第19話 結界パッチワーク

 俺達は砂漠から平坦で乾燥した土地に移動している。ステップと砂漠の境界と言えるこの土地は、乾燥した風が拒絶するように吹き荒れていた。稜線にはおぼろげな山並みが霞んでいて、遥か先まで草原の広がる赤茶けた大地。

 ここは人を拒絶する領域。

 いや、人類はこの地を二度と訪れなくて済むように閉鎖しなければならない。


 灼熱の太陽をてのひらで遮りながら前方を眺める。

 蜃気楼を背後に、女騎士を筆頭とした6名ほどのグループがゆっくりと進んでいた。


 しばらく歩いていると小高い丘がぽつんと見えてくる。

 黙々と丘にむけて歩んでいると、目前に不思議な構造物が迫って来た。それは目的地でもある“落涙の三岩柱らくるいのさんかくちゅう”だ。正式名ではないが岩山の上に三本の岩がそびえている。


 目を凝らすと地平線の先には蜃気楼がどこかの遺跡を映していた。


 丘に近づくと魔獣が途切れることなく出没して、女騎士グループの戦士二名が露払つゆはらいのように殺戮を繰り返す。最後尾ではフランが魔法で魔獣を寄せつけない。左右から現れる魔獣に対してはフィースの召喚獣が始末する配置になっている。


 現状、俺にできることは何もない。


「おじさん、目的の山に魔獣が数十匹いるみたい」

「わかった、これから俺が道を作る。ダレンとフランの班は左右に分かれ、結界を平行に張ってくれ。なるべく魔獣は倒さないように」

「あー、それじゃあ私は殿で召喚獣の壁を結界の終端に作るね」

「任せる。それでは行くぞ!」


 俺は魔素をあふれさせる。

 魔獣は恐れおののき俺の周りから逃げ出し、そこに結界班が障壁を張り巡らしていった。

 三岩柱に向けて結界の道が構築されていく。


 壮観な眺めだ。


 左右の結界で強度が不足している場所をエメリが塞いでいく。

 結界内には逃げ遅れた魔獣がそれなりにいるが、女騎士グループが始末していた。


 俺は三岩柱に到着して魔素の密度と範囲を広げた。結界班が二重に結界を張り巡らし、殿にいるフィースの側だけ結界は解放されている。


 エメリは入念に結界を補強していく。


「フィースが戻れば結界を閉じろ。わかっていると思うが最初が肝心だ。結界の強度は最大にしろ!」


 フィースが悠々ゆうゆうと戻ってきて無事合流した。

 俺は魔素を収めて号令をかける。


「魔獣が来る! 結界維持!!」


 弱めの魔素で引き寄せた魔獣は50匹以上に膨れ上がり吠えながら迫りくる。魔獣どもは全力で向かってきて障壁と激突した。

 弱い部分の結界が剥離しだす。


「魔獣の多いところは結界を追加しろ。そして慎重に拡げていけ」


 多少のもたつきはあるが結界の構築作業は及第点だ。この後で結界を維持する段階に移行すれば、厳しさは徐々に増すことになる。だが、それが訓練の目的であり、精神力が鍛えられるはずだ。


 空を見上げても砂嵐や雷雲は見えない。気象は安定している。

 俺は結界を観察していく。


「安定したな。これからローテーションで結界維持する。結界の張替えと破れた個所を補修することが任務だ。ガラス細工のように無理せず結界を広げろ。急くと破裂する」


 結界班の連中は不安そうに俺を見てうなずいている。


 俺は周りを見渡すとリーダー達がげきを飛ばしていた。慣れてないから隊員たちは混乱している。

 いざとなれば俺の魔素で魔獣を追い払えるから、結界が崩壊しても問題ない。それを知られると訓練にならない。それに俺はこいつらに達成感を味合わせてやりたい。

 俺は知っている。行き過ぎた保護は毒にしかならない。


 そういうことで、せいぜい頑張ってくれたまえ。


「おじさん魔物が混じってるけど問題ないの」

「エメリの判断で結界維持の邪魔になるなら排除してくれ。遠距離から仕留められるだろ?」

「多少魔獣を巻き込むけど頑張るね」

「やりすぎるなよ……」


 釘を刺しておかないと魔獣殲滅になるかもしれない。

 始めたばかりの訓練失敗はさすがにまずい。


 結界は術者の技量や属性魔法の習熟度が結界強度や維持範囲に大きく影響する。ただ、展開してしまえば補修は属性の影響よりも、結界構成因子である属性波長を合わせることが重要になる。


 結界維持とは親和性のある魔法属性を重ねる技術だ。


 フランは魔導士だけあって結界強度は高く広範囲を覆っている。結界維持の指導も的確だ。俺が口をはさむ余地はない。


 女騎士と婚活女は居住域を構築している。土魔法で基礎をつくり上物を乗せていく。なれた感じで手際は良い。

 少し先ではエメリとダレンが調理場や生活関連の設備を設置していた。


 特に問題はなさそうだ。


 結界班の背後にはサポート班がいる。役割としては魔素循環リジェネや魔法効率を引き上げる各種バフと呼ばれる補助魔法を定期的に掛けることだ。魔素の枯渇は結界崩壊につながる。地道な継続作業であるが重要性は高い。


 最近の攻略の流れではサポートが軽視され過ぎている。俺にも責任の一端はあるのだが、嘆かわしい事態である。


 誰が言いだしたか知らないが何が不遇職だ。

 今に見ていろ、俺が攻略方法の流れを変えてやる。

 つまらないことで熱くなるのが俺の悪いところだ。笑うしかない。




 サポート班で魔力切れを起こすものが出たり、夕食の調理中に怪我したり、軽微なトラブルは起きていた。どれも言ってみれば些事で問題にならない。


 結界の外は人の臭いに逆上のぼせた魔獣共が結界に体当たりしては爪で引っかいていた。見ていて気分が悪くなる。


 ダレンが魔獣を睨みながら剣を振り出して挑発していた。

 腰が引けてるぞ……。


「ダレン! 戦いたいのか?」

「弱いのはわかってますが、戦ってみたいです」

「よし!」


 俺は結界を壊さないように腕だけ結界外にだして、弱そうな魔獣の首を掴んで結界の内側に引き込んだ。そして、驚くダレンに投げつける。


 ダレンは魔獣の頭を剣で叩いた。切るつもりが、剣が回り叩く型になったようだ。

 握力が全くなさそうだ。


 魔獣の攻撃に回避さえできず、ボロボロになるダレンを眺めていると、自由行動の者達が集まってくる。ダレンは武器が飛んで行ってしまい、魔獣とレスリングを繰り広げていた。


 女どもが歓声を上げる。こいつら、どっちの味方をしている。

 どうみてもダレン不利の展開だ。


 そろそろ加勢に行こうかと考えていると、お嬢様風の叫びが……。


「なにごとですの。まぁ、魔獣が仲間を!」


 フライパンを持った女が飛び込んで魔獣を振りぬいた。

 甲高い音があたりに響く。


 魔獣は結界にパッチワークのように貼りつき、結界に彩りを添えていた。


 ……アートを創作したのは騎士道に燃える女騎士だ。

 エプロンのようなものを着た女騎士は、俺を見て恥ずかしそうにしている。

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