第03話 目覚め
回想から現実に戻り、俺は後には引けないことを理解する。
娘の中で両親への尊敬と誇りが膨らむことを理解しながら目を瞑った。
イオラを破滅に向かわせたのはこの俺だ。
娘への無関心という罪に、今更慄いているだと……。
あぁ、オリヴィア許してくれ、約束を守れなかった愚かな俺を。
頭を抱えて蹲る。
誰かの気配がした。
結界内なのに視線の先には蝶が飛んでいる。あの色はオリヴィア!
そのとき俺は理解した。
「わかった。オリヴィア……君の遺志に従う」
後悔して立ち止まっていても娘は戻らない。今のままでは墓に眠る妻に顔向けできない。流されてはだめだ。逃げるな。
俺は決意しなければならない。いや、決意したのだ!
何かが外れた音がする。
心の中で。
そのとき俺の前に懐かしい風景が現れる。閉鎖域エコーブルーム。妻や仲間たちの亡骸さえ残らなかった場所、閉鎖域要石の設置されていた広大な広間が。そして、過去の風景とまだ見ぬ新閉鎖域がオーバーラップしていく。
混じりあった景色の先にあるのは、きっと俺の死地だろう。
夢に飲まれるように聖女の織りなす白昼夢が波のように押し寄せてくる。
目を逸らせてはいけないんだ。
眩暈が襲い、反射的に目を瞑る。強烈な日差しと噎せ返るような臭い。
目を開くと景色は変わり、見たこともない閉鎖域が広がっていた。砂だらけの土地が広がり気温は高い。身体がコントロールできないことから、未来の俺に憑依したのだろう。予知夢かもしれない。
未来の俺から記憶が流れ込む。新たな閉鎖域は発見者の名を取り、閉鎖域ハウ・ハーディアと呼ばれていた。ハウ・ハーディアは砂丘とステップが広がる乾燥した大地、天を仰げば灼熱の赤い太陽が燃えている。俺は夢の自分に完全同化した。
額ににじむ汗、やがて流れて目にはいる。
「クッ……目に入った」
手袋を投げ飛ばして目をこする。見上げると俺を焼き殺そうとする赤い球。
雲一つない。
「最悪だ!」
天候にイラつきながら気分を紛らわすため、俺は振り返って仲間たちを順番に眺める。すぐ後ろには大盾を持つ二名の大男、俺が召喚したガーディアンだ。その後ろに召喚士のフィース、彼女は猛獣を呼び出して優雅に座って前進する。
とても羨ましい。
なぜなら、俺は歩いている。それも自分の足で。
「そんなに恨めしそうな目で見ないの。気が滅入るわよ。さあ! 前を向き歩きなさい」
「お前はいつも余裕だな。熱くないのか?」
「精神論で訴えるわけじゃないけど、これくらい平気よ」
「なぜこの暑さで汗さえかかないのだ。お前の心と身体は氷で覆われているのか」
「それは秘密。女に秘密はつきものよ」
笑ってはぐらかされた。意味深なことを言っては煙に巻く。
厄介この上ない女だ。
年齢は見目だけで言えば20歳前後だろう、女の実年齢は怖くて尋ねることなどできはしない。フィースはオレンジに輝く長髪を先端付近で無頓着に束ね、瞳は赤霊石のように赤く輝く。グラマラス過ぎない絶妙なバランス、筋肉を隠しながらメリハリのある肉体は美しい。
猫のように柔らかそうな物腰はまさに戦乙女のようだ。この女、いかれた性格でなければ俺だって惚れていたと思う。間違いなく。
まあ、誰が見ても二度と忘れないカリスマの持ち主ではある。
そして、俺の投げた手袋を拾ってくれたのは、木人で年齢・性別不詳の異界人マインシズ。手袋を素早いモーションで投げ返してくる。
「ありがとうな。お前は暑くないのか」
「ボクは君たちと違うからね。紙が燃える温度で初めて暑さを感じるよ。アハハハ」
「それって……暑さを感じたときは死んでいるのでは」
「そうだね。半分消し炭だよ」
