第21話 始まりの三勇者

 俺が生まれたのは異界浸食の直後だ。世界が異界に飲み込まれるという厄災、それが異界浸食。世界は激変して人口は半減した。悲劇はさらに続く。

 厄災から一年内に生存することができた新生児は、4カ所のサンクチュアリを足し合わせても3人しかいなかった。それから年を追うごとに生存者は増えていく。だが、生存率は今も一割に満たない。


 単純な話、生存することに条件が課せられたのだ。

 生まれ出て母体と切り離されたとき、大多数の乳児は天に召され霞と消えた。


 世界を狂気が支配する。新しい時代の幕開け。

 誰も望まぬ新世界……。


 無事に生き残った俺たち三人に安寧は訪れなかった。生存理由を調べるため、愛され祝福される赤子から、殺されない程度のモルモットになり下がったのだ。検査や分析あらゆる手段で俺たちは解析された。

 その結果、俺たち三人の職能は勇者であり、魔法やスキルを二桁も持って生まれてきた。その事実から、勇者は希望と見なされてしまう。根拠なく。


 人類は理解したのだ。

 優秀でなければ生き残れない。




 俺達はスキルの多い順に王家、聖教会、探索ギルドに預けられて教育されることになる。これは当時の力関係で決まったことで、俺の取得スキル数からギルド預かりになったのだ。それは最下位という判定に他ならない。


 王家にはスティーブ、聖教会には唯一の女児テレジアが預けられた。


 物心がついた時には、すでに競争は始まっていたと思う。

 それぞれの陣営の威信をかけた、足の引っ張り合いの始まりだ。俺も含めて三人の勇者の両親は環境適合できず全員死んでいた。そのこともあり、育児と基礎教育を担う乳母の影響が大きくなる。必然的な流れだ。


 俺の乳母ノーラは魔導士だった。スティーブの乳母は伯爵夫人、テレジアは武闘派の女神官。三人の乳母の方向性は異なってもプライドだけは常軌を逸して高かった。乳母たちは我が勇者こそ一番と疑わない。教育は苛烈を極め拷問と言ってもよいくらいしごかれ、誰もそれに疑問を感じなかった。


 なぜなら、選ばれた勇者だから、これしきのこと耐えられるだろうと。

 誰もが疑いもしなかったのだ。


 俺達が最初に集められて訓練したのは8歳のころ。

 スティーブは穏やかで物静かな少年だった。虐待されても無表情で耐えている姿が怖かったことを覚えている。

 それに対して、テレジアは明るく愛らしい少女で俺の憧れのひとだった。

 上辺しか見ようとしない俺の目は、当時から今も節穴なのだろう。彼女の暗い瞳の奥に、闇の焔が燃え盛っていることを俺は見抜けなかった。


 俺達はやがて模擬戦をするようになる。勇者同士で戦うということは、能力の差を浮き彫りにすることになった。それは序列が明かされた瞬間でもある。


 俺は彼らから一勝も取れなかった。いつも最後に転がるのは俺だ。口の中には土と血の味がした。

 気がつけば俺は彼らから軽蔑され、憐れみの対象と見なされていた。

 そんな自分が許せず、ただ惨めだった記憶がある。


 最初にスティーブが壊れた。傲慢で残忍な性格に豹変し、貴族としての教育は歪で醜悪な人間を作り上げた。

 14歳になるころには我儘な戦闘狂、狂戦士が誕生する。訓練と称して騎士や魔導士を切り刻んだのだ。

 勇者三人の中で戦闘力は圧倒的だった。

 愛を独占するため乳母の実子を殺害し、邪魔者は容赦なく排除する。おごる勇者に一般の戦闘員など抗える術がない。

 乳母は狂ってしまったが、王家は沈黙していた。


 次はテレジアが狂気に染まる。乳母と教育係たちを密室に呼び込んで、炎で焼き尽くした。死体も残らなかったという。

 彼女は教会を抜け出して荒野を焼いてまわるようになる。制御のできない魔法人形が荒野を徘徊していた。

 テレジアは勇者ではなくなり、強いものを求めて彷徨う魔女になり下がったのだ。


 そんな中でも、俺が狂わなかったのは才能が微塵もなかったことにある。乳母のノーラが諦めたのだ。投げ出したといったほうがいい。俺はノーラの代わりに剣士のジョセフに連れられ、閉鎖域で訓練した。たった二人で……。


 ジョゼフは無口で多くを語らない。

 しかし、ノーラと違い俺の成長を見逃すまいと真剣に指導してくれた。


 俺は物覚えが非常に悪く、後輩よりも戦闘系技能の習得速度は遅かった。しかし、ジョゼフは周りの悪意や横やりを無視して、閉鎖域で黙々と訓練してくれた。俺は閉鎖域で生きることを少しずつ身に着けていく。

