第5話 仲良しお友達ごっこ


 かつては国外からの観光客で賑わっていたアサクサは形だけを残して人は消え、趣のある建物は不良たちのアジトになっている。

 アサクサの外れにある風俗街は、江戸時代に『吉原』と呼ばれ、遊女屋が集まる遊郭として名を馳せていた。現在では国内で最大のソープランド街として知られ、半グレや怪しい客引きで賑わっていた。そのうち、をしに行く予定である。


 ゆっくりとバイクを止めた弥那兎に促され、ぴょん、と地面に降り立つ。連れてこられたのは大きなお寺だった。


「……雷?」

「雷門、だってさ。昔はすげー観光客で賑わってたらしーぜ」


 大きな提灯が提げられた門を潜り、奥へ進む。石畳の道は先まで続いていて、遠目に五重塔が見えた。


 石畳を挟んでずらっと並んでいる店は、地元で目にする小店通りのようだった。割れた窓や外れた扉に、観光で賑わっていた面影は無い。すっかりゴーストタウンと化している。


「かつての名残を惜しんでいるノ? 美味しいモノでも出てくるのかしら」

「はは、そんなんじゃねーよ。ここ、溜まり場なんだ」


 きょと、と黒目を瞬かせる。


「ここの寺はぼくら愛輝美守アルテミスの陣地。まず、ぼくの仲間から紹介するよ。顔、覚えといたほうがなにかと都合がいいだろ」


 お互いに、だ。

 仲間たちにはこぉんな綺麗で可愛い女の子のダチができたんだゾ! と自慢したいし、睡蓮にはこぉんなにカッコ良くって頼もしい奴らが仲間なんだゼ! と自慢したい。


 くふくふと、至極楽しそうに、嬉しそうに笑みを綻ばせる弥那兎に睡蓮も自然と頬が緩んでしまう。


「――クマくんは、お仲間サンたちのことが大好きなのね」

「もちろん! アイツらがいなきゃ、今のぼくはいなかった。ぼくがここにいられるのは、アイツらのおかげだからサ」

「そのお仲間さんたちは、随分と首を長くして待っているようだけど、行かなくっていいの?」

「アッやべ、スーちゃん、急ぐぞ! れーにゃんは怒ったらバチクソこえーんだ」


 にかっと歯を見せて笑う弥那兎に手を取られて引っ張られる。


 寺社へ上がるための階段前に、数人のオトコノコたちがたむろしていた。いずれも派手な髪色に目立つ容姿をしている。アルテミスは総勢五十名と聞いていたが、見える範囲には彼ら五人しかいない。


「よぉ、待たせた」

「おっせーよ! 呼び出しといて一時間遅刻とかざけんじゃねーよ」

「安全運転してたら思いのほか時間かかってさぁ。ごめんね、れーにゃん」


 刈り上げた金髪から見える耳にはバチバチにピアスが空いており、軟骨やらダイスやらにもピアスがぶっ刺さっている。抗争で真っ先に狙われそうな耳だ。

 自身の耳たぶはふくらとまぁるく、穴は空いていない。ピアス、開けたいナァ、と若い衆にオネダリしたら「体は大事にしてくだせぇ……!」だとか「お嬢が、ピアス……!? 誰だ悪影響与えた奴ぅ!?」だとか阿鼻叫喚としたのを思い出す。


「れーにゃんだけぇ? ミナトちゃん、ウチらもすんげぇ待ってたんやけどぉ」

「あー、ごめんなぁ。事故るわけにもいかなかったからサ。ね、許してよ、ルー」

「弥那兎さんが許してって言ってんだから許す以外選択肢ねぇよなぁ?」

「でもソーちゃん、約束の時間に遅れた弥那兎君が悪いっしょ」

「…………だりぃから揉めんなよ」


 ぱち、ぱち、とけぶる睫毛を瞬かせ、弥那兎の背中からひょっこりと顔を出す。なんともまぁ濃い集団だ。厳つくて柄が悪いのに面が良い。


 ひょっこりと、顔を覗かせた睡蓮に視線が集まるのは自然の摂理だった。

 しゃらりと黒髪が流れて、頬をくすぐる毛先を白魚の指先で耳にかける。たったそれだけの動作なのに、どこか色めいて香り、知らずうちに唾を呑み込んでいた。


「弥那兎さん、誰、そいつ」


 ピキリ、とこめかみに青筋を浮かばせて前へ一歩進み出たのは、ダークブラウンのマッシュヘアをした、ぱっちり猫目のオトコノコ。ちなみにもうひとり、瓜二つのオトコノコがいるが双子だろうか。

