第38話 目標がある方が燃えるよな、めんどいけど

 ん、なんだ。なんか、腹が温かい。というか、くすぐったい、何だろう。

 俺は今、何をしているんだ?


「ん……、あれ…………?」

「あ、目を覚ました!?」


 なんだこれ、温かい。何があったんだっけ。なんで俺、寝ているんだっけ。

 ――――――なんで、リヒトは泣きながら俺の事を覗き込んでるんだ?


「大丈夫ですか? 痛い所はないですか? 意識はしっかりしておりますか? 頭痛とか腹痛とかはありませんか?」

「…………ひとまず、近い」


 リヒトの距離感ってバグってるよな。今もめっちゃ顔近づかせてきたんだが。

 俺が少し動いたらぶつかってたぞ、何がとは言わんが。


 ――――――って、そうか。俺は、負けたんだ。

 あの二人に、管理者を名乗っていた二人に。


 俺は、なんも出来ないまま、負けたのか。

 …………普通にはずいわ。これが、黒歴史か。


 虚勢だけ張って何も出来ず負ける、はは、消えたい。


 ――――ポタッ


 んっ、頬に冷たいな雫が落ちてきた?


 あーあ、泣いてる、リヒト。そこまで…………?


「…………」


 はぁ、まったく……。


 リヒトの頬に手を寄せ、親指で涙を拭いてあげる。

 すると、俺が生きていると実感できたらしいリヒトは、俺の手にすり寄ってきた。


 よっぽど心配かけたらしいな、すまん……。


「……今はもう痛い所はない。少し眩暈がするがおそらく血が足りていないだけだ、問題はない」

「それなら、良かった。本当に、良かった…………」


 あー、せっかく拭いたのに、また泣いちゃったよ。


 アルカも涙は流していないものの、安心したような、泣きそうな、そんな顔を浮かべてる。


 …………あれ、そういえば俺、何で体痛くないんだ?


 触ってみても痛みとかがない、完全に治ってる。

 付けられた傷、深かったと思うんだけど……。


 まさか、リヒトが治したのか?

