第04話 壁は一つではない

 俺はイオラの探索に向けて行動を開始した。まずは昔の勘を取り戻すべく、リハビリを兼ねて自主訓練を始めたのだ。

 体は鈍っていて筋力は目に見えて落ちている。俺が勇者だとしても50歳という年齢に抗える筈もなく、若いころのような俊敏さや筋力は絶対に戻らないだろう。別な方向で探索ができる肉体や戦術を練る必要がある。


 今日も閉鎖域の浅い階層で走り回りながら雑魚敵を倒してまわる。息が上がり倒れ込んでしまい、休憩の誘惑に抗うことなど不可能だった。

 上空の太陽は赤く輝き、何もしなくても体力を奪っていく。息を大きく吸って緊張感を高め、俺は上半身を起こして辺りを窺う。


 強風が吹き抜ける大地は殺風景だった。俺と同じで中身がない。


 膝を立て座り込んでいると、遠方より探検隊パーティーが向かって来る。

 俺は人目を避けるように俯いたままだ。


「あれって、元勇者だろ?」

「そうよ、あれでも勇者だから。あんた、見ちゃだめよ、見ないで」

「わかったよ。しかしこんな浅いところに勇者とはね」

「あれが勇者なのか、まったく最深部に潜らない怠け者、ただ飯食いときくぞ」

「王家の用意した豪邸で呆けている勇者か」

「勇者、働かないおじさん!」

「別名は妖精さん! いつの間にかいなくなる、存在さえあやふや」

「最悪、私たちの努力をこんな形で消費してるのね」

「クソ! 目障りな奴だ」


 彼らは俺の横を通り抜けながら、あるものは哀れみ、またある者は軽蔑の視線を投げかけてくる。

 顔を上げられず俺は無気力を装い項垂れてしまう。


 望んでいないのに、彼らのイメージに沿った行動をとっていた。

 誰にも期待されてない事実が胸に刺さる。

 確かに私事で探索を始めるのだ。

 攻略とは程遠い。


 俺は軽蔑されようがマイペースでも鍛錬を続ける。それしか道がないのだ。

 イオラを探しに行くために、たとえ歩幅は狭く、歩むスピードが遅くても、とにかく前に進むしかない。


 俺は立ち上がり訓練を再開する。こんな調子で最深部に行けるのだろうか。俺の心に暗雲が立ち込める。それは黒い沼となり俺を手招きする。


 沼の先でイオラが呼んでいる。

 行かなくては。




 現実に戻り俺はふらつきながら探索ギルドを目指すことにした。この世界が異界に飲まれて以来、人類は安穏とした生活を聖域サンクチュアリでしか送れなくなっていた。


 聖域を誰が作ったのかは定かではないが、サンクチュアリの内部にいれば外敵からの被害はない。しかしながら聖域であるサンクチュアリから一歩でも外に出ると無法地帯になってしまう。

 荒野と呼ばれる無法地帯では、同じ人類から襲われることも少なくない。それだけにとどまらず、運が悪ければ圧倒的な力量差のある魔の者たちに蹂躙される。荒野には破落戸ごろつきや魔帝が潜んでいるのだ。


 このような害意のある者たちに対抗する組織が探索ギルドだ。

 閉鎖域を探索することで得た戦利品を売りさばき生きながらえるのが探索者。その探索者がグループを組んで最深部を目指すとき、人々は彼らのことを異界攻略隊と呼ぶ。



 俺の目の前に石を切り出して作った建物が現れる。閉鎖域エントランスにつながる四ケ所のサンクチュアリ、そのなかでも西側に位置する西域探索ギルドの本館だ。俺のベースギルドでもあった。


