第20話 夜明けと共に
心配していた夜間は問題なく結界を維持できていたのに、事件は疲労度の溜まる明け方に起きた。俺が意味もなく焚火の番をしていると嫌な音が響き渡る。
結界外層の崩壊である。
意識が飛んだか、寝てしまったか。
俺が慌てて事件現場を目指すと、寝起きで焦った表情のフランが駆けてくる。
「私がリカバリします」
「任せたフラン」
俺が着ていた上着を手渡すと、寝間着姿のフランは顔を赤らめて羽織りながら前線に走っていく。
エメリも起きたようだ。
「魔獣を間引いたほうがいいのかな?」
「まだいい。フランの結界構築が間に合わなければ頼む」
「見に行って来るね」
「ああ」
俺が前線を視察に行くと結界は二層ある外側の崩壊だけで済み、フランが結界を押し広げて元の維持範囲に戻していた。
心配は杞憂に終わる。
結界の崩壊原因は、班内でローテーションが滞り、維持するための魔素が尽きたようだ。早い話、居眠りしたということだ。
結界班の連中の様子を観察して問題がないと判断した俺は居住域に向かい始めた。ふと違和感を感じて見回すと、端のほうで女が手を前に出し何かやっている。背筋が寒くなり、確認に行くと……。
鬼の形相で婚活女がリジェネをかけていた。
結界班の補助をしているようで、婚活女の頭を軽く叩くとニヤリと歪に笑った。
「顔が怖いぞ」
「生まれつき。変えようがない」
俺は鏡を魔法で作って見せる。一瞬、映っているのが誰なのかわからなかったようで見つめていた。
「これ私?」
「他に誰がいる」
魔法を維持するのをやめて、泣きそうな表情で逃げ出す婚活女。
「貴方ってデリカシーないわね」
「ん? どこがだ」
「無意識にやってるのね……最低よ。反省しなさい。朝ごはんは抜き!」
「俺の朝飯が」
朝食を持ってきたフィースが渡さずそのまま戻っていった。呆然としていると小さな声で誰かが声をかけてきた。
「……あの、上着有難うございました」
「そのまま着ていろ。あとで返しに来たらいい」
「はい」
顔を真っ赤にしたフランがすごいスピードで居住域に消えていった。
俺は空腹感を紛らわそうと朝焼けの空を睨みつけている。気配を感じて振り向くと、焚火の向こうに仁王立ちする女騎士がいた。
「結界魔法の習得は順調なのか」
女騎士は固いパンと果物を投げてきた。フィースとのやり取りを見ていたのか。
「結界といえるかどうか悩んでいるところです」
「見た目や属性など関係ない。機能性に優れるなら問題ない」
「石の結界なので視認性がゼロ。問題山済みです」
「土属性か。クリスタルとかガラスをイメージしてみるといい。強度も上がるだろう」
「クリスタル! 有難うございます。早速やってみます」
軽食の礼を言う暇を与えず、女騎士は颯爽と走り去った。
朝から慌しいな。
焚火をぼんやり眺めているとエメリが現れる。両手には山盛りに料理を乗せたトレーを持ち、突っ立っている。どこに座るか決まらないようだ。
エメリは迷ったすえに俺の横に座り、トレーを俺の膝に橋渡しして食べ始めた。
「フィースお姉ちゃんが一緒に食べて来いって」
「そうか、ありがとう」
「もうすぐ朝だね」
「今日が最終日だ。何も起こらなければいいな」
「最終日は嵐って誰かが言ってたよ。でも、今は何も考えず、おなか一杯ご飯を食べたい」
「食べられることは良いことだぞ。そういえば、料理を一緒に作る約束をしたのに実現できていなかったな」
「忙しいのわかってるからいいよ……」
教えてほしかったことが、口で否定しても伝わってくる。
俺のこんなところがダメなんだろう。
「罪滅ぼしではないが魔獣料理について食材選びから教えてやる」
「それ、気になってた!」
