第7話 協力

「最強と言われましても、どこまで強いのかしら?」


 追ってくる衛兵たちからようやく逃げ切った俺とリリアーナ。できればどこかで食事でもして落ち着きたいところだが、如何せん金もなければ何もないのでどこの店に入ることもできず、今はただひたすらに人目を避けるようにして歩き続けている。


 ぶっちゃけ、体だけはとても丈夫になっているので、疲労も痛みもない。俺はリリアーナの右腕なのだが、それでも体のどこかに異常があればその感覚を共有することができる。なのでもしも彼女が痛みを感じたら、俺もその痛みを感じることができるだろう。


 今のところ、リリアーナの体に異常も問題もない。ただ精神的な疲れはある。正直、どこかで一休みしたい気分だった。


 そんな折にリリアーナはぽつりと話しかけてきた。


『うん?どういうことだ?』


「わたくしの体が明らかに今まで以上に頑丈になっているのは理解しましたわ。以前のわたくしでしたら、あれだけの衛兵に追いかけられて走って逃げおおせるなんて不可能ですもの」


 ――ですが、と彼女は続ける。


「それだけではとても国を相手に戦うなんてできませんわ。逃げ足の速度だけで国を斃せるわけないのですから」


『…あのー、そのー、国を相手にするってどういうことなのかな?』


 この女は一体なにを言ってんのだろう?


「わたくしは知りたいのです。果たしてこの力はどこまで通用するのか…どこまで通用しないのか、その目安を知っておきたいのですわ」


『ああー、なるほどね。力の目安かあ。うーん、どうだろ?そればっかりは実践してみないとわからなくね?』


 確かに俺は女神様より、世界を相手にできるだけの力が欲しいなあ、みたいなことを言ったし、女神様もそれを了承してくれた。


 でもそれはさ、結局のところ、ノリで言っただけだからさ。こっちとしても本気で言ったわけじゃないんだよねー。俺としては別にね、本当に世界を敵にまわしてみたいなあ、なんて思ってないんだよ?


 だからさー、まさかガチでやられるとは思ってもみないわけじゃん?


「いくらわたくしでも、ぶっつけ本番で国を相手になんてしませんわ。いくら憎いからといって、できないことはやりませんわ。やはり確証は欲しいですもの。そうなるとやはり実験体が必要かしら?」


『いや、あのー、うん。そうだね。やっぱり実験って必要だね。ただね、あのー、一つ聞いても良いかな?』


「なにかしら?」


『あのー、国を斃すって本気なんですか?』


「当然ですわ。協力してもらいますわよ」


『ええー、嫌なんですけど?』


 俺の回答が気に入らないのか、ただでさえ不機嫌そうだったリリアーナの顔がますます不機嫌になっていく。


「なにが不服なのかしら?」


 なんで俺がおかしいみたいな反応されないといけないのだろう?なんか理不尽だな。


『そら不服だよ。だってそんなことしたら俺、悪人になっちゃうじゃん。嫌だよ。だいたい俺、アレだよ?本音では異世界でモテモテハーレムライフを送りたい派なんだよ?』


 いや、もちろんさ、俺も異世界ものの漫画とかよく読むよ?そんでさ、辛い目に遭いつつもそれでも頑張って困難を打ち破る系の主人公とか好きだよ?でもさ、読むのと実際にやるのとでは違うわけじゃん?


 なんでやりたくもないことやる必要がある?そんなことしなくてもこの力があれば優雅でハッピーな人生送れるでしょ?なぜあえて修羅の道を歩む?


「ふん。くだらない」


『いや、くだらなくないよ。とにかくさ、一旦考え直さない?復讐だけが人生ではないでしょ』


「今のわたくしが生きる理由は復讐だけですわ。この国の王族どもは皆殺しにする。それだけが生き甲斐ですわ。その邪魔をするというのであれば…そうね」


 とても優しさや温もりなんて感じられない、冷酷そうな眼差しを自分の右腕に向けるリリアーナ。これさあ、傍から見たらけっこう間抜けな光景だよな。これさあ、自分の右手をじっと見つめる変な奴って思われない?


