第11話 強いヒロインって頼りになるんだなぁ

 ――――っ。


 光がだんだん落ち着いてきたな。

 おそるおそる目を開けると、目の前には草原。


 …………え、草原? なんもない、地平線しか見えない。

 あれ、ダンジョンはどこに? 消えた……のか?


「カガミヤさん、大丈夫ですか?」

「あ、リヒト。うん、だいじょ――――」


 後ろから声が聞こえ、振り向くと大きな建物。

 なるほど、向いていた方向が逆だっただけか。


 やべっ、普通に恥ずかし。


「どうしたんだ、カガミヤ。早くここから離れないと危ないぞ」


 え、危ない?


「それって、どういう事だ?」

「ダンジョンは、冒険者がクリアすると崩れちまうんだ」


 え、崩れる? マジか、それなら確かに早く離れた方がよさそうだな。


「でも、アルカ。魔力って残ってる?」

「少しだけ。でも、ワープを使える程ではない」

「私もあまり残ってない…………」


 …………めっちゃ二人が俺を見てくるんだけど。


「…………”アビリティ”」


 俺が使える魔法って、沢山あり過ぎて逆に覚えられねぇんだよ。

 

 さっき、二人は当たり前のようにワープと言っていたなぁ、そーいや。

 誰もが持っている魔法という事でいいだろう。


 魔法一覧のページを捲ると……。

 あ、あった。最後の方にワープって書かれている。


 どうやって使えばいいんだろう、どこにワープすればいいんだ?


「どこにどうやってどうすればいいの?」

「セーラ村に戻りたいから、それを頭に描き、唱えてくれ」

「俺はその村を知らんのだが? いけるか?」

「わからない。でも、やってみてくれないか?」

「わかった」


 アルカの説明って曖昧なんだよなぁ、言われた通りにするしかないからやるけどよ。


「セーラ村へ、ワープ」


 唱えると、足元からいきなり炎が渦を巻くように現れ、俺の近くにいる人達を全て包みこむ。


 驚く間も与えず、身体が浮遊感に襲われ視界が真っ黒になった。


 ※


 ドン!! 


 ――――――っぃた!!!!! 


 腰が、腰が……。

 腰に大ダメージ、くっそ、なるほどな……。


 ワープって、体を魔力で包み込み目的の場所へ飛ばすのか。


 瞬間移動という訳じゃないから、着地の際に足から体全体に衝撃が伝わっちまうと。


 くそ、おじさんの身体への負担を考えろよ。

 見た目は若く見えても体は衰えるんだぞ、二十八歳でも腰へのダメージは駄目だって。


 若い二人はダメージを一切感じさせることなく、リヒトが駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか、カガミヤさん」

「大丈夫ではない。ここまで衝撃が強いなんて聞いてないぞ、事前に教えてくれ」

「まさか、そこまで痛がるとは思っていなくて、すいません……」


 リヒトが肩を落とし謝罪をしてくれたんだが、ただの八つ当たりなんだよ俺のは。本気で落ち込まれると心苦しい。


 苦笑いを浮かべていると、俺のことなどまったく気にしていないアルカが村の中に入ろうと呼んできた。


「何してんだよ、カガミヤ、リヒト。早く行こうぜ!!!」


 俺の姿が見えてないのか? 

 もう少し俺の事を気にしろ、労われよ。


「まったく……。痛みも治まってきたからいいけどよ」


 さてさて、村の中はどんな感じだぁ~??