「魔獣と獣の違いは魔素を持つかどうかだ。魔素が多いほど栄養価は高い。しかし注意しなければならないのは、魔獣は身を守るために毒や酸など人体に害を及ぼす物質を作り出すものがいる。だから、魔獣の危険性評価、見立てが重要だ」
「どうやって調べるの?」
「鑑定があれば便利だが、なければ皮膚に魔獣の血や体液を少し塗るとわかる。解毒できる魔法や薬剤は必須だな」
「見た目でわからないの?」
「ある程度は判断できても正確性は低い。変異体もいるから安心できないしな」
エメリは急に身を乗り出して、トレーが傾いてしまう。こぼれないよう魔法で支えたが、エメリは気づくことなく質問を続ける。
「おじさんは鑑定できるの?」
「当然できる。戦闘においても必須だぞ」
「鑑定覚えてみる」
「ああ、食材の話に戻ると、魔獣は魔素価が高いほど腐敗も早く、腐敗原因の極小生物の繁殖にも注意が必要だ」
「腐敗と極小生物の対策は?」
「腐敗対策は温度管理か停滞保管庫を使う、極小生物の繁殖前、早めに調理するのが理想だが、素材によっては熟成期間といって腐敗とは異なる処理をすることもある。極小生物への対策は呪術か増殖しにくい魔法環境を作ることだ」
エメリは果物をフォークで真っ二つにしては口に放り込む。魔力をフォークに流しているから切れ味が違う。
しかし、こいつ好き嫌いが激しいな。
また何か思いついたのか俺の眼を見て質問を始めた。
「目に見えない極小生物をどうやって呪うの?」
「小さくても魔素を持っているし、魔素が少なくても素材の状態変化で居場所がわかる。食材自体は死んでるから大雑把な滅化や浄化で問題ない」
「なんでも焼けばいいと思ってたよ」
「一部正解なのだが、それだけでは美味くならないだろ。単調になりやすいし」
「料理、早く教えてほしくなったよ」
「いつか時間を作ろう」
俺は朝日が昇って来たので立ち上がると隣でエメリが眠そうにあくびをしていた。やっと最終日だ。気合を入れていこう。
俺の心境を知ってか、地平線には真っ赤な太陽が燃えている。
三日目ともなれば結界維持やサポートにも余裕が生まれていた。見ていても動きに無駄がなくなり、魔法のコントロールも格段の進歩が見られる。
若いから進歩は早い。
視察していると湧水の魔道具の前で婚活女が座り込んで動かない。寂しげなオーラを辺りにまき散らせているので、恐るおそる声をかけてみた。
「魔道具に問題でもあるのか?」
婚活女は俺を見上げて頸を傾げる。理由を知りたいのは俺なんだが。
「えっと、魔道具じゃなくて私の心に問題あり」
「は?」
「私はここに居ても役立たず。進歩はほぼない! 性格も顔も悪い、取り柄無し」
「そんなことはないだろ。砂漠を歩けるようになったし、魔法も使えるものが増えただろ」
「私が一個覚えるとき、みんなは三歩先に行ってる。それにとても怖がりだから最初の一歩がなかなか踏み出せない」
「前に言わなかったか。他人は気にするな。怖がりのどこが悪い。無謀よりも良い」
「でも」
婚活女は砂を掴んでは掌からこぼしていく。
そして、地面を見つめたまま動かなくなった。
人の気配がしたので確認するとエメリとフィースが俺の後ろに静かに腰かけた。励まし忠告せよとの圧を感じる。
お前たちは俺が話好きとでも思ってるのか。
俺は諦め婚活女に話し出す。
「そうだな、俺の過去の話を聞かせてやろう。お前は始まりの三勇者の話は知ってるか?」
「知らない……」
「なるほど、秘匿されたか。王家や教会にとっては不都合な部分があるからな」
俺は婚活女の頭に手を置き、過去を振り返る。
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