺は報酬さえもらえればいいからいいけど、なんか、引っかかるな……。


「今、報酬の申請を行いました。数日後に届くかと思います。あと、今回のでアルカ様、リヒト様のランクが上がります。SSランクのダンジョンをクリアした事により、BランクからAランクへと上がりました。これからはダンジョン攻略だけではなく、仕事の依頼にも参加可能となります」

「まじか!!!! やった!!!!!!」


 大喜びしているアルカ。

 良かったじゃねぇか、このまま順調に行ければいいんだが、なんとなくそう上手くいかないような気がするんだよなぁ。


 さっきは何も考えずに受付嬢をしばいちまったが、今回のSSランクダンジョンの件、第三者が絡んでいるような気がする。

 単純な間違いで終わらせてはいけないような気がするな。


 考えても仕方がないし、報酬がもらえる事は確認出来たし、今日はそれだけ分かればいいか。


 俺はもう寝る。早く部屋に戻って寝る。


「アルカ、帰るぞ」

「おお!!! 次にリヒトが目を覚ました時、教えてやらねぇとな!!」

「はいはい」


 アルカを引き連れ、俺達はいつものギルドの中にあるスタッフルームの一室を借り、休む事にした。


 ※


 知里達の姿が見えなくなった時、受付嬢が口元に浮かべていた笑みを消した。

 パソコン横に置かれている受話器に手を伸ばし、どこかに電話をかけ始める。


「…………フェアズ様、予定通り。カガミヤチサトは、無事にSSランクを突破しました」


 誰にも聞こえないように会話をする受付嬢。

 周りを気にしながら、小さな声で管理者の一人である”フェアズ”の名前を口にした。


『そう、わかったわ。報告ありがとう。あとはこちらでどうにかするわね』

「ありがとうございます。それで、あの……」

『ん? あぁ、報酬ね。安心して、約束は必ず守るわ』

「ありがとうございます」


 会話が終わり、女性は息を吐く。

 胸をなでおろし、前を向いた。すると、いきなり目を開き固まった。


 彼女の目の前には、何処から現れたのかわからない、アマリアの姿。

 だが、その姿は少年というには大きく、大人の姿をしている。


 身長は百七十くらいはあり、黒いローブから水色の髪が覗く。

 前髪の隙間からは、左右非対称の濁っている瞳を覗かせていた。


 闇が広がる瞳に見つめられ、受付嬢は体をガタガタと震わせ、後ずさる。


「何をそんなに驚いているの? 予想出来ていたんじゃない?」


 少年特有の高い声ではなく、大人の低い声。

 気だるそうに言いながら、受付嬢に近付く。


「い、や……」


 足から力が抜け、その場に崩れ落ち涙を流す。

 後ろに下がるが、距離は縮まるばかりで逃げ切れない。


「そんな反応しているという事は、君自身。自分が違反行為をしたという自覚はあるみたいだね。まぁ、それはいいや」


 感情が乗せられていない言葉、冷たく、鋭い。


「ねぇ、自分が担当しているものに対して、管理者がどれだけのプライドを持っているか、君は考えた事あるかい?」


 アマリアから発せられている声は機械的で、一定。

 だが、怒気が含まれているようにも感じ、受付嬢は問いかけに答えられない。


「僕はね、ギルドの管理をしている自分が誇りで、ギルドに関する事は大事にしているんだ。だから、今回のような行為は許せないんだよね。前回の村長事件は、逃げる手段もあったし、可愛いものだったから放任していただけ。今回は、そうじゃない」


 受付嬢は助けを求めようと周りを見回すが、いつの間にか暗い空間に移動させられており、自分とアマリアしかその場にいない事に気づく。



 …………コツ……コツ。



 彼女に近づく足音。

 アマリアの方に向き直すと、目の前に広がるは左右非対称な瞳。


「非常に残念だよ、僕は無駄に処罰を与えたくはないというのに。君、フェアズに捨て駒扱いされたね。金に目が曇り、先を見る事が出来なかった。君の落ち度だよ」

「ひっ!!???」



 ――――――――sunetスネト



 アマリアの手のひらが女性の頭に乗った時、モスキート音が響き始めた。

 咄嗟に逃げ出したくても、体は見えない何かにより拘束され、逃げられない。


「い、いや、やめて…………」

「金を求めるのは別に構わないけど、自分の立場をしっかり分かってからにしようか。バイバイ、違反者さん」


 感情の込められていない声と共に、女性の頭部が音の振動に耐えられず、はじけ飛んだ。


 血しぶきが舞い上がり、アマリアの顔やローブに降り注ぐ。


 体だけ残された女性は、力なくその場に崩れ落ちた。

 アマリアは、冷たい眼差しを向け、何も口にはしない。


 その時、闇の空間に一つの足音が聞こえ始めた。

 アマリアが顔を上げると、ふてくされたような顔を浮かべたアクアが立っていた。


「アマリア、今回はどうしても自分がやりたいと言っていたので譲りましたが、これはさすがに珍しいですね。牢獄にぶち入れるだけでもいいと思うのですが」


 彼の姿を見て、アマリアは無表情のまま左右非対称の瞳を向ける。


「仕事を奪ってしまってすまないね、アクア。一応、それも考えたんだけど、今回のは少しばかりやり過ぎていた。だから、ここまでさせてもらったよ。もしかしたら、一つのチームがなくなっていたかもしれない」

「今回のチームには知里が居たのでしょう? それなら問題ないかと思うのですが」

「誰が居ようと関係ないよ。僕は、誰が相手でも平等に接しているからね」


 今の言葉に、アクアは首をかしげる。


「にしては、今回は過激な行動でしたね。今までのアマリアでは考えられません」

「そんな事はないよ」

「フェアズが絡むと過激になるのは知っていましたが、まさかここまでだとは思いませんでした」

「気のせいだよ。それじゃ、僕は帰る」


 アマリアはアクアの返答を聞かずにその場から姿を消した。 

 残されたアクアは闇が広がる虚空を眺め、小さく言葉を漏らす。


「あんなに怒っているアマリアを見たのは、初めてですね。もう、何百年も一緒にいるのに」


 ふぅと、珍しく疲れたようにアクアは息を吐いた。


「しかも、わざわざ元の姿に戻って処罰を与えるなんて。フェアズもアマリアの事は警戒しているみたいですし。二人の関係がより一層、気になりますね」


 すぐに表情を切り替え、クスクスと、控えめな笑みをこぼし、歩き出す。


「今まで一切狂わなかった歯車が、ある異物が混入された事により狂い始めた。さて、今後どうなるのか。楽しみで仕方がありません」


 楽し気な笑い声を最後に、アクアも闇の空間から姿を消した。



 次の日、ギルドの掲示板に群がる人達。

 知里達も気になり、掲示板を見る。そこには、ギルドの受付嬢の死因が細かく書かれていた。それを見た知里は何も反応を見せず、ただ立ち尽くすのみだった。

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