第35話 なぜ人の上に立つものはこんなにも腐ってんだよ
「くっそぉぉぉおおおお!!! また負けた!! ぜんっぜん勝てねぇ」
青空の下、アルカの悲鳴が響き渡る昼過ぎ。
耳が痛いからやめてくれ、おじさんの鼓膜破れる。
今日もまた、アルカに付き合い模擬戦中。
何度も何度も戦闘を行っているから、アルカの癖や戦闘方法などを理解してきたなぁ。
「だが、最初より手合わせの時間が長くなっているんしゃないか? 休憩時に外にいるリヒトに聞いてみろ」
「もう一回!!!」
「話を聞け」
「もう一回!!」
「休憩だ休憩、俺は疲れた」
アルカが後ろで何かを言っているみたいだが、俺は疲れたんだよ。
強制的に終わらせなければ、体力馬鹿に永遠に振り回されるだけになる。
「はぁ……。早く、ライセンスをゲットさせてくれ……」
こんなことしていても金の足しにもならねぇ……。
金の足しになるライセンスが早くほしい。
汗を拭いながらシールドから出ると、リヒトがタオルと水分を渡してきた。
気が利くな、助かる。
「サンキュー」
「いえ、今日もアルカに付き合ってくださり、ありがとうございます」
「まったくだ。マジで本当に疲れた」
ボトルに入っている水を飲んでいると、アルカもリヒトから同じく、タオルと水を受け取り飲み始めた。
やれやれ、今日はもう休みたい。
頭も体も疲れたわ。
『────ご主人様』
「ん? どうした?」
いきなりアビリティに呼ばれた、なんだ?
『強い気配を感じます。二人組、悪意が込められております』
「っ、なに?」
悪意が込められている、気配?
ほっといたら、さすがにまずいか……。
くそ、めんどくさい、行きたくない。けど、胸騒ぎがする。
「…………ちょっと、席外す」
「どうしたんだよ、カガミヤ」
「なんか、ほっといてはいけない気配を感じたらしい。アビリティが」
タオルと水をリヒトに渡し村の方へと走ると、二人も着いてきた。
今は村の裏手にいるから、すぐ気配の正体を知ることができるだろう。
「──っ、な、なんだよ、あれ」
セーラ村の上空にのみ、暗雲が立ち込めている。
近付けば近づくほど風が冷たくなっていく。
普通に寒いし、体が震える。
それだけじゃねぇ、胸に広がる気持ち悪い何かが濃くなっていく。
これはもう、胸騒ぎなんて言う生易しい物ではない。
確実に、何かが村に来ている。
悪意のある、何かが……。
後ろを走っていたアルカが村で起きている事態を把握したのか、青い顔で手を掴んできた。
「待ってくれカガミヤ、今行くのは非常に危ない」
「それは肌に刺さる感覚でわかる事だ、わざわざ言わんでもいい」
「来ているんだ、村に、来ちまっているんだよ!!」
おい、それだけ叫ばれてもわからんぞ。
いや、やばい奴が来たのはわかるが……。
アルカはこの気配の正体がわかったのか? 掴んでいる手が、震えている。
リヒトもアルカと同じくらい顔を青くし、立ち止まった俺の隣に立った。
「セーラ村に、管理者が来ているんだと、思います。アマリア様ではない、違う、管理者が……」
管理者、だと?
セーラ村を改めて見ると、風に乗って邪悪な気配が俺達に届く。
微かな人の悲鳴や、逃げまどう音までも聞こえてきた。
なにが、起きてやがるんだ……。
くそっ、アルカとリヒトを置いてでも行くか?
さすがに離れていれば、こいつらに被害はないだろう。
くっそ、なんでだよ、アマリアからは感じなかったぞ。
こんな、戦慄が体を突き抜けるような感覚。
足が震えている、冷や汗が止まらない。でも、行かないと。
なぜかわからんが、行かないといけない。
そんな気がする。
「カガミヤさん、行くんですか?」
「…………心底行きたくないけど、行かないといけない気がする」
「それなら、私も行きます」
俺を見上げて来るリヒトが、力強く言い切った。
顔はまだ青く、俺の腕に添えている手は微かに震えている。
紅色の瞳は恐怖でなのか、揺れていた。
「無理をするな、お前らはここに居ろ。さすがに危険だ」
「嫌です、私も行きます。カガミヤさんにだけ危険な目に合わせる訳にはいきません」
うわぁ、これは何を言っても聞いてくれないやつじゃん。
隣に立つアルカを見るけど、何も言わないだけで、決意はリヒトと同じっぽい。
赤く燃える炎がアルカの瞳に宿り、見つめて来る。
こんな瞳で見られてしまえば、何も言えない。本当に、めんどくさいな。
「わかった、好きにしろ」
「「はい!!」」
二人の返事を聞き、再度村へと走り出す。
近付くと、当たり前だが気配が強くなる。
前を見ながら走っていると、村の出入り口に二人の人物が立っているのが見えた。
顔はフードで隠れていて見えないが、身長的に一人は男性なのはわかる。おそらく俺と同じくらいの背丈。
もう一人は子供のように小さい。
アマリアと同じくらいかな。背中に背負っているライフルがものすごく大きい。
黒ずくめの人物が手に持っているのは、赤黒い何かが付着している袋。
子供なら一人くらい入りそうな大きさの袋だ。
「……おや? まさか、私達から逃げない人がいるなど。思いもよりませんでしたよ」
っ、背後から近づいて来た俺達に気づいた?
