第9話 冒険者
「それで、お前はどうしてわたくしの後をつけていたのかしら?」
既に日は落ちてあたりは暗く、怪しい紫色の光を放つ光源石が周囲を照らす路地裏で。目の前には今、ボコボコに殴られて青痣だらけになっている冒険者の男が冷たい地面の上で正座になっている。
「こんなに強いなんて聞いてねえよ…」
この男も当初は抵抗していたのだが、いかんせんこちらは強力なチート持ち。たとえ毒ナイフで斬られようとも無傷だし、逃げようとしても追いつかれるし、殴られればガチで痛いしで、最終的に捕まった冒険者はなんかもうすべてを諦めるような態度でなにもかも白状するつもりになったようだ。
ちなみに最後に嘘をついたら金玉を潰すと脅したのがもっとも効いたようだった。
このお嬢様は一体どこでそんな言葉を覚えたのだろうね。まったく近頃の女の子は下ネタを普通に知ってるんだから困ったもんだよ。
「質問にはさっさと答えなさい!」
「えっ…うおご!!すすすすす、すいません!すぐ答えます!」
ぶつぶつ文句を言っていたのが癇に障ったのか、リリアーナが苛立ち交じりに壁ドンならぬ壁蹴りをする。その蹴りがよほど強かったのだろう、男のすぐ横に穴が開いたほどだった。
まったく、せっかく人目を忍んでこんな場所まで来たのに、そんな騒音をたてたら目立つだろうに。
「そ、それがですね、あの、実はあなた…あなた様の首に懸賞金がかけられたとのことで…」
「懸賞金?それはいつ頃の話かしら?」
「えーっと、今日の昼頃ですかね。突然、国から布告があって、逃亡中の女一人捕まえるだけで金貨20枚もらえるって冒険者組合で言われたんですよ。ただ女を捕まえるだけで金貨20枚なんて割の良すぎる仕事だってことで冒険者組合じゃ今その話題で持ち切りですぜ」
――低ランクでもできる楽な仕事って聞いてたんだけどなあ、はあ、話がちげえよ、と冒険者の男は愚痴る。
それにしても懸賞金か。冒険者っていうとモンスターを相手に冒険でもしていそうなイメージだったのだが、こういう犯罪者の取り締まりみたいな仕事もするのかな?
「わたくしは冒険者について詳しく知らないのだけど、こんな懸賞金のかかった人を狙うというのも冒険者の仕事なのかしら?」
「へ?うーん、まあ冒険者といってもいろいろいますからね。本当にダンジョンの探索だけしかしないって奴もいれば、モンスターだけを狙う冒険者もいるし、反対に懸賞首だけを狙う犯罪者ハンターの冒険者もいますぜ」
ふーん、いろいろタイプがあるんだな。まあ得意分野なんて人それぞれだもんな。モンスターより人を相手にする方が得意という人もいるのだろう。
ただ目の前の男は、冒険者を名乗るぐらいなのだから一般人よりも強いのだろう。しかし戦闘が得意というタイプには見えなかった。どちらかといえば斥候とかスカウトとか、冒険の補助的な役割が似合いそうなタイプなのだが…
「お前はあまり戦闘が得意そうではないけど、楽な仕事とはいえその実力でよくわたくしを捕まえようと思いましたわね」
いや、そんな煽るような言い方しなくても。まあ事実なんだけどね。
男はちょっと複雑そうに表情を歪めつつも、「いや」と否定する。
「まあ、実際そうなんだけどな。俺は索敵とか偵察が得意で、戦闘はそんな得意じゃないから。もう気づいてたと思うけど、あの辺、俺以外にもあんたの動向を窺ってた奴らはたくさんいたんだぜ?あくまであんたの動向を探って、情報を流すのが俺らみたいな斥候の役割だからよ」
――だからさ、と男は続ける。
「俺みたいな奴に勝ったからって調子に乗るなよ!」
その瞬間、男はなにかを地面に叩きつける。そのなにかが地面に当たると、それは砕け、爆発。やがて瞬く間にスモークが発生し、視界を奪われてしまった。
煙が視界を塞ぐ中、男が移動する気配を感じる。そして男は吠える。
