第8話 初めての魔法

 なんとなく違和感があったのだが、その正体がわかったのは昼食を済ませてしばらく時間が経った後。今夜どうやって過ごすかを考えている時だった。


 とりあえず俺としてはリリアーナの復讐の手伝いをしても良いとは思う。ただ問題はやり方だ。


 確かに今の俺たちは強い。たぶんやろうと思えば相手が王族だろうとやれるのだろう。でもやったら確実にお尋ね者になってしまう。きっと懸賞金とかかけられる犯罪者の仲間入りだ。


 冗談ではない。それではせっかくの異世界ライフが常に人目を気にしてびくびく生活するビクビクライフになるではないか。そんな生活は嫌だ。どちらかといえば桃色のハーレムライフの方が俺は好きだ。


 なんか穏便に復讐する良い方法ないかなあ。とりあえずその第一王子の髪の毛を全部引っこ抜いてハゲにするとかではダメなのだろうか?まあそれはそれで不敬罪に問われそうだが。


「見られてますわね」


『ああ、見た目だけはお前、かなりの美少女だからな。まあジロジロ見る奴もいるだろ』


「そういう色欲の眼差しではありませんわ」


 ああ、そういう目で見られた経験はあるんだ。


 俺もリリアーナの視線につられて周囲を窺う。今の俺たちは宿屋を探すべく、人の多いエリアを歩いているわけなのだが、ときおりチラチラとこちらを見る人たちがいる。


『もしかしてさっき倒した奴らの仲間かな?』


「かもしれませんし、そうでないかもしれません。いずれにしろ、なんだか狙われてる気分で不愉快ですわ」


 そら知らない人にジロジロ見られたら誰だって嫌だろう。


 しかしリリアーナは確かに見た目も良いし、貴族の令嬢ということもあってかなかなか健康的な体をしている。おっぱいもなかなかの大きさだ。ふむ、揉んでみたい。でも揉んだら絶対怒るだろうな。


 そんなレベルの高い美少女、それがリリアーナだ。だからスケベなおっさんが好色の目で見てくることはあるだろう。だがたまにこちらに視線を向けてくる男たちは、どう見ても好色の目つきとは違う、どちらかといえば殺意に似た眼差しを向けている。


 なんか恨まれるようなことしたっけ…したか。さっき町のゴロツキを殴り殺してたわ!


 それにしても目の前で人が死んだというのに、なんというか無感動である。なにも感じていない。きっと見た目がいかにも犯罪とかしそうな野郎だったからだろうな。


『どうする?逃げるか?』


「そうですわね。どうして私を見ているのか、理由を知りたいですわ」


 人の多いこのエリアには、飲食店やら宿屋やら、様々なお店が軒を連ねている。そろそろ日も落ち始めているせいか、なにかの魔法かなのだろう、店頭にある滑らかな形をしている石がパっと光り始めた。


 …なにあれ?蛍光灯の一種かな?


『なあ?あの光ってる石ってなに?』


「魔石ですわ。あれは魔力を込めると光を発する光源石ですわね」


 おお、さすがファンタジー世界。魔法があるのだろうということは知識としては知っていたのだが、こうして改めて魔法に遭遇するとちょっとテンション上がるな!


 ――そんなことより、と初めての魔法アイテムに興奮する俺のわくわくなんて無下にするかの如く、リリアーナは話を戻す。もっといろいろ教えてほしかったんだけどな。


「わたくしたちを監視しているあの連中。服装を見るに、おそらく冒険者ですわね」


 おお、冒険者。やっぱいるんだ、この世界にも!…なんでわかったんだろ?