「この辺り、治安が悪そうね」


『え?ああ、そうだね』


 俺たちはできるだけ衛兵に見つからないように行動するべく、あまり人が好んで行かないような場所を選んで歩いていた。そうなると必然的にどうしても治安の悪い場所へと足が進んでいく。


 辺りは寂れていて、陰鬱で、どこか翳りのあるその場所は、スラム街と呼ぶべき場所なのかもしれない。たまに暗い眼差しをしている浮浪者同然の男がこちらをチラチラ見ているのだが、絶対あれ、危ないこと考えてるよね。


「たとえばあそこにいる男ども」


 リリアーナが顎でしゃくる。その方向には、おそらくお酒でも飲んでいるのだろう。赤い顔した中年ぐらいの、いかにもガラの悪そうな男たちがうるさく騒いでいる。


「あそこにわくたしみたいな女が近づいたら、なにをされるのかしら?」


 え?それはまあ、高確率で襲われるんじゃない?性的にも暴力的にも。


『まあ襲われるかもしれないけど、でも平気だろ。あの程度の人間相手に負けることはないぜ!』


 そうなのだ。確かに普通の女の子ならばひどい目に遭うこと確実だ。しかし今のリリアーナは無敵の最強チート娘さんなのだ。男の一人や二人、デコピンだけで斃せるだけの力がある!


「でも抵抗しなければそのまま襲われてしまうのではないかしら?」


『…はい?』


「どんなに力があっても無抵抗の女なら、たとえ非力な男でも犯すぐらい簡単にできますわ。違って?」


『いや、それはそうなんだけど』


 そんなヤバいことをなに当然のような口調で淡々と語るのだろう?この女、わかってんのかな?そんなことしたらレイプされるのよ?抵抗できる力があるのになぜ自分から輪姦されに行く?


「わたくしが犯されるということは、あなたも犯されるってことかしら?」


 ――だって今のわたくしたち運命共同体なんですもの、とリリアーナはまるで悪魔みたいな顔をして言う。


 ………え、うそ、ちょ待てよ。俺、男に犯されるの?それはそれで凄く嫌なんですけど!


 ふっざけなんよ!そういう事態を防ぎたいから最強の力が欲しいってわざわざ女神様に頼んだのにさあ。それなのに犯されるリスクあんの?こんなの聞いてないんだけど!


「わたくしに協力なさい。できなければ今すぐあの男たちにこの体を輪姦させます。さあ、協力か、男どもに犯されるか、好きな方を選びなさい」


『え!うそ!マジで?!え、この女、マジで男どもの方に向かってるじゃん!ちょっと待ってよ!考える時間もねえの!!わかったわかった!協力するから!歩みを止めて!本当にそれは不味いからさ!お願いだからやめてえええええ!誰かヘルプミー!俺の処女が奪われるよ!』


「最初からそう言えば良いのですわ」


 はあ、はあ、はあ。この女、マジかよ。


 俺が協力を約束すると言った途端に、今まで男たちの方に歩いていたリリアーナの方角が変更。そのまま元の道を歩いていく。


 やっべー。死ぬかと思った。いや、たぶん死にはしないんだよ。でもさ、うん、死ぬほど恐ろしいことってあるんだね。


「ふふ。これからが楽しみですわね」


『う、うん。まあ協力するって約束するよ。たださ、条件一つ言ってもいい?』


「なにかしら?」


 そんな猜疑心に満ちた顔しないでよ。協力するって言ってんだからさ。


『別に難しいこと言うつもりじゃないよ。たださ、俺の意見も聞いてほしい。それが条件かな?』


「聞いてますけど?」


『うん?そう?ならいいか!』


 そうだよな。なんだかんだリリアーナって人の話、聞くタイプだもんな。ただちょっと考え方が過激っていうか、強引というか、頑固というか。ちょっと我が強いだけだよね!