「お前ら気をつけろ!この女、かなりできるぞ!」
「チッ、やってくれるわね」
妙にぺらぺら話す奴だなとは思ってたが、どうやら仲間が来るまで時間稼ぎをしていたのかもしれない。
一面は煙に覆われてしまい、なにも見えない。それは相手も同じはず。なのだが、煙の中の音から察するに、敵は明らかに連携を取って行動しているのが気配や話し声から推測できた。
「…後ろに…」
「…例のあれ…」
「…対象は強い、距離をとって…」
「…合図を出したらやれ…」
明らかにこちらの動きを完全に察知している会話が聞こえてくる。ちょっとまずいかもしれない。こちらと違い、相手は煙の中でも視認できる道具とか魔法でも使ってるのかもしれないな。
ふむ、ちょっと冒険者を甘くみてたかもな。
いくら強いといってもリリアーナはしょせん女の子だ。戦闘経験なんてまるでないし、なによりこういう事に関しては素人だ。もちろん、それは俺も同様。あるのはゲームと漫画、映画の知識くらいだ。とてもではないが、こんな状況下で有効な対処ができるわけがない。俺とリリアーナは目の前の状況に対してただ呆然と立ち尽くすだけだった。
「…!くっ、…ね、ねえ、ど、どうしましょう?」
それはあの高慢な貴族令嬢とは思えないほど、弱弱しく、今にも泣きそうな声だった。
今までは圧倒的なアドバンテージがあった。いや、あったと思い込んでいただけだった。だから精神的にも余裕をもって行動できた。その甲斐もあってか、つい先ほどまでは冷酷そうな眼差しで男を相手に威圧していたというのに、今のリリアーナにはもはやその頃の堂々とした面影は微塵もない。
今はとにかく不安で仕方なく、助けてほしくてしょうがない、まさに年相応の女の子という感じだった。
やはり俺がなんとかしないとダメか?
『そうだな。とりあえず、逃げ…』
と言おうとした瞬間、なにかが煙の中から飛んできた。そのなにかはリリアーナの首を狙っていた。
いくら力があってもやっぱりリリアーナはただの素人の女の子だ。突然の事態に頭がついていけず、なにかしないといけないのに体がついていかない。ただなすがままに敵の攻撃を受け入れてしまう。
ガチャリ。なにか金属質な音が首元で鳴った。
その瞬間、リリアーナの全身から力が抜けて、ドサリと音をたてて地面に倒れこんだ。
意識を失ったわけではない。目はまだ開いている。ただ肉体のコントロールを失ったみたいで、リリアーナはなにも喋ることができず、ただ目を見開いて今の状況を見守るしかできなくなっていた。
その時、俺の視界に妙なものが目に入った。
リリアーナの首に、金属でできた首輪がいつの間にか巻き付いていた。さっき飛んできたのはアレか?
やがて煙が晴れていく。そこには複数の冒険者たちがいた。さっき捕まえた男の他に、3人ほど別の男たちがいる。
「よし、捕獲完了!金貨は俺たちのものだぜ!」
「ヒャッハー!おいおい、よく見たらこの女、めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!これもしかしたら奴隷商に売った方が儲かるんじゃねえの!」
「確かにな。隷属の首輪で自由も奪ったし。奴隷にしても良いかもな!」
「このクソ女が!よくもさんざん殴ってくれたな!売っぱらう前にその体で償ってもらうぜ!」
「ぐへへへ。さーて、これからじっくり俺たちの相手をしてもらおうかな」
どうやらリリアーナの体が動かないのはこの首輪のせいらしく、リリアーナはピクリとも動けない。
…っていうかちょっと待って。あれれれー、これピンチなのでは?
その悪役令嬢の右腕は今夜も疼く カワサキ萌 @kawasakimoe
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