第02話 回想すればわかる。それは厄介払いに等しい
閉鎖域の攻略を終えた俺は王都に凱旋した。パレードや祝賀会が開かれたはずだが実感もなければ記憶もない。すべてがおぼろげだった。
その理由は単純だ。俺は閉鎖域で仲間を守れず死なせてしまったのだ。運よく生き残ってしまっただけの名ばかり勇者。俺は間違いなく臆病者だ。
恥と後悔の念に駆られて俺は心を閉ざし、吐き出す場所もなく自暴自棄になっていた。このときの俺は娘であるイオラのことなど、心の片隅にさえ思い浮かぶことはなかった。否、存在自体を忘れ去っていたのだ。
俺だけが悲劇の当事者と思い込もうとしていた。
何日経過したかわからない、惰性で生きる俺のもとに侍女が幼女を連れてきた。見たこともない女の子、不審に思った俺は侍女に説明させる。説明されて初めて、俺はこの子が娘のイオラであることに気づく。忘れていた疚しさから、俺はイオラに冷たく当たってしまう。
心細かったのだろう、最初は警戒していたイオラも侍女に諭され俺にまとわりつく。俺は適当に相手していた。相手するしかなかった。
イオラの妻に似た部分が眩しかった。それが混沌と未練の渦巻く俺の心に更なる後悔の念を植え付けた。
眩しすぎる笑顔、育児放棄した俺はこの子を見つめられない。
イオラは俺を見上げて微笑む。
瞳の色は妻のオリヴィアと同じだった。
あぁ、この瞳。
俺の頭に妻の最後がフラッシュバックする。
――ここは閉鎖域の最深部。
閉鎖域要石を俺はひたすら叩き続け亀裂が入った瞬間、俺は攻略を終えたことを確信した。
浮かれて仲間に視線をやるとオリヴィアの結界が破れたところだった。圧から解放された魔帝や魔物の軍団が波のように押し寄せる。
オリヴィアが俺に手を伸ばし何か叫ぶ。
「イオラを頼みます……」
続く言葉は轟音と魔物の咆哮で聞き取れない。
俺は反応もできず、黒い波に飲まれるオリヴィアに手を伸ばし凍りついてしまう。
オリヴィアの見開かれた瞳を、俺は放心して見つめるだけだった。
仲間達の断末魔の叫びが、オリヴィアの最後の願いが耳から離れない。
俺の心は絶望で染まり終焉の嵐が吹き荒れる。
「頼む……行かないでくれ!」
魔物は俺の願いなど無視して、そのまま雪崩れのように仲間達の亡骸を飲み込んでいく。
何か硬いものに激突した。俺は崩れ落ちる要石と共に流されてしまう。
現実を直視できない俺はすべてを否定する。朦朧とした意識の中に沈みかける。きっと意識を手放したほうが楽だろう。できることなら。
でも、認めたくない。認めるものか!
俺は妻の最期を、魔物の悪夢から逃れるため、無意識に腕を振り上げ夢であれと振りはらう。
何かが腕に触れた。
「レイリー様!」
絶叫により現実に引き戻される。
何かが飛んでいった。イオラが壁にぶつかって倒れ込み、侍女が駆け寄っていく。
侍女はイオラを抱きしめ俺を睨んでいた。
俺がやってしまったのか?
引き攣った指先をゆっくりと見つめる。震えが止まらない。
「俺は……」
イオラが侍女を振りほどき泣きながら俺に駆け寄ってくる。俺は敵でさえ感じなくなっていた恐怖。恐怖の気持ちが沸き上がる。
娘に手を挙げた……。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
イオラの悲痛な声が耳に届く。俺が引き寄せようと出した手に……委縮して思いっきり謝るイオラの額が激突する。軽く触れただけだ。
それなのに、石に当たったような音がしてイオラが仰向けに転ぶ。
な、こんなはずでは!
これは身体強化、俺は体の制御さえできていない。
オリハルコンよりも固い俺の手にイオラは額をぶち当て失神している。
侍女の悲鳴が響き渡る。
イオラを抱きかかえて侍女が部屋から退出し、俺は頭を抱えて蹲る。
「ああぁぁ、なんてことを」
親として失格だ。
しばらくして侍女が聖職者を連れて現れた。イオラを引き合わせた理由に、ようやく思い至る。そうか、聖教会の勧誘ということか。
俺は無理して立ち上がる。
「レイリー様、本日はイオラ様に聖印が現れたことの報告と、我が聖教会へお迎えすることの了承をいただくために参りました」
俺はぼんやりとしたまま話を半分聞き流す。そうだ、イオラにとってこれは良いことなのだ。
俺が制御できず傷つけるより、教会に教育を任せたほうがいいはずだ。
身勝手な俺はイオラの気持ちなど、これっぽっちも考えなかった。
「説明ご苦労、理解した。娘を頼む。どうか、妻のオリヴィアと同じ道に進まないように教育してもらいたい」
「承知しました。同意いただきありがとうございます」
「悪いが、イオラをすぐに引き取ってもらえないか」
「よろしいのですか。お別れの時間は?」
「いや、先延ばしにすると別れられなくなる。すぐに連れて行ってくれ」
「はい、イオラ様のことお任せください。それではこれにて」
心の重荷を下ろせた俺は集中力が散漫だった。俺は視線を感じて何気なく振り返る。
「いい子にするから捨てないで!!」
部屋の入口に頭に包帯をまいたイオラが突っ立っていて、まるでこの世の終わりのように声を上げ泣いていた。
「私はいらない子なのね。ごめんなさい。ごめんなさい」
俺はイオラにちゃんと理由を話すべきなのに何も言えない。不安感を払拭してやることも、捨てたことさえ否定しなかった。
見かねた聖職者がイオラを抱きかかえて退出する。イオラはいつまでも泣き叫んでいた。徐々に声が遠ざかっていく。
俺は視線をそらし、侍女に扉を閉めさせる。
このとき俺は、両親の愛を知らない娘を切り捨てた。
当然の報いなのだろう、俺を待ち受けていたのは絶望と孤独の日々。
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