第08話 閉鎖域の夜明け
俺達は順調に討伐訓練を重ね、閉鎖域で夜を迎えた。二つの月が天頂と地平線近くにあり、夜空には星まできらめいている。
異界と人類は認識しているが、俺には閉鎖域の階層ごとに異なる世界に移動しているように感じる。魔素が極端に違うし、夜空の星座が異なるからだ。それに太陽も微妙に違う。
そんなことを考えるのは俺だけかもしれないが、この世界が何者かの創作物とは思えない。聖域から閉鎖域に侵入するとエントランスと呼ばれる不干渉ゾーンがある。さらに奥に進むとゲートと呼ばれる門があるのだ。
門を越えると、そこは閉鎖域だ。
閉鎖しなければ人類が滅ぶ。だから閉鎖域と呼ばれている。
閉鎖域の設置された目的は今のところ判明していない。敵である魔獣や魔物、それらを統べる魔帝、それらは閉鎖域のガーディアンと呼ばれている。
呼び名とは異なり、ろくでもない奴らだ。
エメリがもぞもぞと手足を動かしている。
眠れないのだろう。
「ねえ、もう寝たの」
「眠れないのか?」
「夜になると……すごく寒くなるから手足が冷えるの」
「魔法で魔素循環するといいぞ」
「その魔素がわからないのだけど。私には認識できないよ」
魔素は認識するまでが難しい。探索者でも稀に認識できず諦めるやつがいる。
俺はエメリの周りに魔素を集めてやる。気休めにすぎないが。
「魔法を唱えるときに体に温かいものが廻らないか?」
「あっ、温かい気持ちになる。ほわっとした感じが指先に行くね」
「それが魔素だな。その温かいものを体のあちこちに回してみろ。それをマスターすれば魔素が制御できるようになり、今以上に魔法が強くなる」
「やってみる!」
「ああ、でも早めに寝るんだぞ」
エメリは何かごそごそやっていたが眠ってしまったようだ。俺はトラップを確認して代謝を落とす。俺にとって睡眠は必ずしも必要はない。
空を見上げていると後方に設置したトラップに反応がある。
俺は静かに立ち上がり確認に向かう。
「トイレに行くの?」
「起きてたのか。トラップに反応があったから見に行くところだ」
「あの、ついて行っていい」
「ここに残るのが怖いのか?」
「うん……」
「……俺の斜め後ろ3歩ぐらい開けてついてこい」
「はい!」
「いくぞ」
俺は敵が死んでいることを確認したが、訓練の一環としてトラップまで行くことにした。
月は西に傾き柔らかな光を砂漠に投げかけている。星は満天に輝き、今にも落ちてきそうだ。
観光に来るのであれば夜の砂漠は美しい。
危険と隣り合わせではあるが。
俺は索敵を怠らない。それは夜の閉鎖域は昼とは違い見通しが悪く、地中に潜って身を隠す魔物がいるからだ。
安全そうに見えても油断はできない。
しばらく砂丘を進むと敵の気配を察知した。
俺は合図してエメリを制止させる
「右にワームがいる。倒せるか?」
「うん、確認した。凍らせるね」
「行け!」
エメリが足音も立てず前進をはじめ、枯れて飛ばされた低木の影に立ち止まる。
アイスフィールドか。
魔物の気配が消えた。
俺の背後にエメリの気配がする。テレポートだ。
「夜間にテレポートするとき、何を目印にしている?」
「目で見えるなら目標を念じるし、視野が悪い時は印を仕込むの」
「便利だな。エメリ夜視はどのくらいある」
「昼間と変わらない。魔法を併用してるから」
「積層魔法術か器用だな」
積層魔法術は単なる魔法の重ね掛けではない。順番に詠唱するのではなく、編み物のように三次元で紡ぐ魔法だ。魔法を生業とする者で、多くて1%程度しか扱えないだろう。
用心しながら進むとトラップの破片と魔物の暴れた跡が残っていた。