「何年も顔を出してないな」


 俺は衛士が守る石門を越えてギルドクリスタルを頭上に発現させる。

 クリスタルは身分証明書でもあり魔法で呼び出す仕組みだ。衛士がいるのは犯罪者や危険人物を排除するためだが、形式的に配置しているに過ぎない。


 なぜなら、ギルド員の高位なものであれば衛士など瞬殺だ。


 ギルドに入ると刺すような周囲の視線を感じる。俺の知り合いはいないが、残念なことに周りの連中は俺を知っている。

 俺は知った顔に合わないことに喪失感を味わう。それはそうだろう、俺の年齢でまだ現役で探索している変わり者は相当少ない。

 俺は避けられる事実が疎ましく、完全に浮いた存在になっていることに苛ついた。


 中に入り案内板を見て総合受付を目指す。内部は俺の記憶にある配置ではない。俺は好意的に感じた案内嬢に攻略関係の責任者の所在を聞く。


「攻略について相談したいのだが、専門官か責任者を呼んでもらえないだろうか」

「レイリー様、いらっしゃいませ。責任者を呼びしますのでお部屋までご案内いたします」

「よろしく頼む」

「はい、こちらからどうぞ」


 案内嬢が俺を先導して貴賓室に案内してくれるようだ。顔を知られていることに窮屈さを覚え、居心地が悪くて仕方ない。

 探索者共が会話をやめて俺のことを目で追う。

 目障りな奴らを無視して、俺は施設の一番奥にある豪華な部屋に通された。


「お待たせしましたレイリー様。西域ギルド攻略責任者のビオニクと申します。今回のご用向きは攻略とのことですが、どのようなご相談でしょうか」


 ビオニクは俺よりも一回りほど若い男性で、魔術師のような容貌をしている。

 その存在感は、いかにもエリート管理職といった貫禄を漂わせていた。


「よろしく頼む。単刀直入に言うと攻略隊を編成したい。最深部を目指すのが目的、耐久型のグループ編成にしたい」

「失礼を承知で申し上げますが、ご年齢や長期間のブランクが大きな障害となります。さらに近年の目ぼしい実績が御座いません。大規模な攻略隊は現実的ではなく、先ずは小規模のパーティーをお勧めします」

「そうか……現実は厳しいな。それで、俺とパーティーを組むような奴らはいるのだろうか」

「これも申し上げにくいことですが、お勧めできる探索者は在籍しません」


 即答された言葉を聞いて俺は無意識に天井を見上げる。やはり、リスクを考えれば物好きでも手をあげないか。


 しかし、ここで諦めてどうする。


「時間がかかっても、訳ありの探索者でも構わない。どうにかならないだろうか」

「失礼ですが、攻略する真の目的は何でしょうか。お聞かせ願えるなら妙案が浮かぶかもしれません」

「ありがとう。攻略は建前で娘の探索が真の目的だ。ただ、娘が行方不明になった場所が問題だ」

「聖女イオラ様のことですね。最深部に潜るしかないと、承知しました十日ほど時間をいただけないでしょうか。国外も含め条件の合う方を探します」


 なるほど、国外となれば俺達と同じ侵略される側の異世界人達か。そんな者でなければパーティーを組めないということなのだ。現実は厳しい。


 あの白昼夢が将来起こることであれば今の状況は納得できる。

 今は待つしかなさそうだ。


「すまない。今は従者もいないので俺のほうから定期的に顔を出そう」

「いえ、未熟者ですが補助員をお付けしましょう。勇者様に何度も足を運んでいただくのはさすがに」

「何から何まで悪いな」

「伝説の勇者様が動かれるというのであれば、我々こそお声をかけていただき光栄にございます」

「期待に応えられるよう精進しなければいけないな。それでは失礼する」


 俺が退出しようとするとビオニクに声を掛けられる。なんとなく乗り気しない雰囲気を醸し出しながらビオニクは話し始めた。


「忘れていました。レイリー様、聖教会の放浪司祭オーティク神父にご相談されることをお勧めします」

「放浪司祭か。わかった」


 放浪司祭は事務方ではなく荒野や閉鎖域の最前線を担当する者達だ。イオラの情報を聞くにはいいのかもしれない。

 伝手を使いコンタクトをとってみよう。

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