 双子は良い。


 尋ねているようで質問になっていない彼は、瞳孔の開ききった目で睡蓮を見た。見た、というよりもメンチ切られている。

 ガンつけられて、これはもしや喧嘩を売られているのでは? 売られた喧嘩は買うのみが心情の睡蓮がにこやかに拳を握りしめ、行動するよりも早く、華奢な体を腕の中に閉じ込めた弥那兎はこれまたにこやかに宣言した。


「可愛いっしょ! こないだ変態野郎から助けて、ダチんなった」

「はっ!? 僕聞いてねぇよ!」

「言ってねぇもん。つか、ウテナじゃなくてミヤコ区でだし」

「しかもその制服、金持ち学校んとこのじゃん! 僕らなんかつるむわけねぇって」

「あ? んなことねーよ」


 双方共に面が良いので、なんだかキャットファイトを見ている気持ちになってきた。つるりとさらさらしているマッシュヘアを撫でてみたい。きっと指通りが良いに決まっている。実家の裏庭で見た、ぴぃぴぃ鳴く雛鳥を思い出させた。


「ツーは、スーちゃんのこと気に入らない? ぼくは、大好きなお前らと、大好きなスーちゃんが仲良くしてくれたら嬉しい」

「う、ぐぅっ……弥那兎さんが、そう仰るなら……!」


 動悸だろうか。胸のあたりを抑えた彼は、咳払いをするときりっと表情を整えて睡蓮を見た。

 睨むでもガンつけるでもなく、まっすぐにアーモンド型の瞳に睡蓮を映し出す。よく見れば、後ろの彼らも胸を押さえていたり天を仰いだりしていた。


 睡蓮はお嬢過激派に囲まれて育ったのでよくよくオタク心を理解しているつもりだ。「尊い」って奴だな。組の男衆ににこにこ笑顔を向けると胸を押さえて蹲っていたのがなんだか懐かしい。


「わたしは――スーちゃんだよ。ヨロシクネ」


 弥那兎が『スーちゃん』と呼ぶのなら、名前を名乗る必要はない。『スーちゃん』と呼んでくれるなら、睡蓮わたしはただの『スーちゃん(わたし)』でいることができる。

 名前なんて所詮、個々を判別する所詮記号でしかないのだ。


 それに、正直なところ自己紹介も必要なかった。データとして、睡蓮の頭の中には彼らの名前も、個人情報も入っている。

 弥那兎とファーストコンタクトを取った後、改めて情報を確認し直したのだ。


 集められた彼らは、愛輝美守の支柱である幹部たち。

 副総長に、壱番隊から肆番隊の隊長である。相互関係を調べていけば、幼馴染だったり、親戚だったり、幹部たちは輪になる形で繋がりがあった。


 例えば総長の弥那兎と副総長の猫宮ねこみや伶二れいじは同い年の幼馴染で、伶二と壱番隊隊長の鮫島さめじま愛之助あいのすけは年子の従兄弟。そうして巡り巡って、六人は輪っかで繋がっていた。


 れーにゃん、シャケ、ルー、ツッタ、チヨ。

 ウキウキで紹介する総長に、彼らはそれぞれが反応を示す。


「んで、雅ヶ丘のお嬢様がなんでうちの総長と知り合ったんだ?」


 れーにゃんこと副総長の猫宮伶二は、深く溜め息を吐きながら心底聞きたくないとでもいうかのように尋ねて来た。これほど社交辞令のような尋ね方はない。今度真似しよう。


「ぼくさぁ、女に手ェ上げるクソ野郎大っ嫌いじゃん」

「あ、あー……なるほど、理解」


 実際、生まれてから今までずっと一緒に過ごしてきたわけで、ツーカーの仲と言っても過言じゃない弥那兎と伶二は「あれ」「これ」「それ」で言葉が通じてしまうのだが、ほかのメンツはそうもいかない。