 ――――人が沢山居て、めっちゃ賑わっている明るい村という印象だな。


 三角屋根の建物が並び、通路の端には野菜や果物が売られている。

 村の人達はみな仲がいいのか楽しそうに話し合い、笑い合っていた。


 す ご く う る さ い。


 耳が痛い入りたくない気持ち悪い人酔いしそう。

 俺の髪を掴んでいた精霊は、たくさんの人に驚き姿を消してしまった。


「おーい、早く行こーぜ!!」

「わかったって……」


 行くしかねぇか。行って、早く報酬を貰いたい。

 貰いたいんだが、俺は、人込みが大の苦手。


 一度ひとたび人込みの中に入ると、胃の中にあるものが込み上げてくんだよ。


 そんなんだから同僚の前で吐いて、めちゃくそ心配されたんだんだよなぁ。いい思い出だ。


 わかったと言いながら動こうとしない俺を、リヒトが覗き込んできた。


「カガミヤさん、顔青いですけど、大丈夫ですか? やはり、無理をさせ過ぎてしまったのでしょうか」

「ダンジョンの件はどうでもいい。この村が俺を殺しにかかっているだけだ」

「え、もしかしてモンスターの気配を感じているのですか!? どこ? 今すぐに対処しなければこの村の人達が危険に晒されちゃう!! ただでさえ盗賊とか他にも危険が沢山あるのに!!」


 杖を強く握りしめ直し、村へと強い眼差しを向けるリヒト。


 ふざけている訳ではないらしい。

 本気でこの村にモンスターがいると信じているみたいだ。

 これに関しては、俺が悪い。


「すまん、そういう訳ではない」

「え、でも、顔色悪いですよ? 無理しないでください」


 っ、ちょ、人との距離近くない? 

 いきなりリヒトが俺の頬に手を添えてきたんだけど? 不安そうに見上げてくるんだけど?


 リヒトは見た目、普通に可愛い系の女子。

 こんなことされたら男としてはテンション上がるシチュエーションじゃないか? 餓鬼に興味ない俺みたいなおじさん以外なら。


 いや、今はそんなことを考えている暇はないか。

 リヒトの手を離させ、心配いらないと納得してもらわんと。


「単純に人の集まる場所が苦手なだけだ。人酔いって知ってるか?」

「あ、そうなんですね。でも…………」


 先に行ってしまったアルカを心配しているのか、村の中を見るリヒト。

 別に、俺の事なんて置いて行けばいいんだけどな。


 俺は、報酬さえ手に入れる事が出来れば、他なんてどうでもいいし。


「はぁ、行くぞ」

「でも…………」

「報酬を貰わなきゃだろうが。金の為に、俺は生きる」


 村の中に足を踏み入れ歩き出すと、後ろから足音が聞こえ始めた。

 ちらっと横目で見ると、リヒトがしっかりと付いて来ている。まだ不安そうだけど。


 まったく……、不安がりすぎだってぇの。

 今日出会ったばかりの俺なんて、どうなろうがお前には関係ないだろう。

 何でこんなに心配されんといかんのよ。


 なんか、むず痒いというか、なんと言うか……。

 今までこんなに心配された事なんてなかったし、投げかけられる言葉はいつも罵声。


 誰かと絡むと自分のペースが崩れるし、相手の顔色を窺わないといけない。

 どうせ、誰も俺自身を見てなどいなかったしな。一人の方が楽だった。


 楽、だったから一人で過ごしていたのだが、参った。

 こういう時、なんて声をかければいいのかわからない。


 人にぶつからないように気を付けながら歩いていると、リヒトが後ろから袖を掴んできた、なんだ?


「あの」

「なに?」

「痛いんですか?」

「…………え?」

「泣きそうな顔してます」


 えぇ、そこまで俺、こいつに管理されないといけないの? 