「こんな街中で革鎧なんてしてる人間は冒険者くらいですわ。兵なら兵装をするし、商人であればもっと身軽な恰好をする。やはり冒険者が可能性としては大かしら?」


 ふーん、なるほどね。でも確かにそう言われてみると、こちらを見ている人間はだいたいちょっと強そうな装備をしてるな。とても私服という感じではない。


 他方で普通の服装をしている人はあまりこちらを見ていない。


 兵士だったらあんなこそこそせず、用があるなら直接話かけてくるだろう。やっぱり冒険者かもな。


 問題は、なぜ冒険者がこちらを観察する?


「やはりなぜこちらを窺ってるのか、理由を知りたいですわね」


『それはそうだな。でもどうやって?なんか自白させる魔法とか使えるの?』


「ふん!そんな高等魔法、使えるわけありませんわ」


 ああ、あるんだ、自白魔法。まあそうだよな。あったら便利だもんね。だってどんな秘密も魔法一つで聞き出すことができるんだもん。


 しかし高等魔法だから使えないか。なんだか下級魔法なら使えるみたいな言い回しだな。


『それって簡単な魔法なら使えるってことか?』


「…多かれ少なかれ、人は誰しも体内にマナを有してますから。簡単な低級魔法なら使えましてよ?」


 ――もっとも今の私は使えませんが、とリリアーナは付け加える。


『え?なんで?』


「死刑囚は逃亡の防止を目的に魔封じの刻印を施されるからですわ。中には魔法を使えることを秘匿するものもいるから、死刑囚はすべからく全員刻印を刻まれるかしら。あなた、自分の右手の甲に刻印が刻まれてるでしょ?」


 …え?そんなもん刻まれてんの?いや初耳なんですけど!


 そこで俺は気づいてしまう。右手の甲。つまりちょうど俺の視点がある場所だ。つまり人間でいうところ自分の目に刻印があるということになる。


 なるほどね。そりゃ気づかねえわ!だって自分の目は見えないでしょ!


 いや目があることはさあ、見えなくてもわかるよ。ああ、ここに目玉があるんですね!って感触でわかるよ!でも見えないでしょ!


 見るのとわかるのとは違うからさ!


『あの、今のうちに言っておくけど、俺の視点って右手の甲にあるんだよね。だからさあ、右手の甲になにかっても見えないんだよねえ』


「目がないのに見えるって、お前、一体どういう仕組みで動いているのかしら?」


 まったくだよね。それが謎だよ。


 それにしても、そっか。魔封じの刻印ねえ。どうなんだろう?だってさあ、今の俺って言っておくけど、ガチでチートだからさあ。たぶんその魔封じの刻印、通じないんじゃないの?


『なあ、もしかしたらさ、今なら魔法使えるんじゃないの?』


「どうしてそう思われますの?」


『だって今の俺、最強だよ?言っておくけど、たかが刻印程度で抑えられるほど軟じゃないぜ』


「なんて適当な理由かしら。…でも、そうですわね。では試してみましょう。もし失敗したらお前、わたくしに絶対なる忠誠を誓いなさい」


『え!ちょ待てよ!こんな土壇場でそんな約束勝手にしないでよ!』


「わが身を清めよ、レイジェルカバー」


 なにかの詠唱だろうか、リリアーナが言葉を発する。すると急に全身に冷たい風が当たったかのような感触が走り、ゾクゾクした。なにかの攻撃か、と思ったが、やがてふんわりとした感触に包まれ、なんだか気持ちよくなる。癒し魔法か?


 一体なんの魔法を使ったんだ?


「…あら、使えるわね。お前、命拾いしましたね」


『え、本当!やった魔法使えるじゃーん…命拾いってどういうこと?』


 この娘は俺に絶対の忠誠を誓わせてなにをさせるつもりだったんだろう。怖いねえ。


 ま、まあ今は魔法が使えることの喜びを受け止めよう。しかし一体なんの魔法を使ったんだ?


 おそらくなにか魔法を使用したのだろう。だがなんの変化もない。しいて変化をあげるなら、ちょっとお肌が艶々してるってことぐらいだろうか?


