第百十七話 策
木の幹や浮石で足場の悪い道を歩きながら出口を探すが、どれだけ進んでも、見える景色は一向に変わらない。
「はぁ、はぁ……本当に、何なんや此処……妖怪の気配も、何にも感じんし……」
翠は荒い息を吐き出しながら、膝に手を置いて立ち止まった。
「さっきから、同じところをグルグル回ってるような感じがするよね」
朔夜は顎に手を添えて考え込む。この空間から抜け出せるかもしれない方法を一つ思いついたのだが、それを実行するには、リスクを伴うからだ。
(でも、西條寺さんなら……きっと、大丈夫)
朔夜は小さく息を吐きだして、目を閉じた。そして心の中で“もう一人の自分”を、呼び起こす。
「魁くん、とりあえず、今度はあっちの方に、って……は!?」
翠は驚愕に、目をこれでもかと見開いた。自身の隣にいたはずの朔夜が、見ず知らずの男――しかも妖怪に、姿を変えていたのだから。
「……あっちだな」
妖怪化した朔夜は感覚を研ぎ澄まし、微かにだが感じる、信頼のおける人物の気配を探り当ててみせた。そちらに向かって歩き出そうとするが、未だに混乱している翠に止められてしまう。
「な、なな、何で魁くんが……っていうか、アンタ誰!? 魁くんはどこに行ったん!?」
「……ワリィな、こっちの方が早い」
「って、はぁ!? 何すんねん!」
朔夜は、状況が飲み込めず目を白黒させている翠を軽々と持ち上げて肩に担ぐと、生い茂った木々の合間を駆けていく。
「此処だな」
そして、数分ほど進んだ先。開けた場所に、一本の大きな梅の木があった。時期になれば見事な花を咲かせるのだろう。
「此処に何があるん? 別に何も感じんけど……」
「真白の気配だ」
木の根元に手を添わせた朔夜が呟く。朔夜は、微かに感じた真白の妖気を辿って此処まできたのだ。
外界とは隔てられた空間にいても妖気を感じることができたのは、朔夜と真白が血分けの儀をしているからだ。通常であったら感じ取ることは出来なかったであろうが、強固な主従の契りが結ばれていることによって、微弱ながらも感知することができたのだ。
「出口は分かったが、問題はどうやって此処から抜け出すか、だな」
木の根元に小さく開けられている穴は、直径三十センチといったところだ。穴を大きくしない限りは、ここを通り抜けることは不可能だろう。
朔夜は思案し、そして、ニヤリと笑う。
「翠。此処から出る策を思いついた」
「なっ、いきなり呼び捨て……っていうか、アンタが魁くんで、間違いないんよね?」
「ああ、そうだ」
素直に肯定すれば、翠は苦虫を潰したような顔になる。
「アンタから妖怪の匂いがしとったのは、アンタ自身が妖怪やからってことか。すっかり騙されてたわ」
「別に騙すつもりはなかった」
「でも、黙ってたやろ」
「あぁ。馬鹿正直に話して滅されちゃ、堪らねーからな」
クツリと笑う朔夜の表情に一瞬見惚れた翠だったが、直ぐに頭を振って、キッと鋭いまなざしを向ける。
「よ、妖怪は滅する! それがウチの仕事や! ……けど、アンタは葵たちの友達でもある。アンタが妖怪やってことは、葵たちも知ってるんやろ?」
「あぁ」
「……ならウチは、何も言わん。でも、アンタが人間に仇為すような悪さをした時には、ウチが絶対にアンタのことを滅するから。肝に銘じとくんやな」
以前、同じようなことを葵にも言われたなと思いだした朔夜は、またクツクツと笑いながら頷いた。
「あぁ、分かった」
「……で、此処から出る策っていうのは?」
「昨日、俺にかけたあの術を使うんだ」
「それって……大丈夫なん? あの術は、もって数分しか効果はないけど」
確かにあのサイズまで縮んでしまえば、この穴から抜け出すことは容易いだろう。しかし翠は、胸に広がる不安を拭うことができずにいる。
「それにこの穴って、本当に出口なん? 此処から出られるって確証はないんやろ?」
二人をこの空間に閉じ込めた誰かが仕組んだ、罠という可能性もある。進んだ先に、数多の妖怪が待ち構えているかもしれない。この樹海より更に迷宮を極めた空間に繋がっている場合だってある。
翠は考えられる最悪の可能性を口にしようとして――けれど朔夜の顔を見て、その口を噤んだ。
「心配すんな。俺がお前を、葵のとこまで連れてってやる」
細められた目に、ゆるりと持ち上がった口角。その表情は確かな自信に満ちており、翠の恐怖で強張った心を解してくれた。
「べ、別に、心配なんてしてへんし!」
「ふっ、そうか」
「……術、かけるからな」
どうやら、覚悟が決まったらしい。懐から二枚の札を取り出した翠は、二本指で挟み、勢いよく振り下ろす。瞬間、二人を真っ白な煙が包んだ。
「よし、行くぞ」
「……うん」
十五センチほどのサイズまで縮んだ二人は、先の見えない暗闇の広がる穴へと飛び込んだ。
お酒と和菓子でおもてなし? ~鬼の次期頭首様は誑し上手~ 小花衣いろは @irohao87
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