第百十六話 白猫と妙な残滓
「ご、ごめんね。僕、今日は用事があるから、真っ直ぐ家に帰らなくちゃならなくて」
「僕も、今日は塾に行かなければならないんだ。すまないね」
蛍と瑞樹は各々用事があるようなので、今日は五人で森林公園に向かうことになった。
蛍は妖怪に遭遇できるかもしれない機会を逃してしまったと残念そうにしていたので、もし妖怪と出くわした時には土産話を持ち帰ってくると、朔夜は約束をした。
「で、来てみたはいいものの……」
「特に変な気配も感じないし、やっぱり見間違いとかじゃないのかな?」
五人で広い公園内をウロウロしていれば、砂場の近くで、翠が立ち止まって何かを見つめている。
「西條寺さん、どうかしたの?」
朔夜が近寄れば、足元に一匹の白い猫がいた。野良猫だろうか。それにしては人慣れしているようで、逃げることもなく翠と朔夜をジッと見上げている。
「猫だ! かわいいね」
「もふもふや……撫でても大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だと思うよ」
二人で屈んで、猫の背をそっと撫でれば、白猫は「にゃぁ」と愛らしい声で鳴く。顔を見合わせて笑い合っていれば――チリン、と。耳元で鈴の音が響いた。
「――あれ、朔夜くんと翠は?」
時雨がポツリと呟く。
その声が耳に届いた葵と真白は、周囲に視線を巡らせた。けれどつい先ほどまで、確かにそこにあった二人分の気配は、跡形もなく消えている。
「……妖気だ」
葵は迷うことなく砂場の方へ歩いていくと、一点に視線を集中させる。
「この辺り、微かにだが、妙な妖気を感じる」
真白と時雨も、妖気の残滓に気づいたようだ。表情を強張らせて、近くに似たような気配はないかと意識を集中させる。けれどいくら気配を辿ろうとしても、不自然なほどに“何も感じない”のだ。
「何者かが、二人を連れ去ったってこと?」
「結構な手慣れの仕業みてーだな」
「……チッ」
三人を纏う空気が、一瞬で緊迫感を持ったものに変わった。
そして、そんな彼らを遠くから見つめる影が、一つ。
「さぁて、どう転ぶかな」
白猫の背を撫でながら、愉しそうに呟いた。
***
「っ、此処は……」
猫を撫でていれば、足元にぽっかり穴が開いて、為す術もなく身体は下へ下へと落ちていった。そして目を開けば、そこは深い緑に囲まれた樹海のような場所で。
「いった……何やの、一体」
隣には、同じように地面に投げ出されたのだろう翠がいた。起き上がったその顔が、一瞬、苦痛に歪んだのを、朔夜は見逃さなかった。
「西條寺さん、足が……!」
朔夜は、翠の左足首が腫れあがり、肌が紫色に変色していることに気づいた。今の落下で着地した際、捻ったのだろう。
「これくらい、大丈夫や」
「でも……」
「それよりも、早く此処から脱出せんと。これも多分妖怪の仕業やろうし。何が起こるかわからんよ」
よく見れば、翠の額には汗が滲んでいる。誰の目から見ても、やせ我慢しているだけだということは直ぐに分かる。
「僕が背負っていくよ」
朔夜は翠に背を向けて屈み込んだ。けれど翠は首を横に振り、自力で立ち上がる。
「っ、ウチは“ネオ翠”やからな! 葵とも、自分の身は自分で守るって約束したし……ウチは、自分の足で葵たちのところに戻って、こんな目に遭わせてくれた妖怪のこと、ぶっ飛ばしてやるんやから!」
「……うん、そうだね」
この間、二人で食べたネオ和菓子。またの名を“進化系和菓子”。
――自分の足で進んでいきたい。立ち止まってなどいられない。
そんな翠の意志を汲み取った朔夜は、立ち上がって、翠の隣に並んだ。
「でも、道も舗装されてないし、転ぶと危ないから、せめて僕の肩に掴まって。もし無理だと思ったらすぐに言ってね。その時は僕が背負っていくから」
「……仕方ないから、アンタの肩、借りたる」
翠は朔夜の肩に手を置いた。
そして、木立が密生していて薄暗い緑の海の中、足を前へと踏み出した。
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