 飽きることなく土着生物を観察することで、特徴、特性、行動原理を掴む努力を始めた。それは知ることが喜びにかわった瞬間でもある。

 ただ、楽しかった。


 閉鎖域に興味を持った俺の知識は増え、閉鎖域で過ごすことで魔素のコントロールを覚えた。しかし、ジョゼフは俺に攻撃魔法を使わせず、近接戦闘の訓練を課していた。


 いつしか身体強化と剣技だけで魔獣や魔物を切り捨てられるようになっていた。




 俺が16歳を過ぎたある日、閉鎖域の中間層で訓練していると、ジョゼフから王家より依頼があると切り出される。


「レイリーお前が判断しろ。勇者スティーブが現地点より二階層下で、魔帝サナカスキンと遭遇し、仲間を失い孤立しているそうだ。狂人を助けるかどうかはお前が決めろ」

「師匠、見殺しにしたほうが人類のためではないかと思います。ですが、打診されてしまった俺に拒否はできません」

「そう言うだろうと思ったぞ。準備しろ、俺とお前で魔帝を倒す」

「はい」


 俺とジョゼフは魔帝の居場所に急いだ。ギルドのバックアップもあり、魔帝と激闘を繰り広げるスティーブを難なく見つけることができた。


 戦況を見るに魔帝の力は圧倒的でスティーブは瀕死に近かった。俺が参戦しようとするとジョゼフが止める。


「今飛び込むと正常判断できないスティーブと優位に立つ魔帝が敵になるぞ。冷静になれ!」

「同時に攻撃を受けることは無理。どうすれば……」

「スティーブは瀕死でもすぐには死なないだろう。そのことを考えて戦法を考えろ」

「どちらかが戦闘不能になったタイミングで参戦でしょうか?」

「無難に行くなら間違いではない。だが、スティーブがお前をターゲットにしたらどうする?」

「受けて立つしかないでしょう。正当防衛です」

「その覚悟があるなら観戦しようではないか、どちらかが膝を折るまで」


 魔帝は物理防御が高く、攻撃手段も物理スキルに偏ったスタイル。スティーブも同じタイプで、魔素量や身体能力の高さから魔帝が優位だった。

 不思議なほどスティーブの攻撃は通っていない。魔帝は生物学的に物理攻撃への耐性があるようだ。

 魔帝の魔法防御や魔素遮断能力はわからない。


 俺が攻撃パターンを見切ったころにスティーブが戦闘不能になり意識を失った。


 攻撃の開始だ。

 魔帝の死角から突っ込み弱体化魔法デバフを畳みかける。攻撃を回避しては足首を狙って魔素分断していく。弱体化と魔素が循環しない魔帝の行動力は大きく低下する。当然、物理防御も大きく低下した。


 魔法抵抗も魔法防御も低い。


 俺は剣に魔素をまとわせて隙を狙う。片足が機能しなくなった魔帝の攻撃は大技になり、スキルは空を切る。俺は回避しながら魔帝の魔素循環を抑え込んだ。そして、背面に回り込み足首を薙ぎ払う。剣先は抵抗もなく魔帝の足を分断した。


 そこからは俺の独断場で巨大な肉塊を切るだけの単純作業になる。

 背後に何者かが迫ってきた。


「出来損ないのおまえが、俺の獲物を横取りだと。許せるか、死ねっ!」


 スティーブのことを忘れていた。

 俺は反射的にスティーブの剣を受け止める。

 いや、その筈であった。


 実際は魔素を帯びた剣がスティーブの剣と右腕を紙切れのように切断した。

 スティーブは魔素の嵐に翻弄されて吹き飛んでいく。

 魔素濃度が高すぎたのだ。


 スティーブは苦しみ、のた打ち回っている。俺が回復術を使おうとするとジョセフが止め、物理的に止血して骨折した左腕は椹木だけで済ます。ご丁寧にも落ちていた右腕を燃やして灰とした。


 利き腕を失ったスティーブはもう剣士としては生きられないだろう。


「王家の騎士である勇者スティーブは退役だな」

「師匠、いったい何を?」

「お前の言いたいことはわかる。だがな、この狂人を野放しにするというのか。お前に殺意を向けて切りつけた。正当防衛に当たることは、この魔道具に記録している」

「はい。でも、これは勇者として正しいことなのでしょうか?」

「奴の手にかかった騎士や魔導士の遺族のことを考えろ。野放しにすると被害は必ず拡大する。本来であれば殺してもいいところだ」


 ジョゼフは暴れるスティーブを蹴り飛ばして失神させた。

 正論だ。俺が甘すぎる。


「そうですね……甘すぎたかもしれません」

「いずれ、もう一人の勇者も廃棄になる。そう遠くない将来、お前に仕事が回って来るだろう」

「テレジアですか?」


 ジョゼフは何も言わずスティーブを引きずり、サポートのギルド員たちと合流した。

 生き永らえた退役騎士スティーブは一月後に変死する。

 噂では毒殺ということだった。



 その一年後、俺は黄昏の閉鎖域に潜る。

 厄災と忌諱されたテレジアを我が手で火葬したのだ。それはテレジア討伐に向かい、果たすことなく死んだ後輩達の弔いでもあった。


 俺の先を歩いていた者たちは脱落して、残された俺はいつの間にか彼らの遥か先を歩いている。


 遠い昔の話だ。


 目を瞑ると血のように濃い色の花弁が舞っていた。やがて、風に舞うように消えてゆく。君はテレジアなのか?



 いや、俺の幻想に違いない。


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