 回復魔法を使えるのは、今いるメンバーだとリヒトだけ……。


「リヒト、怪我を治してくれたのか?」

「うん。だって、酷い怪我をしていたから。早く治さないと、カガミヤさんが死んじゃうと思って…………。私、本当に怖くて、怖くて…………」


 俺の手を掴んでいるリヒトの手が微かに震えてる。


 …………改めて思う。

 人というのは、他人の為にここまで感情を出す事が出来るのか……と。


「よっこいしょ」


 するりとリヒトの手から引き抜き、体を起こす。


 二人はまだ休んでいた方がいいと言ってくるが、いつまでも大の大人が自分より年下のアルカの膝を枕にし続けるのも……なんか、ダメな気がする。


「今回は本当にありがと。頭に血が上って冷静な判断が出来ていなかった」


 その場で座り直し、アルカとリヒトの頭をぽんぽんと優しく撫でてやる。


「悪かったな、心配かけて。だが、これからも同じことが起こる可能性がある。だから、これからも俺を助けてくれるか?」

「…………グス。も、もう………っ……。もう、酷い怪我はしないでください。っ、もう、無茶をしないでください!!! 私、治したくないです!!」


 おっと、振られてしまった。

 はは…………。ここまで言われたら、仕方がないな。


「しょうがないな。これからは、今回みたいな事が無いように気を付けるよ。痛いのも嫌だし」


 言うと、リヒトはまだ怒っているような顔を浮かべているけど、アルカが背中をさすり落ち着かせていた。


「俺はまだ、魔法にも慣れていない弱者。だから、これからのダンジョン攻略で魔法に慣れ、今とは見違えるくらいに強くなってやる。そんで、管理者に必ず下剋上をしてやる」


 俺の言葉に驚いたアルカだが、すぐに満面の笑顔になり、大きく頷いた。


「おう!! 俺もお前に負けないくらい強くなるぞ!! 絶対にな!!」

「若い奴は伸びしろが無限だから怖いんだよなぁ。まぁ、俺も負ける気はないけど」


 俺はよく、やる気がないとか、気だるそうに見えるとか色々言われてきたが、そんな事はない。


 こう見えて、誰よりも負けず嫌いだ。だから、このままは絶対に嫌だ。


 必ず魔法に慣れ、スキルを使いこなし、あの二人にリベンジしてやるよ。


「必ず、アマリア以外の管理者全てをぶん殴り、あんなイカレタ制度を廃止してやる」


 アマリアは……………………保留で。


 ※


 コツン…………コツン…………と。

 二人分の足音が響き渡る通路。光源がなく、先を見通す事が出来ない暗闇。

 後ろを振り向いても同じ景色。闇が広がり、何も見えない。


 そんな道を歩いているのは先程まで、知里と殺りあってたクロとアクア。


「まったく。時間の無駄をしたよ」

「ごめんなさい。つい血が騒いでしまったのですよぉ~」

「これで二回目じゃん。もう同じ事なんてしないで」

「それはどうでしょうかぁ~」

「はぁ、最低でもうちと一緒の時はやめて。あんたを止められる力はうちに無い」


 ため息を吐き、クロはアクアを置いて行くような勢いで歩みを進める。


 アクアも置いて行かれないように歩みを速めると、先ほどまで何も見えなかった前方に、一つの光が現れた。


 光を目指すように進み続ける。

 どんどん光が強くなり、何があるのか見え始めた。


 見えたのは、光が洩れている一つの両開きの扉。

 何の変哲もないただの扉が姿を現し、クロは迷いなく近づきドアノブを回す。

 ガチャっと音が鳴り扉が開かれた。


 中は明るく、まるで雲の上にでもいるような感覚になる静かで、澄んでいる空間が広がっていた。


 地面、壁、天井。全てが青空。

 二人は歩みを進め、部屋の中央に向かう。

 そこには六つの椅子と、長方形のテーブルが置かれていた。


「あ、来た」

「お待たせしました」


 ”来た”と呟いたのは、ギルドを担当しているアマリア。今も少年の姿をしているが、服装は違う。


 大きな白衣を纏っていたアマリアは、アクアやクロと同じローブを羽織っている。フードをかぶっているため口元と、隙間から覗く水色の髪しか見えない。


「アクアが余計な事をしたから遅れたじゃん」

「だからごめんと、何度も謝っているじゃないですかぁ~。何度も言うなんて酷いですぅ~」

「悪い事をしたのはどっち」

「…………私ですけど」


 二人の会話が止まると、それと同時に老人のようなしわがれた声が青空が広がる空間に響き渡った。


「では、これから会議を始める」


 今の言葉だけで、緩かった空間に緊張が走る。

 文句を言い合っていた二人も口を閉ざし、自身の席へと座った。


 タイミングを見計らったように、一人の女性が手を上げる。


「会議が始まったのなら、まず私から良いかしら」

「では、まずフェアズ。報告を」


 フェアズと呼ばれた女性は、ローブから出している細く白い手を顎に持っていき、フードから見える赤い唇を横へ引き延ばす。


 笑みを浮かべながら、アマリアに質問をぶつけた。


「報告というより、質問よ。アマリア、何か隠している事はないかしら」


 質問されたアマリアは特に反応を見せず、数秒の間を置き答えた。


「その質問の意図がわからないな」

「そうね……。貴方は今までの行動で私達からの信頼を失っているわ。だから、どのような些細な事でも報告は義務。わかっているわよね?」


 今回の問いかけには、アマリアは頷きも首を振ることもしない。


「それなのに、貴方はギルドに関係のない事は一切報告をしない。だから聞いているの。何か、無いかしら?」

「そうたね。でも、それは君からの質問で答えるべきものではないよね? 黙秘権を使わせてもらうよ」

「…………はぁ、わかったわ」


 肩を落とし、やれやれと言った感じで会話は終わる。

 次に手を挙げたのは、アマリアの隣に座っていた一人。


「私、一つ」

「フィルムか。良かろう」


 高く、鈴の音のような声でフィルムと呼ばれた女性がクロに質問した。


「クロ、何あった。不機嫌」

「別に。ただ、またしてもアクアが興奮しただけ」


 クロの言葉に、他の人が全員、一斉にアクアを見る。

 そんな視線を受けてもなお、アクアは焦る事なく肩を竦め、口を開いた。


「面白い人がいましてね。まだまだ伸びしろがあり、期待出来る存在だったため殺しはしませんでしたよ」

「ほぅ。貴様を興奮させるなど、あの時以来ではないか……?」

「そうです。あの、ダンジョンに封印されている男。カケル=ルーナ以来の胸の高鳴りでした。本当はもっと殺り合いたかったのですが、相手がまだ自身の魔法に慣れていない様子でしたので、我慢したんですよ? 褒めて頂きたいですぅ」


 頬を染め、興奮を隠しもせず語る。


 アマリアは今の言葉を耳にし、何か思い出すような仕草を見せるが、発言するより先に話が進んでしまった。


「その者は違反を犯す気は無いか」

「今のところはなさそうでしたよ。ただ、我々管理者を殺すとは言っていましたが」


 老人からの質問に簡単にアクアは答えたが、最後の言葉に、静かな空間がザワザワと騒がしくなる。


 だが、すぐさま低く落ち着いた声がざわめきを止めた。


「落ち着け。アクアよ、その者は今、どこにいる」

「移動をしていなければセーラ村に」

「なら、アマリア。注意だけでも良い、警戒態勢でいろ」


 老人の声に、アマリアは何も言わず小さく頷く。

 フェアズはじぃっとアマリアを見るが、何も言わない。


「では、今後。また何かあれば直ぐに報告するように。今回はここで解散だ」


 今の言葉により、全員がお互いに顔を見合い、椅子からゆっくりと立ち上がる。

 二人だけを残して、全員青空の空間から姿を消した。


「…………どうしたの? 何か用でもあるのかしら」

「それはこっちの台詞、僕に何か用事でもあるの? フェアズ」


 残ったのは、アマリアを警戒しているフェアズと、アマリア本人。


「…………いえ、何でもないわ。ただ、管理者の掟として、自分の担当以外の事には一切手を出さない事。忘れないでね」

「わかっている。他の管理者のやる事に手は出さないよ」

「それならいいわ」


 それだけを残し、フェアズも姿を消した。

 残されたアマリアは天を仰ぎ、腕を組む。


「…………何か、大きな事をやらかさないように言っておこうか」


 アマリアはブツブツと何かを呟き続けるが、納得のいく考えが思いつかず断念。

 他の人達と同じようにその場から姿を消した。

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