逢魔が時に潜る

楠嶺れい

第01話 深層に消えた娘

 俺達の世界ガレシオン・ソアーは浸食作用によって異界エスガルーデの取り込まれてしまった。事実上の消滅といっていい。ガレシオン・ソアーの住人の半数以上は干渉融合により異界の構築材料となってしまう。我が同胞は異界が具現化するための魔素材と化したのだ。


 これは俺の生まれた直後の出来事だった。


 異界の研究は進まず半世紀が過ぎた今でも解明は進んでいない。

 だから、捨て駒として俺たちがいる。


 俺の名はレイリー・バギスタ。20数年ほど前、異界エスガルーデに存在していた閉鎖域エコーブルームを攻略し解放に導いた勇者である。

 この攻略が完了して初めてエスガルーデには複数の閉鎖域があることが判明した。悪い知らせはそれだけではなかった。次々と現れる閉鎖域を開放し続けなければ我々が滅ぶことが解放の石碑に記されていたのだ。


 その事実は衝撃的で人類は絶望した。


 俺はエコーブルーム閉鎖域の攻略で愛する者や仲間たちを失った。そして、娘以外の肉親はすでに死んでいて、その娘さえも聖教会に預けてしまう。

 この時から俺は引きこもり生活になる。親である自覚と勇者の仮面など投げ捨て、自死することもできず、惰性のまま生きていたのだ。

 何もしない何も考えない。ただ時が流れ、流されることを受け入れた。


 攻略直後、そんな俺を誰も責めなかった。


 食事を口にせず、髪や髭は伸び放題、魔力だけが俺を生かしていた。

 俺は薄汚れた粗大ごみ。勇者という名のただ飯食い。

 次第に人は俺を軽蔑し蔑むようになる。


 皆は俺のことを働かないおじさん、妖精さんと呼ぶ。

 何をしているかわからない、存在さえ薄い俺は忌諱され疎まれることになる。


 無気力な俺でも勇者の力は本物だった。だから監視されるのは当然で、行動が制約されるのは仕方ない。とはいえ、特に不都合もなかったので放置しただけだ。


 俺は事実上軟禁されている。魔力暴走を恐れた王家が隔離障壁に俺をつなぎとめているのだ。まっとうな判断で恨みなど一切ない。

 無意識に俺が一般大衆を殺めることを回避したのだ。

 何も間違ってない。




 ある日、教会の聖職者が訪れる。生ける屍と自他とも認める俺のところに。


「レイリー様、ですね?」


 俺は目も合わせず何も答えない。


「レイリー・バギスタ様として説明いたします。昨日、聖教会の本庁から、聖女、ご息女であるイオラ様が行方不明になられたと連絡がありました」


 イオラが行方不明!?

 朽ち果て眠りについていた俺の心に灯がともる。


「行方不明とはなんだ!!」


 俺の怒りは炎となり巻き上がった。火の粉を散らせながら憤怒の焔が部屋に充満する。

 聖職者は結解魔法で耐えている。適切な人選、覚悟してここに来たのであろう。


 そのことが余計に俺の気持ちを逆なでする。


「お怒りごもっともです。経緯を説明します」

「早く話せ」

「はい、イオラ様は聖女の務めとして、自ら志願されてハウ・ハーディア閉鎖域の攻略に参加されました。そして、灼熱の門を過ぎたところで音信不通となり、一月経過したため攻略失敗。すなわち行方不明と扱われました」

「おい、どうして攻略家になるような教育をした。俺から娘を奪っただけでは飽き足らず、閉鎖域攻略に行かせたのか。ああ、娘と別れた時の条件と違うぞ!」

「ご本人の意思です。我々では止められなかった。勇者の娘ということを誇りにされていたようです」

「俺が悪いというのか。なんとかいえ!」


 俺の魔力は暴走し、怒りが魔素を寄せ集める。天井まで届く火炎、吹き上がり荒れ狂い結界を揺さぶる。部屋に溜まった塵や埃が燃え尽きて異臭が鼻を刺す。

 そんな荒れ狂う焔の中を聖職者は耐えていた。


「ありきたりの説明になりますが、世のため、人のためにと志願されたのだと思います。我々は止められないと悟り、あなたに止めてもらうため連絡しました。ですが返信はなく、係員を派遣しても門前払い。言い訳にすぎませんが事実です」

「俺が……親の務めを果たさなかった。だからなのか」


 俺と聖職者はにらみ合う。


「ご本人の意思です。今のあなたを誰も咎めないのと同様、イオラ様の望みを誰も止められません」


 俺は娘の意思を尊重するしかない。でも、納得できないことはある。

 いや、納得などできるか!


「何のために預けたと思う……妻の二の舞にならないためだ。それなのに、俺が勇者であるばかりに娘を追い詰め死なせてしまったというのか。親としての責任から逃げた俺が悪いのか?」


 責められていないことぐらいわかっていた。それに、娘を死地に追いやったのが誰なのか、それは他でもないこの俺だ。だから口から後悔が漏れ出すのだ。


 深層で行方不明となれば生きている可能性は限りなく低い。


「亡くなったと決まったわけではありません。あなたが諦めてどうします」

「お前は現場を知らない。戻れるような生易しい場所ではない」

「そうなのでしょう。ですが、抜け殻になっているとはいえ勇者のあなたが確認すべきです。ご息女の生死をお確かめください」

「もういい、帰れ!」

「私は信じています。勇者であるあなたは必ず閉鎖域に向かわれると」


 教会の使者が立ち去るのも気にせず俺はただ泣き叫ぶ。

 もはや恥などない。


 そんな醜態をさらす俺の心に突如として沸き上がったのは、記憶から消してしまいたい過去の思い出。今でも度々心を乱し、忘れたままでいたかった出来事。


 俺は頭を抱え両膝をつき苦悩する。



 その記憶とは、イオラと別れたその日のことだ。

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