『なあ、なんの魔法使ったんだ?』


「レイジェルカバーはお肌を外的な刺激から保護し、肌を洗浄、さらには保湿ケアまでしてくれる美容魔法ですわ」


 ああー、なるほどね。だからどうりでなんかお肌が綺麗になったなあって思ったよ。


「ふぅ。捕まったせいで一週間以上お風呂に入れませんでしたから、ちょうど良かったですわ」


 そっかー。お風呂に入れなかったかあ。じゃあこの魔法、必要か。そうだよな。清潔って大事だもんね!


「…お前、今、使えないって思いましたか?」


『え?思ってないよ!むしろ美容魔法大好きだよ!魔法一つで肌が綺麗になるだなんてすっげーじゃん!』


「ふん、わざとらしいですわ」


 だって、しょうがないじゃないか。だってここファンタジー世界ですよ?期待しちゃうじゃん。もっと凄い魔法が出るってわくわくするじゃん。


 いや、もちろん本当の意味で実用性とか考えたらさあ。美容魔法ってすごい便利だと思うよ?だっていつでも体を洗浄できるんでしょ?風呂いらずじゃん。でもさあ、違うじゃん。利便性も大事だけどさあ、夢も大事だって思わない?


「夢や希望だけで生きられたら苦労ありませんわ」


 そうだね。間違っちゃいないよ。やっぱ実用性って大事だよね。


「それより、魔法が使えるなんて思ってもみませんでしたわ。それになんだか以前と比較して効果が上がっているような…魔力が増大してるかしら?これもお前のおかげなのかしら?」


『え?ああ、きっとそうだよ。だって俺、魔法使いとしても最強になりたいってお願いしたもん』


 俺は転生した時のことを思い出す。そういえばあの女神様、魔法使いとしても最強になれるとか言ってたような気がする。うん、うろ覚えだからよくわかんないや。


「正直、魔法なんてまったく興味もなかったので、美容魔法以外に他に使える魔法なんてありませんわ。こんなことなら内政でなく魔術コースを専攻すべきだったかしら?」


『ああ、そうなんだ?じゃあ、どうする?』


「そうですわね。魔力はあっても肝心の魔法が使えない。…でも、そうですわね。要は魔力を込められれば良いわけですから…」


 そういって彼女はじっと道沿いにある建物を観察する。


 日はやがて落ち始め、あたりは暗くなる。しかし様々な色彩を帯びた光源石のおかげで辺りはまだ明るく、人が行き来する往来は昼間とは違う光景を映し出していた。


「腕力が上昇したのであれば、魔力も上昇したと見るべきかしら?それも桁外れに」


 そう言ってリリアーナは建物に近づき、緑色に輝く光源石に触れる。


「このあたりの光源石はすべてつながっているようですわね。つまり一つの魔石に大量の魔力を流せば、それに比例してさらに強力な光を発するということですわ」


『ふーん…つまりどういうこと?』


「つまり、こういうことですわ!」


 その瞬間、大量の魔力が右手を通じて光源石に流れ込み、それに呼応するかの如く街並みを照らしていた光源石から溢れんばかりの強烈な光が発した。


 っていうか輝きすぎて目が潰れかねない勢いだった。これではまるで閃光弾だ。しかしリリアーナは最初からそういう事態を想定していたのだろう。両目を閉じて光源石から発せられる閃光から目を防いでいた。


「うわ!」

「きゃあ!」

「まぶし!」


 突然の閃光に通り道にいた人たちが驚き、あまりの光の強さに目を閉じる。それは俺たちを観察していたであろう冒険者も同じで、突然の目くらましに悲鳴をあげていた。


 リリアーナはそんなこちらを見ていた冒険者らしい男の一人に近づくと、その首根っこを掴んで路地裏へと連れ込んでいった。


 こうして他の冒険者に見られることなく怪しい奴を一人確保することができたわけだが…


 この女、とんでもなくやり方が強引だな。

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