 心配してくれているんだろうが、正直めんどくさい。


「あー……。仮に泣きそうだったとしても、君には関係ないよね? 今日出会ったばかりの関係なんだ、俺がどうなろうと君にはなんも被害はない」


 あ、息を飲んだ。

 流石に言い過ぎたか、大人げなかったか。


「まぁ、もし俺の力を手放したくないとか考えていたら、そこは安心してくれていいぞ。おめぇらから離れるのは、俺も自分の首を絞める事になるから、当分は共に行動させてもらう予定」


 俺のチート魔力は、確かに手放したくないよな。

 ダンジョン攻略には必要だし。


 とか考えていると、後ろからの足音が消えた。

 一緒に袖を引っ張られる。


「どうした? 俺、適当に歩いているだけだから、道案内してほしいんだけど」


 振り向きながら聞くが、返答はない。

 顔を俯かせ、その場で足を止めている。


 …………何で、いきなり止まる。

 こんな人込みなんだから、迷子になるぞ。


「――――時間なんて、関係ないんですよ」

「え、なにが?」


 時間なんて関係ない?

 いや、関係あるだろう、何を言ってんだ。


「――――え」


 リヒトの目には涙の膜、眉間に皺を寄せ杖を強く握っている。


 怒っているのか悲しんでいるのかわからない表情を向けられても、俺、女性との正しい接し方を知らんから気の利いた言葉を投げるのは無理だぞ。


「時間なんて関係ない、出会い方なんて関係ないんです」


 え、なに言ってんのこの女、めんどくさくなってきたんだけど。


「私は、貴方が心配だから声をかけたんです。もし、貴方が今の力を持っていなかったとしても、私は貴方と共に行動していたと思います。出会いは偶然でも、何か意味があると思うので。この偶然を大切にしていきたい、失う前に出来る事がしたいのです。失ってから、本当の気持ちに気づくのは、嫌だから」


 何かを思い出し、後悔しているような言葉。


 過去に、今言ったような事を経験しているのか、それとも近くの人が経験しているのか。


 どっちかわからないが、リヒトにとって思い出してしまっている過去は、忘れる事の出来ない苦い記憶なんだろう。


 失ってから気づく想い、か。

 俺にはわからないな。一番身近な奴を失っても、特に何も思わなかったし。



 ――――本当に、何も思わなかった。



「あぁ、こんな感じなんだ」って、目の前に横たわっている血の繋がった家族の死体を見ていた。


 車に轢かれて、腕や足が変な方向に折れ曲がってた。

 そんな死体を見て悲しいとか、寂しいとか。

 そんなことは一切思わず、ただただ気持が悪いとしか、


 まぁ、その人達から何か与えられた訳でもないし、してくれたわけでもない。

 物心ついた時から愛されていないとはわかっていたし。


 でも、こいつには、いたんだな。

 悲しめる仲間が、寂しいと言える人達が。


 俺とは違って……。


「……悪かった、今回のは俺が全面的に悪い」

「い、いえ、攻めたかったわけでは……」


 慌てたように俺を見て来る。

 そんなリヒトの頭に手を置くと、言葉が途中で止まった。


「だが、安心していい。今の俺は人に酔っているだけだ、命にかかわる病気とかではない」


 やあっしく撫でてあげると、震えていたリヒトの身体が、徐々に落ち着いて来た。

 

 こんな事は今までしてこなかったし、されても来なかったから加減がわからん。

 でも、こんな感じでいいだろ。


「…………うそ」

「え」


 いい雰囲気だったのに、そこでその言葉?

 疑われてるんだけど、俺。ちょっと、悲しい。


「今のような、口先だけの言葉はもう信じないようにしているんです。だから、私から絶対に離れないで。私が、貴方を守りますので」


 潤んだ瞳。泣きそうに揺れているけれど、発せられた言葉は力強く、温かい。

 向けられている紅色の瞳には、覚悟を決めたような、強い意志が感じられる。


「…………あぁ、わかった。俺を守ってくれよ、ヒロインさん」

「ヒロイン?」

「こっちの話。ほら、もう行くぞ。アルカが多分待ってる。早く道案内してくれ」


 自然と頬が緩んだのは何年振りか、案外悪くない。


 リヒトの頭を最後に一撫で、手を握り無理やり歩かせた。


 その時、なんとなくこいつの手がほんのり温かくなったような気がしたけど、暑くなってきたんかな?

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