第09話 お手本は非常識

 夜明け前に起き上がり朝食の準備を始めた。少しだけ爽やかな、この時間帯は快適だ。まだ日は出ない。

 エメリは俺の横でじっと観察していて何も喋らない。静かにしているので俺としては気を使わなくてすむ。ある意味、好都合だ。騒がれるよりはいい。


 何も会話のない時間があまりにも長く、俺は気になってエメリに視線を移す。

 真剣な表情で鍋を見ていて、俺が見詰めると恥ずかしそうに苦笑いする。


「それ、昨日倒した魔獣でしょ」

「そうだ、血抜きしてるから生臭くない」


 俺は火を通した魔獣の肉を取り出し、根菜などを炒めだす。適当に火が通ったことを確認して肉を戻し香辛料と塩で味を引き締める。

 鍋に蓋をして余熱で中まで火を通すことにした。


「スープってただ突っ込んで煮るだけかと思ったのに手順が複雑」

「いや、素材を生かす下準備と調理手順は決まっているし、あとは調味料と香辛料を入れるタイミングと量に気を付けるくらいだ」

「野菜はどこから採ってきたの?」

「時空保管箱にストックしている。緑黄色野菜と芋類が多いな」


 エメリは納得できないのだろう。

 俺の時空保管箱を見ながら、早口に喋りだす。


「野菜はストックなら、肉もストックしてそうだけど魔獣を使うのは何故なのかしら」

「家畜と違い魔獣は魔素が多いからな。それに味に深みが出る」

「ただの朝食を難しく考えてるのおじさんくらいだよ」

「そうかもしれん。でもな、体を作るうえで食事こそ何よりも重要なのだ。魔素量を増やす近道だ」


 エメリは驚いた顔をして、俺の顔を覗きこんだ。


「もしかして、私のため?」

「まあ、そんなところだな……」


 あまりにも細すぎるエメリを気遣ってのことであるが、ストレートに指摘されると困ってしまう。やや、過保護が過ぎたのかもしれない。


 深く考えることはよそう。



 俺達は朝食を済ませて水場を目指す。水の周りには凶悪な魔物が潜んでいることが多い。なにしろ奴らの餌場なのだ。細心の注意が必要になる。


 赤い砂地に申し訳程度の低木、赤褐色の水を湛えた水場が見えてきた。まるで病原菌の濃縮スープといった感じだ。

 はっきり言って泳ぎたくない。飛沫でさえ避けたいところだ。


 どう見ても病気になりそうだ。


「これから、水場を急襲する。エメリ索敵して報告を頼む。それと、水には入るなよ!」

「うん、任せて。……水浴びはしないよ」


 エメリは目を細めて前方を見つめている。脅威になるのは水中に大型魔獣、砂に潜った魔物が二体といったところか。


「えっと、水中に大きいのがいる。あとは砂の中にも二つ影がある。あ、上空の高いところにもいるね」


 注意して確認すると確かに空にもいるな。

 俺より索敵範囲が広いようだ。


「正解、どのような順番で攻撃する?」

「空の敵は攻撃範囲に降下してくるまで放置して、砂の二体が先かな」

「状況変化に注意して攻撃してみろ」

「いくね」


 エメリはアイスフィールドで魔物を拘束、手前の敵にアイス・スパイク。地面に出ようとしている敵にアイスボルトを数発撃ちこんで難なく止めを刺す。

 上空に迫った鳥型の魔獣に対してはテレポートで後方転移、アイスアローを二回放つと魔獣は地に落ちて死に絶えた。

 焼き鳥に使えそうだ。


 エメリは陸に上がってくる大型魔獣にアイスウォールを設置、勢いを削いで背面にテレポート。位置取りに問題はない。

 怯んだ敵にアイスボルトを放ってテレポート、アイススパイクで足止めを狙う。あとは淡々とアイスボルトを連射して敵を仕留めた。


「索敵したけど、もう居ないと思うよ」

「よし、いい感じだった。認識阻害を使わずテレポートで距離調整がよかったぞ」

「本当は、水の中の敵を先に凍らせたかったけどね」

「まあ、今回は仕方ない。そういえば、凍結系の範囲魔法は使わないのか?」

「燃費が悪いから、実践ではまだ使えない」


 なるほど、魔力の絶対量が少ないことを把握しているのか。

 魔素循環と取り込み法が課題だな。


「魔素コントロールの上達と、魔素量の拡充が先決だな。ところで、水以外の魔法属性は何故使わない」

「えっと、最初の頃は敵が怖かったから、足止めできる凍結系になってしまったの」


 凍結は便利だが、効かない敵もいるから万能ではない。

 麻痺スタン睡眠スリープなども敵の行動抑止に効果はあるし、シールド系に魔法付加すると回避行動がとりやすい。


 偏ると危険なことを説明しておくか。


「なるほどな。でも、ほかの系統も使えるに越したことはないぞ」

「なんで?」

「個々の属性について魔法抵抗を持つ魔物がいるし、魔帝のほとんどは物理・魔法のどちらかに無効化や耐性を持つからな」

「反則だよそれ」

「魔帝戦では弱点属性や防御スキル等の見極めが勝敗に影響する」

「わかったよ。ねえ、お手本見せて」

「ああ」


 リクエストに応えて水場に現れる魔獣を相手に見本を見せる。


「最初はスタンだ。魔法とスキル攻撃の二種あるが魔法を見せる」


 現れた魔獣を順番に麻痺スタンさせた。拘束時間は術者と被術者の魔法レベルの差で決まる。つまりこいつらはスタンしっぱなしで寿命を迎えることになる。


「さっきから気になってたけど、誰でも連射できるの?」

「できないな」

「むっ! 反則だよ」


 次は眠らせてみた。スリープは効果範囲は広いが攻撃すると目を覚ます。

 まあ一撃で倒せば問題ないが。


「次はマジックシールドだ」


 俺は二種の属性効果を持つ積層マジックシールドを構築した。


「通常のシールドは魔法と物理攻撃用の二種類あり、その効果はダメージ半減だ。それだけでなく、魔法付与エンチャントで攻撃反射やスタンをエンチャントすることができる」

「おじさんの言う、魔法に魔法を付加するイメージがわからないよ」


 エメリは鳥の死体を突きながら、私の話に耳を傾けている。

 俺は大事な鳥肉を回収して話を続けた。


「魔法は魔素から構築するから属性ごとに波動が異なる。それに上塗りするように波長を合わせて被せる。これはコツをつかむまで時間がかかるだろう」

「その魔法、どのくらいの魔法使いが使いこなせるの」


 難しい質問だ。俺の知る限り賢者フィリップと聖女オーレアくらいか。

 少ないな。一般的ではなかったかもしれない。


「悪いな。二人しか知らない」


 俺が見本を見せると勇者は規格外と言ってエメリは文句を言う。

 それは恵まれた素質を持つエメリに対し俺が言いたいことなのだが。現状で比較すると、能力差は歴然としている。それは、紛れもない事実である。

 とはいえ、同年齢で比較すれば、才能に恵まれなかった俺の完敗である。


 あまり精神論を振りかざしたくはないが、努力と鍛錬で今の俺はいる。

 そんなことを考えながら、思ってしまう。

 俺は師匠のような、いい教師になれないだろう。それは間違いない。




 大方のことは説明したので、閉鎖域からサンクチュアリに戻ることにした。

 町に戻って油断していると買い食いに突き合わされてしまう……。


 なんとなく、俺の胸に充実感が満たされていく。

 ギルドに顔を出しておくか。

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