第06話 吟遊詩人
俺の生活している隔離域は王家の隔離障壁が張り巡らされている。そのため敷地内に入るには王家の許可が必要で、なおかつ高度な魔法の使い手でなければ侵入すること自体難しい。
事前承認してない訪問ということは王族と推測できる。
「お待ちしておりました。吟遊詩人のマリーと申します」
「レイリーだ。お初にお目にかかる」
冒険者のようであるがレースが幾重にも編み込まれた衣装をまとい、黄白色に輝く金髪、目は碧眼とくれば出自は想像できる。それに高位の貴族令嬢のような姿勢に完ぺきな作法。
相手が偽名を名乗る以上、詮索は控えるべきだ。
どう見ても王族に違いない。
「何もお尋ねにならないのですね。配慮感謝いたします」
「それで、何用でしょう」
女は俺に近づき、優しく微笑んで語り始める。
「実は私の友人が閉鎖域で行方不明になりまして、捜索の協力をお願いしたいと思いまして」
「俺も諸事情により閉鎖域へ潜る予定がある。ただ、今すぐ動ける状態ではない。ご存じのようにブランクが長くリハビリが必要だ」
「そうですか、こちらは時間がありませんので、この話はなかったことに」
「申し訳ない。また何か機会があればよろしく」
女は帰りかけたかと思うと振り向き、何か思いだしたかのように俺を見つめる。
「いずれ、私と貴方の運命は交差します。私はその時が楽しみです。それでは」
俺は女を見送った。彼女の話したように、またどこかで会いそうな気がする。
エメリが俺の顔を見上げながら腕をつかんできた。
「おじさん、おじさん! マデリー王女って、知って対応してました?」
「知る訳ないだろ!」
最初に教えろよ。上手く取り入って恩を売れば、探索隊の相談に乗ってもらえたものを。まあ、相手は俺の様子見に来ただけだろう。
どちらにしてもまた会うことになる。
確信はないが。
それにしてもエメリの相手と久しぶりに行動したからか疲労感が半端ない。気疲れから本日の訓練はやめることにした。
やや投げやりな気もするが、明日からトレーニングすればいいだろう。
翌日、俺は早朝からサンクチュアリの中を走っている。ランニングを取り入れて、下半身の強化トレーニングに励んでいるのだ。なかなか往年の感覚は戻らない。
ため息をつき気分を切り替える。
そうだ、エメリのために朝食でも買って帰ろう。
寄り道したので繁華街を走り抜けている。サンクチュアリの建物は無機質な白い石で構築されていて、これが元々は人であったとは思えない。
しかし、忘れてはいけない。俺たちの暮らす聖域は呪われた土地なのだ。
俺は走りながら景色を眺める。風は吹かず霧もなく、夜明けまで少し時間があるのか、空が白み始めるにはまだ早い。変化に乏しく同じような街並みが続いている。
慣れるまではマッピング魔法を使えないと迷子になるだろう。
本当にいやな場所だ。
宿舎というか隔離施設に戻るとエメリはまだ寝ているようだ。朝食を俺の部屋に置き侍女の詰め所に行く。もう朝なのにエメリはおなかを出して寝ている。
「寝相が悪いな。風邪ひくぞ……」
掛け布団をかけてそっと部屋を出た。
通路まで出たところ、衣擦れの音がしたので戻ってみる。
「おじさん優しいね。おはようございます」
「起こしてしまったか」
「眠りは浅いから、おじさんが帰宅した時から起きてるよ」
「そうか、今なら温かい朝食が食えるがどうする?」
「すぐ行く! おなかすいたから嬉しいな」
「俺の部屋に置いてるから一緒に食おう。机もあるし」
「うん、わかったよ」
エメリは目をこすりながら俺の後をついてくる。
部屋に着くと、勝手に椅子に座り俺が支給する朝食を眺めている。はだけた寝間着姿に何とも言えない気持ちになるが、熟れた女の身体ではないので無視することにした。
「さあ、今日はサービスだ。ちゃんと食って適正体重にしろ」
「あっ、そういえばお客さんじゃなかったね。反省しなきゃ」
「環境が変わったから仕方ない。明日の朝食から担当できるのか?」
「非常食と簡易食はギルドで習ったよ。美味しくないけど」
「なんだかやばそうだな。どう考えても期待薄なので食事は俺の担当にする」
「うん、おじさん勘がいいね。私の創作料理って、嘔吐する人が続出する逸品だよ」
嘔吐ってなんだ。創作料理も常識を外れると毒物よりも凶悪だぞ。こいつの料理はしばらく様子見だ。まあそれはいい、会話を続けよう。
「お前の料理、ちょっと怖くなったぞ。吐く程のものとは……いや、聞かないほうがいいな」
「おいしいと思うんだけど。そうだ、時間があるときに料理教えて!」
「興味あるのか。それなら、俺のよりも知り合いに頼むかな」
「ん、ほかの人じゃなくおじさんが教えて」
「ああ……」
エメリは驚いてしまうほど姿勢よく上品に食事をしている。この子には秘密がある。いつかタイミングを見て尋ねてみるか。
おそらく元貴族か教会関係者だろう。
「なあ、エメリ。お前の年齢でギルドに採用されるとは珍しいな」
「そうなの?」
「そうだ。通常は14歳から正式加入できる。天性の資質、才能、特技や異能でもなければ早期採用はされない」
「さすがは腐っても勇者様。私はテレポートと認識阻害を持って生まれました」
優秀な加護を複数得られるのは勇者並みだ。まあ五体満足に生まれてきて、世界の洗礼に耐えて生き残っているのだ。運と素質に恵まれているのだろう。
それにしてもテレポート持ちか。
「なるほど、希少な複数加護を持つのか、それにどちらもレアだな。テレポートはゲートか単体のどっちだ?」
「役に立たない単体ですよ。選べるならゲートがよかったな」
「もしかして、閉鎖域内に飛べるのか」
「うん、目標を見て念じると移動できるよ。行ったことないところは私の印を残さないといけないけどね」
はぁ? 行ったことがなくてもテレポートできる。そんなことが可能なのか。
少なくとも俺は聞いたことがない。
「閉鎖域内か。希少だし今まで出会ったこともない。ところで、印とはなんだ?」
「印はね、私の身体の一部。指だったり、爪だったり、体液や髪の毛だよ」
「物騒なものが含まれてるぞ。まて、それって、本人が印を持ち込まなくてもいいのか?」
「目の付け所が違うね。さすがおじさん。誰かが閉鎖域に持ち込んだ髪の毛を印とすれば未知の場所でもテレポートできるの」
「便利だな」
「だって、おじさんのお守役だよ」
俺が欲しい能力だ。邪教徒の起こした加護剥奪事件を思い出してしまうほど羨ましい。勇者の俺であっても手に入れたい加護である。
「なるほど。ならここに住み込む必要はないな」
「寂しいこと言わないで。ギルドでは不用品みたいな扱いだけど、ここに居ればただ飯食えるし。私はとにかく観察好きなのよ」
「好きにしろ」
能力は一流、12歳とは思えない知性、教育も高度なものを受けている。単なる侍女を派遣した訳ではないということか。随分と期待されたものだ。
意地悪な捉え方をするなら、エメリが居れば俺が行方不明になっても居場所を特定できる。
俺がどこで死んでも問題なしか。
まあ、そこは仕方ない。
さて、ギルドのサポートが厚く、今のところビオニクの提案が適切となればやることはひとつ。
放浪司祭に早めに会いに行くべきだ。
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