俺はトラップを確認して再度設置する。罠は遠隔から設置できるが、トラップを見せ設置位置を理解させることこそ俺の真の目的だ。座学は重要であるが経験とイメージも大切だから。
「戻って寝るぞ」
「うん、トラップって壊れやすいの?」
「わざと壊れるように作る。強固なものを作っても強い魔物は壊してしまう。であれば、最初から位置情報得ることに特化したほうがいい」
「とっさに思いつかないよ」
「経験とセンスだな」
俺はエメリにウインクしてジョークであることをわからせた。
いや、通じなかったようだ……。
「おじさんは勇者だからセンスがいいのかな」
「いや、人並みだ。頭を使ってセンスの差を埋めている。経験も重要だ」
「大切なのは頭を使うのと経験なんだね」
「ああ、無駄口叩かず寝るぞ。明日も朝が早いからな」
「うん、もっと話したかったけど……おやすみなさい」
俺はエメリの頭を軽く叩く、安心したのかしばらくすると寝息が聞こえてきた。俺は眠ることなく空をじっと眺める。
イオラの魂も、この空を見上げているのだろうか。
砂漠を渡る風が泣いている。
月が沈んだ頃に魔物の気配が増した。大型の魔物が群れを率いている。
さてどうするか。
いつでも殺せるが、エメリの反応を見ることにした。
「おじさん! 起きてる? 何か来るけど。どうすればいい」
「今回は見ていろ」
俺はすばやく立ち上がった。足元に匂い袋を設置して、エメリの手を引き風下に移動する。
敵の索敵方法が嗅覚なのか他の感覚で敵を補足するのか判断するためだ。
不規則な歩調と歩幅で移動して敵の動きを把握する。
敵は音に反応していた。
俺は天空に向けてに右手を高く掲げる。
単にパフォーマンスだ。
「トルネード!」
風切り音が響き渡り、砂塵が舞う。出現した砂嵐は砂を巻き上げ、大竜巻に変化する。
砂を吹き飛ばした先には、魔物の大群が姿を現した。
エイのような姿。砂に潜る魔物で10mくらいはあるだろう。
奴は同じタイプの魔物を引き連れていた。
ただ、砂嵐の影響で俺達の場所を見失っている。浮足立った雑魚は逃走しようとしていた。
「逃がすか! フロストノバ!」
吹雪が雑魚を凍らせていく。大型エイだけがこちらに気づき移動を開始した。
凍結効果で移動速度は半減している。
「さて、隕石に押しつぶされろ。メテオ・ストライク!」
赤く燃える隕石が一瞬にしてエイを押しつぶし、砂漠に溶融ガラスのクレーターが出来上がる。
魔帝相手の呪文だ。
オーバーキルともいう。
「索敵してくれエメリ」
「あれを生き残る者がいるの?」
「魔帝は耐えるものが多い」
「人が倒せるものじゃないよ。地形が変化するような魔法を受け止めるなんて」
それは正しい。
けれど、人は個々の力は弱くても協力するから強いのだ。
「魔帝と対等に戦えるのは、極一部の勇者だけだ。それに奴らは数体現れることもある。個人戦ではまず勝てない。さて質問だ。多数の魔帝に勝利を掴むにはどうすればいい」
あえて派手な魔法を見せたのは、先ほどの攻撃でも倒せない敵がいることを教えるためだ。奴らなど下位魔法で難なく倒せるのだから。
エメリは首を傾げている。
「すぐ答えなくていい。宿題にしよう」
「おじさん! ヒント!!」
俺は腹を抱えて笑った。久しぶりだ。いや、何年ぶりだろう。
思いだせない。
「人はどうやって生きている。考えてみろエメリ!」
エメリはお手上げといったジェスチャーで後ろに倒れ込んだ。
まあいい。
お俺達は明け方まで待機する。この殺風景な場所に朝を迎えることにした。
見上げると星の輝きは衰えていき、東の空が徐々に明るくなっていく。
夜明けに期待してしまうのは久しぶりだ。
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