声を掛けられ足を止めると、二人は俺達の方へと振り向いた。
「…………早くこれを置いて行こう。ここに用無い」
「そうですね。では、これをお返ししましょうか」
高い声が二人、一人は少年のような声。
もう一人は、地声が元々高いのか、聞き取りやすい声。
俺達の方を向いたかと思えば、二人は会話を交し、手に持っていた袋を投げ捨てた。
グシャッという嫌な音が聞こえ、気になり目線を移すと、さすがの俺も言葉を失った。
「…………え」
投げ捨てられた袋の口が少しほどけ、中の物がほんの少しだけ見える。
後ろにいるアルカとリヒトも見えたらしく、驚きすぎて声が出ていない。
それも、そのはず。
袋から見えたのは、人の手。
若くは無い、年老いているような手だ。
「では、お返ししましたよ、この村の村長さんを」
そん、ちょう?
「ルール違反ギリギリを攻めていましたが、それもそれで駄目な事です。なので、少しだけ罰を受けていただきたく、ゆっくりと四肢を斬り落としていました。体がもたなかったみたいですねぇ、途中で気を失ってしまいましたよぉ〜」
身長が高い方が、くすくすと笑いながら当たり前のように言っている。
「…………なんで、そこまで……。村長は確かにクソだったが、思い改めていたのに……」
「思い改めても意味は無いのですよ。だって、罪は罪。犯した罪は、消えません」
口調は一定だが、楽しんでいるような空気は感じる。
切り、落した。
袋は小さな子供が一人入れるくらいの大きさ。大人がどんだけ体を小さくしても入りきるのは不可能。
つまり、袋の中には、バラバラに解体された元村長が入っているはず。
袋の隙間から血が流れ、地面を赤く染めていた。
俺が返答できずにいると、小さい方が大きい方の服を掴み急かす。
「ねぇアクア、早く行こう」
「そうですね、クロ」
二人は何事もなかったように行こうとする。
いや、いやいや、待てよ。
確かにこいつは、人が行ってはいけない外道な事をしていた。
正直、こんなことをされても仕方がないのかもしれない。村の人達の恨みは、強かっただろうし。
だが、こんなことまでするか?
消えない罪を償わせるには、まだ他にも方法はあったはず。
あいつは考え直していた、後悔していた。
今までも、村への物資の調達はしていたし、村自体は守っていた。
少なからず、こんな外道でも、いなければもっと沢山の人が死に、村自体が存続出来なかっただろう。
体をバラバラにされるとか、こんな扱いはされなくてもいいはずだ。
――――――ドクンッ
待て、行くな。
俺のこの気持ちはどうしてくれるんだ。
この、心の底から湧き上がってくるような。気持ちの悪い感覚をどうしてくれるんだよ。
心臓がドクンと跳ねる、自然と魔力が右手に集まる。
俺の魔力が体からあふれ出てしまい、管理者二人は去ろうとした足を止めた。
「この気配、もしかして貴方ですかぁ?」
アクアと呼ばれていた人が、俺の方を振り返る。
都合いい、このまま何も言わずに去って行かれてしまえば、俺のあふれ出てしまった
「あぁ、俺だよ。ちょっと、魔力の制御ができなくてね」
素直に言うと、アクアは振り向き「へぇ」と、何故か楽しげに口元を横に引き伸ばす。
「なぁ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「何ですかぁ?」
「どうして、ここまでやった?」
「ここまでとは?」
これは、本当に分かっていないのか。
それとも、すっとぼけているだけか。
「村長のことだ。こいつは、確かに罪を犯していた。だが、悔い改め、また違うやり方で村を守ろうとした。そんな奴に、ここまでする必要はあるのか?」
「必要? 私は知りませんねぇ。ただ、罪を犯した、だから言われた通りの罰を与えた。ただ、それだけです」
………な、んだと?
「は? それは誰に言われたんだ?」
「言ったら駄目って言われているので言えませんよぉ」
なんなんだ、こいつ。
言われたからこんなことまでしたのか? 言われただけで、ここまでするのか? 罪悪感とかは、ないのか?
「なに、その顔。もしかして、うちらに楯突こうとか思っているの?」
「おや。もし、クロが言ったような事を考えているのでしたら、やめておいた方がいいですよ。死体がまた増えてしまう」
その言葉。逆らったら殺すと、公言しているようなもんじゃねぇか。
「……へぇ、そっか。なるほどね」
これが管理者か。以前から話は聞いていたが、噂通りだな。
話しだけでも胸糞悪かったが、いざ目の前にすると、思っていた以上に不愉快だぞ、これ。
人に罰を与える人は必ず必要、それは正しい。だが、限度を考えられない奴は、人に罰を与える資格はない。
こいつらに、人に罰を与える資格など、ない。
「もう、いい。話しをしても意味は無い」
「そうですかぁ~」
話しても意味は無い、俺も冷静じゃないし、しっかりとした話し合いは出来ないだろう。
「だから、実力行使で行く」
「ほう、それは、どういうことですかぁ?」
決まってるだろうが、わかってるだろうが。
右手に炎魔法を灯し、前に突き出した。
「俺と戦え、管理者」
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