『じゃあ協力するってことで。だから、今後はこういう自分を傷つけるようなマネはやめてね。心臓に悪いから』


「それ、わたくしの心臓のことかしら?」


 そうだった。今の俺、右腕しか無いんだった。まったくこの体、どうなってんだか。


「さあ、とりあえずいろいろ解決したことですし、そろそろなにか口にしたいですわ」


『それは俺も同意だけど、問題は金がなあ』


 そう、金がないんだよな。服もボロいし。こんな恰好で入れる店あるのか?


 そんなことを考えながら人気の少ない路地裏を歩いていると、この狭い通り道の前方を突然知らない男たちが塞いできた。


 リリアーナが右に避けようとすると、男たちも右に行き、左に行けば男も左に行って道を塞ぐ。


「へへ、残念だがここは通行止めだぜ」


「金払うか、もしくは…おいよく見たらすげえ良い女だぞ」


「金は無さそうだが見てくれも良いし、奴隷商にでも売っぱらうか!」


 ぎゃはははと男たちは薄汚い声をあげる。


「あら、ちょうど良かった。お金が向こうからやってきたわ」


 普通の女の子なら怯えるところなのだろう。リリアーナに怯えはなく、むしろうれしそうな声で男たちを眺める。


「へへ、それにしてもこの女、けっこう胸でけーな」


 男の一人が手を伸ばす。しかしその手首を掴んだ途端、ピクリとも動かなくなった。


「あ、なにすんだ、あれ?う、動かねえ」


「あは。このまま握り潰したらどうなるのかしら?」


「おい、ちょっと待って!やめて、それ以上はうわああ!」


 リリアーナはほとんど力を入れていない。しかし彼女がほんの少し手を握る力を入れるだけで男の右腕がみしみしと音をたて、男の悲鳴が空気を裂く。


「てめえなにしやがんだ!」


「ぶっ殺すぞ!」


 やがて別の男たちが襲いかかってくる。リリアーナは手を放すと、男は激痛に悶えて地面に倒れこんだ。


 襲ってきた男がリリアーナの顔を殴ってきた。拳が顔面に直撃する。ドンッと鈍い音がした。しかしそれだけだ。


「いってえ、なんだこの女」


 まさか殴った方が悲鳴をあげるとは。リリアーナを殴った男は痛そうに手をかばい、地面に膝をつく。


「あら、蹴りやすいわね」


「へ?ぐほ!」


 膝をついた男の顔面に蹴る。するとその衝撃で首の角度がおかしい方向へ曲がった。



「うそだろ。ば、化け物だ!!」


 まだ残っていた方の男が逃げようとする。リリアーナは地面に落ちていた石を掴むと、それを男の背後に向かって思いっきり投げた。


 ヒュンッと空気を裂く音。そして男の背中に石が命中する。男はそのまま前方に倒れ、動かなくなった。


 ふむ。悪漢を全員返り討ちにしてしまった。まさに圧巻な光景だな。なんて言ってる場合か。


「ふふ。大の男が三人もかかってきたのに、まったく相手にならない。ふふ、あははは、あははははは!凄いですわ、この力!確かにこれだけの力があればやっていけそうですわね!」


 およそ戦いの経験なんてまったく無さそうな大貴族のお嬢様。そんな彼女が瞬く間に町のごろつきを圧倒してしまった。


 ちょっとやりすぎな気もあるが、ただこいつらリリアーナのこと奴隷にしようとしてたし、そんな善人でもないから問題ないか?まあ町の掃除だと思うことにしよう。


 その後、俺たちはゴロツキどもから財布を奪い、そのお金で服を新調。そして食事をすることにした。異世界の初めての料理は、ちょっと塩辛かった。そんな俺の反応を知ってか、


「平民の大衆食堂なんてこんなものですわ」


 とリリアーナに慰められた。

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