第07話 赤い砂丘

 俺は伝手を使って放浪司祭のオーティク神父に書簡を送ると、すぐに面会要請に返事があった。

 驚いたことにオーティク神父は以前に面会したことがあり、イオラのことを伝えに来た聖職者だった。

 情報の流れ方からギルドと聖教会は繋がっているだろう。

 王家も干渉していないように見えるが、水面下で動いている可能性は高い。


 影でコソコソされることに苛立ちを覚える。

 仕方ないことであるが落ち着かない。


 手紙を受け取って読んでみると、オーティク神父は俺のところに出向いてくれるらしい。

 他のサンクチュアリに立ち寄るついでに訪問するらしく、日時について神父から連絡してくれることになる。


 依頼していた攻略隊の進捗についてはギルドから何度か連絡はあるのだが、相手の人間性に問題あるのか交渉は難航しているようだ。

 募集しているのが俺だとわかれば普通に躊躇するはずだ。


 俺は仕方なくトレーニングを続けている。そちらの進歩は微々たるもので先が見えない。

 先行きが見えないことは焦りとなって表れる。

 訓練も思うように進まない。


 そんなとき、心の癒しになるのはエメリだった。俺はエメリの存在に助けられていることを実感する。





 今日はエメリと閉鎖域に来ていて、実技指導をしている。まだ早いと思うかもしれないが、これだけ才能に恵まれていれば早めに訓練することが望ましい。


 閉鎖域の浅い層は探索者にとって、それほど危険な場所ではない。だが、新人にしてみれば危険極まりない場所で、約1割の人間がここで再起不能になるという。


 この階層は砂地が広がり所々に耐乾燥性のある低木や草が生える不毛の地だ。砂は赤茶けていて熱風が砂を舞い上げ、砂丘をゆっくりと移動させていた。


 俺はエメリを連れて、早速訓練を開始する。


「おい、エメリ。異界で死にたくなかったらちゃんと歩け」

「おじさん厳しいよ」

「文句言ってないで足を動かせ。お前の役目から考えて、深層に飛ぶこともあるだろう」

「それは認めるけど、私に魔物を倒させる理由を教えて。普通のギルド職員はやらないと思うけど」

「違うぞ、俺の知ってるだけで何人も最深部に潜り戦っていた」

「また、貴重な情報ありがとうございまーす。知りたくなかったけど……でも、私って戦えるかな」


 この、自己肯定感の低さは何なのか。おそらく、幼いころの教育に問題を感じる。イオラのこともあり、俺が言えた義理ではないが。

 とはいえ、ここは褒めておくべきだ。


「素質はある。でなければエメリをギルドは雇ってないし、俺も連れ歩いてない」

「えへへ。期待されてはしょうがないよ。頑張るかな」

「案外単純だな。まあ、鍛えてやる」

「おじさん観察はやめられないから深層部についていくよ」

「可能であればな。そら、先に魔獣の群れがいるぞ」


 前方に魔獣の気配を察知した。


「あーっ! いやだよ」

「先ずは魔法で先制しろ。順番としては認識阻害を自分にキャスト。そして移動しながら魔法攻撃を加えて撃破だな」

「はいはい。ではいきまーす!」


 エメリは最初に認識阻害をキャストして気配を消して初撃の位置を決めるようだ。慎重で賢い子だ。

 まだ魔獣は気がついていない。認識阻害の効果が高く、魔帝でも認識は困難なレベルだろう。

 高度な魔術であるが、俺はエメリの居場所を見逃すことはない。五感は阻害されても魔素の濃淡と気流の変化で居場所を捉えている。


 風下に位置を決めたエメリはアイス・スパイクを詠唱する。魔法は発動して扇形にスパイクの壁ができあがる。


 魔獣の何体かはスパイクに刺し貫かれて息絶えた。

 14体いたうち半分は回避されたか。まあ上出来だ。俺は用心して魔法を複数待機させる。


 魔獣はエメリめがけて走り出す。この閉鎖域の雑魚は俊敏性が高い。

 足が速いな。


 エメリは認識阻害をかけて走り出す。よし、うまいぞ。

 視線を切られて魔獣はエメリを見失った。


 エメリ詠唱しながら走り、アイスウォールを並べて設置していく。認識阻害は詠唱による解除はなく効果切れは時間制か。まさに稀にみる才能の塊。

 動きながら魔法をキャストできるのもポイントが高い。


 動けるということは、そのうち無詠唱も行けそうだ。


 エメリは氷壁を盾にアイスボルトで攻撃、認識阻害をリキャスト。

 壁にアイスボルトを当てては氷片を飛ばして魔獣のライフを奪う。目に見えて魔獣の移動速度が落ちる。


 俺は魔法を解除する。


「やったよ! 全部やっつけた」

「油断するな。魔物の類は仲間を呼ぶ習性がある。さっさと索敵しろ」

「うん」


 召喚された魔獣が隙をつきエメリに襲い掛かる。ちょっと冷っとしたがエメリは回避行動をとり、テレポートして俺の後ろに飛んできた。


「こわかったよ。ほんとに呼ぶとは思わなかったし、性格とても悪いよ」

「ほら、こっちに来るぞ。まじめにやれ」

「はいはい」


 その後の戦闘は危なげがなくなり、この階層の魔獣はエメリの敵ではなくなっていた。

 俺のデビュー戦とは雲泥の差だ。

 ギルドは俺にエメリを預けて将来の勇者を育てる算段なのか。


 俺は少しやる気になっていた。


「エメリ詠唱から発動にラグがある。最初の一節で魔法をイメージしろ」

「なんで一節なの?」

「本来なら魔法発動に詠唱は必要ない。見ろ」


 天に手を向け無詠唱でファイヤーボルトを飛ばす。詠唱もなく即時発動する魔法は遥か上空まで飛びあがって見えなくなった。


「おじさんの魔法って規格外だよ」

「探索者ランクの上位層は詠唱などしない」

「上位になるつもりはないけど、面白そうだからやってみる」

「イメージしにくいなら最後の一節でもいいぞ。例えば最後に技名を唱えるだろ」

「そっちのほうがイメージしやすいかな」


 エメリはその日のうちに無詠唱をマスターした。

 俺は喜ぶエメリを見て何とも言い表せない複雑な心境になる。俺が無詠唱を達成したのは探索者になって一年を過ぎたころだった。


 成長スピードが違い過ぎるのだ。



 エメリの恵まれた素質は羨ましくもあるが、実際に閉鎖域に潜るとなると素質よりも経験や観察力が重要だ。そうでなければ、俺よりも優秀な者たちが先に散っていくはずがない。


 俺は病的に慎重で観察することが三度の飯より好きだった。

 生き残った理由は振り返ってみると単純だ。


 夕暮れ時になり野営の準備を始めた。夜の閉鎖域の危険さを知らしめるため、あえてキャンプすることにしたのだ。



 夜の閉鎖域は久しぶりだ。

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