両想いサイコキラー
外清内ダク
両想いサイコキラー
血の海にひとり立つ彼の姿に、震えなかったと言えば嘘になる。でも私は惹かれてもいた。彼はあまりにも美しすぎた。校舎の屋上に立ち込める濃密な死臭も、不自然なまでに完全な真円を描く血溜まりも、解体された同級生たちの肉片すらも、彼の妖艶を引き立てるだけ。波ひとつない鏡のような血の液面に、青く澄みきった秋空が映し出される。その中央に立つ彼はまるで天に
彼は手の中の血塗られたアートナイフを掲げると、疲れた頬に微笑みを作ってみせた。
「“倫理は人を縁取る箱”……19世紀アメリカの哲学者アンドレア・サムソンはそう
彼が足を踏み出すと、血の中の青空に波紋が走る。幻の天空に音もなく駆ける正確な同心円。血溜まりの端で反射した波が重なり合って複雑な紋様を描くさまに私は見入る。彼がしゃがみ込む。犠牲者のひとりの頭のそばへ。もう誰のものだったのかも分からない、名も無き死体の転がるそばへ。
「倫理に縁取られた精神こそが人なんだ。そして彼らは倫理から逸脱していた。人として決してやるべきではない酷い扱いを君にした。目を覆うような暴力と……性的な屈辱」
アートナイフを握り締める指が軋んだ。
「こいつらは人間じゃない。だから人間にした。そういうことだね」
「違うの! 私のことは別に……」
「違うのかい?」
「違……」
常識人めかした言葉とは裏腹に、私はもう泣いていた。
目の前の光景が嬉しすぎて泣いていた。
「違……わない」
彼の手にした小さなナイフ、あの鋭い刃が何をしたか分かる? 私をいじめていた男子3人は脚の腱を切られ、喉笛を掻き取られ、逃げることも助けを呼ぶこともできず、生きたまま解体された。肩を、脚を、指を、顔を……体の部品をひとつひとつ切り分けるように、丁寧に丁寧にバラされた。そして組み替えたんだ。3人のパーツを互いに入れ替え、接着剤で再び繋ぎ合わせる。まるで3つのプラモデルをごちゃまぜにしてオリジナルロボット3体を創作するように、3つの人間を組み上げた。私がいつかこうしてやると暗い怨念を燃やしていたそのとおりに、奴らは新たな人間の部品へと成り下がった。そうだ! 奴らは人間になったんだ! たとえ人間でなくても、パーツパーツは人間と同じ。なら組み変えれば。組み直せば。奴らだって人間になる。人体という貴重な資源の再利用。究極のエコロジー!
私の望みを……ずっと発露できず、誰にも分かってすらもらえなかった欲望を、彼だけが理解してくれた。それが嬉しくて、私は泣いてる。分かってるの。ホントはこんなの異常だって。でも私が異常である以上にこの世の中は最悪だ。警察は相手にしてくれない。親は腫れ物にふれるよう。学校なんて、奴らと一緒になって私をいじめるだけだった。クズしかいない悪の高校に押し込められて私は毎日自尊心を
私は彼に歩み寄った。彼が悲しげに微笑んで、アートナイフを投げ捨てる。私は彼の、手を握る。
「一緒に逃げよう。地平線の果てまで」
彼は私の手を振りほどき、代わりに、私を抱きしめてくれる。
「……ごめん。君と同じ所へは行けないよ……」
その時だった。屋上のスチールドアが蹴り開けられ、警官隊が
「ごめん……君が好きだ。大好きだ。だからもう、これ以上罪を重ねてほしくない」
「
「緊逮でーす!」
「未成年、丁重に! ……おい、報道来てんぞ! ヘリ! ヘリ!」
「
警察官が展開したブルーシートが青空の下から私と彼と3つの死体を切り離す。はは! 私は笑ってしまう。そういうことか。彼は警察が来るまで私の足止めをしようとして、いろいろ
私は警官たちに助け起こされる。分厚いコートを頭から被せられ、開きっぱなしのドアへと引きずられていく。私は警官の腕の中で身動ぎし、最後にどうにか彼に顔を向けた。
「ありがとう! 私も好き……あなたが大好き!」
返事はついに聞けないまま、スチールのドアが――閉まる。
THE END.
●Twitterで「三題噺のお題メーカー」から出された題で書きました。
題:青色、地平線、悪の高校
ジャンル指定:サイコミステリー
両想いサイコキラー 外清内ダク @darkcrowshin
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