 首を傾げる狼谷巴ルーやもの言いたげな燕女颯汰ツッタに、これ以上説明する気が無い弥那兎に代わって、睡蓮は親切心で教えてあげた。


「わたしがレイプされそうだったところに、クマくんがバイクで突っ込んできたの。あっという間にのしちゃって、すごかったわァ!」


 キラキラと、純粋に褒められた弥那兎はえへへへと頭をかいて口元をもにゅもにゅ緩ませるが、幹部たちにとってはなかなか聞き流せないことが山ほどあった。


「レ、レイプってお前大丈夫だったのか!?」

「ミナトちゃんまたバイクで無茶したんか!?」

「弥那兎さんがすげぇのは当たり前だろ! お前見る目あんじゃん!」

「…………クマくん?」

「なぁんで弥那兎君はミヤコ区までひとりで走ってんのさ」


 上から順番に伶二、巴、颯汰、鮫島愛之助シャケ千代蛾叕チヨだ。見事にバラバラだった。


 サイドを刈り上げたド金髪に、ピアスバチバチに空いた目つきの鋭い不良をしていながら、伶二はこの協調性のないメンツのまとめ役だった。そこは総長の弥那兎じゃないんだ、と思いこそすれ、知り合って間もないが自由人っぽい弥那兎がまとめ役はなんとなく向いてなさそうだった。


 自由気ままな弥那兎に、まとめ役の伶二、寡黙で回りをよく見ている愛之助、良くも悪くも潤滑剤となる巴、弥那兎信者の颯汰とストッパーの叕。なんとなしに、バランスが取れているのだろう。ひとりでも欠けたら、きっとトランプで作ったピラミッドのように崩れてしまう。


 少年期特有の危うさの上で成り立った彼らが、睡蓮は羨ましくなった。

 オトモダチも、ナカヨシごっこも必要ない。いつの間にか気が付いたら、相互扶助の関係で、損得勘定と足し算引き算の関係でしか睡蓮は動くことができなくなってしまった。


 仁を忘れてしまえばそれはもはやただの人でなし。

 人であるために、仁を抱えて生きるけれど、仲間のためにだとか、そういうのがいまいち理解できなかった。組のために、時には鬼にならなくてはいけない時が来る。それを分かっていて、人である必要はあるのだろうか。


「――スーちゃん? どーした?」

「え、?」

「急に黙ったけど、具合悪い?」

「お前の運転に酔ったんじゃねぇの?」

「ンなわけあるか! とんでもなく安全運転だったんだかんな!」

「……っふ、ふふっ、仲、良いンだね」


 憧憬。眩耀。寂寥。

 月影に照らされた白い花のように、様々な感情が渦巻いた瞳をささやかな微笑みに塗り替えた睡蓮に、口をへの字に曲げた弥那兎はゆるりと両手を伸ばして睡蓮の柔らかな頬を包み込んだ。


「ぼくは、スーちゃんとも仲良しなんだけど」


 こつん、と額がぶつかり、鼻先が触れ合う距離で瞳を覗き込まれる。カチン、と思わぬ距離の近さに固まってしまった睡蓮と仲間たち。


 気を許した者、懐に入れた者に対して一気にパーソナルスペースが狭くなる。そしてそれ以外は視界に留めることすらしない。

 好きなモノと、それ以外。

 極端で酷く狭い世界で弥那兎が生きているのを嫌と言うほど理解している幼馴染たちは、睡蓮がとっくに弥那兎の根源に近いところにまで入り込んでしまっているのをまざまざと見せつけられた。


 それに対して、また様々な感情を見せる幼馴染たち。嫉妬する者、感激する者、はやし立てる者、無感動な者。


 弥那兎は良くも悪くも人を集めて従える才能がある。もし自分がいなかったとしても、生まれながらのカリスマ性で弥那兎はアルテミスをまとめ上げただろう、と伶二は思っている。


「……まだ、二回しか会っていないけれど、わたしたちって仲良しなのかしら」

「ぼくが仲良しって言ってんだから仲良しなんだよ。れーにゃんもそう思うよな?」

「そーなんじゃねぇの」


 おざなりで適当な返事だった。それでも、自分が肯定された弥那兎は、嬉しさ百倍で睡蓮の細い首に腕を回して、柔い頬にぴたりと頬擦りをする。あまりの距離感の近さに、睡蓮は困り果てて伶二を見た。


「満足したら勝手に離れっから。無理に引き離せばむくれて不機嫌になってどこまでも追っかけてくるぞ」


 なにそれこわ。


「レンちゃんは、ウチらんこと怖くないん?」


 カンサイ訛りの混じった口調の巴は、ミルクティーピンクの毛先を弄りながら色のない瞳でわたしのことを見る。まるで、水晶玉に映った自分を見ているようだった。

 見透かすような瞳が嫌で、あえて挑発的に唇を吊り上げた。


「――怖くないわァ。だって、もっとこわぁいのを知っているもの」


 半グレ未満のたかが暴走族を、この伊睡蓮わたしが怖がるわけないじゃないの。


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ヤのつくお嬢はクマさんがお好き 白霧 雪。 @yuki1230

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