言うが早いか、すごい勢いで俺の前に躍り出てクルクル回る。痩せすぎの体形、緑の髪に茶褐色で樹皮のような肌、顔の作りはいいのに台無しな皮膚感。そして落ち着きなく、呆れるほどの楽天家。
何をやりたいのかわからないが、下手に詮索すると面倒なので無視することにした。
「昼の光に肌を曝せない私に向かっておっしゃっているのでしょうか? みなさま」
背後から声をかけたのは空中を飛ぶ巨大な貝殻、ではなくて妖精使いの巫女ポーラ。妖精の呪いで日中は仮死状態だ。いや死んではないな。二枚貝に挟まって日光を遮る涙ぐましい努力をしている。
「巫女様は暑くないのか。そんな貝殻の中でこの炎天下、蒸し貝か焚火炙りの焼き貝になりそうだな」
「もう、暑くて裸身を曝していますわ、ですわ。精霊が逃げだしたら蒸し焼きとなるでしょう」
「開けて換気改善すればいいのでは? 日に当たらないように加減はできると思うが」
「まあ、いい提案ですわ。採用です!!」
貝殻が開き裸の女が、一瞬であるが見えた気がした。目を凝らそうとするとフィースの召喚鳥獣ハーフェルトが無数に湧き出し貝殻の目隠しになってしまう。
「鳥のせいで、見えなかったぞ!」
「あら、いつでも言ってくださいまし。お見せして減るものではありませんから」
「いや、色気ない美しさには興味がないな。召喚士のフィースくらいなら考えるが・が・が」
言い終える間もなくハーフェルトが俺の目をめがけて飛んでくる。
「よせフィース! 目はだめだ」
「いやらしい! その目はつぶす」
「御やめになってフィース嬢、再生魔法は面倒ですわ」
「おい、ポーラ面倒なのか!! それでも巫女なのか?」
「はい、さようにございます」
俺は逃げるように走り出すと皆が笑いながら追従して走る。
とても暑くて死にそうだ。
俺達の後ろには5mはあろうかという鱗に守られた芋虫か三葉虫のようなものが従う。
ポーター兼盾役、さらにはポーラのお目付け役である妖精サグース。
「ママ、マッテヨ」
「あらあら、置いていかないわよ。いい子ね。昆虫標本になりたくなかったら、血反吐をはいて、死ぬ気で走っていらっしゃい」
「おい、ポーラ。サグースを待ってやらないのか?」
「虫には試練が必要、死地を彷徨い腐り果てる。あぁ、厳しい躾こそ、あらゆる鍛錬の基本です。毒飴と鞭ですよ」
「ザ・ビーストと嫌われるだけあって、相変わらず他人に厳しいな」
俺の攻略隊の主力メンバーは行き過ぎた正義感の召喚士フィース、空気の読めない殺戮狂マインシズ、鬼畜の降霊師ポーラ、泣き虫防御壁サグースと今は不在の女勇者で構成される。働かないおじさんと呼ばれる勇者の俺を含めると総勢6名のバランス型パーティーだ。
既にばれてると思うが半数はリストラ組だ。はみ出し者や不要になった者の寄せ集め。
俺のパーティーは皆が過去に訳ありだ。
しかし、そんなことは関係ない。今こうして試験探査ができるようになったのだ。
背後にはサポート要員のグループが続く。
遂に最深部に踏み込んだのだ。
目前には天にも届くのではと錯覚してしまう扉。
深淵ゲートが待ち受ける。
気分が高揚している最中に景色が捻じれ暗転する。元の世界に引き戻されるのだ。
今のは予知夢なのか。
現実に引き戻された俺は汗だくだった。
先ほどの幻影を現実で体験したかのように疲労感が襲ってくる。
きっと予知夢が示すように俺はもう戻れないのだ。
わかっている。逃げることは許されない。
待っていてくれイオラ。お前が例え死んでいようとも必ず探し出す。
閉鎖域ハウ・ハーディアが俺を呼んでいる。
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