恩返し
初出勤を終え家に帰ったが、まだ石瀬は帰って来てなかった。
こんなことを考えるのは、石瀬のことを意識しているから……ということなのか?
わからない。
そもそも俺が同居を許したきっかけは、人間関係構築のいい練習になると思ってのこと。
会社に出勤して、練習の成果がでたか……?
静穂ちゃんはあっちの方からだる絡みしてきたし、教育係の高久保さんは喋らないと教育にならない。
結果として、俺から喋りかけた人は一人もいないのが現実。
そしてもちろん連絡先も交換していない……と、言いたいところだが実は交換している。
個人ラインはもちろんのこと、なぜか静穂ちゃんと高久保さんと俺とのグループラインもある。
人と関わらろうとしなかった俺が、今日出会った人と連絡先を交換した。
自分から人間関係を作りにいかなったが、これは大きな一歩だ。
「ふぅ」
ネクタイを解く。
一人暮らしをしていたら、このまま着替えて酒でも飲んで、一日が終わっていただろう。
だが、今は違う。
石瀬という同居者がいる以上、泥酔はだめだ。
またなにかやらかしてしまったら最悪。
さて、そしたら。
「とりあえず荷物の整理するか」
★★★★★
「ただいま」
後ろから、できるキャリーウーマンのようなスーツをビシッと着こなした石瀬が声をかけてきた。
場所はスーパー。
「ただいま」などという言葉を口にするような場所ではない。
俺は荷物の整理に一段落がつき、昨日手作料理ご馳走されたのでなにか夜ご飯を買っておこうかとスーパーに来ていたが……。
こんなところで、仕事帰りの石瀬と出くわすなんて思わなかった。
初めてスーツ姿なんて見たが、当たり前のように似合っている。
「楚山くんって料理できるの?」
「まあ、なんとなくでならできるけど」
「なんとなくって……。それで中学時代の私みたいなデスフード作られたら困るんだけど」
「ちゃんと調べながらやるつもりだったからな?」
怪しむ顔をしながら、石瀬はかごの中にある食材たちをまじまじと観察し始めた。
「なるほどなるほど。これはカレーかな?」
「ああ」
「……思うんだけどさ」
「なに?」
「カレーを作るための鍋、あの家になかったんじゃない?」
「あ」
夜ご飯のカレーに意識がいき過ぎていて、大事なことを忘れていた。
たしか家にあるのは、フライパンと卵焼きを作るときに使う長方形のフライパンだけ。
まさか、こんなところで自炊しといたほうがよかったと思うとは。
「今から爆速で買いに行ったら、全然夜ご飯に間に合うと思うから大丈夫だよ」
「そうか。それならよかっ」
会計に急ごうかと思ったが、視界の端に今一番欲しい物が入ってきた。
「と、言うところだけど、スーパーにも鍋あったっぽい」
「へぇー。最近のスーパーって料理器具と売ってるんだ……」
石瀬は主婦のような顔つきで料理器具に目を向けた。
そんな様子を横目に、俺は二人で食べるカレーにちょうどいい鍋を探していた。
のだが。
鍋のメーカーが書かれている部分に見覚えのある文字が書かれていたのを見て目が止まった。
「笹屋」
静穂ちゃんの名字だ。
正直なところたくさんある鍋の中、いいものなんて見分けがつかないので、同期の馴染みで笹屋の鍋を買ってあげよう。
「石瀬。俺、そろそろ会計行こうと思うんとだけど、何か買うものあるのなら付き合うよ」
「お。じゃあちょっと付き合ってもらおうかな」
★★★★★
両手に2つずつビニール袋を持たないといけないほど、大荷物になってしまった。
石瀬には鍋を持ってもらっているので、不平等などとは思わない。
まあ、鍋の中に何か物を入れてほしかったけど。
そうしてこうして、手が張り裂けそうになりながらも、なんとか家に到着した。
もちろん荷物を運んだところで料理が終わったわけではなく、始まったわけでもない。
ヘトヘトになりながらも、カレー作りが始まった。
「う〜ん」
まず、どのサイトのカレーを作るのかというところから始めることに。
ちなみのゴッドフードを作ることができる石瀬には、部屋の中で待機してもらっている。
お礼の夜ご飯は、一から十まですべて自分でやることに意味がある。
「いっ」
案の定普段から料理をしないので手を切ってしまったり、食材の形がおかしくなったりした。
が、なんとか無事? に完成した。
コトコト煮詰めている鍋の中には、カレーの色をしたルー。そして食べれるサイズの食材たち。
正直、まともな料理が出来上がると思ってなかったので素直に嬉しい。
「よし。あとは煮詰めるだけ」
せっかく笹屋財閥の鍋でカレー作ったんだし、記念で静穂ちゃんに画像送ろうかな。
★★★★★
「本当にこれ、楚山くんが作ったの?」
石瀬が俺のカレーを口にし、最初に放った言葉は疑いの言葉だった。
「もちろん。俺って結構料理の才能あるのかな」
「あ、あるよあるある。多分誰よりもいい主夫になれると思うよ。今日は何作ろっかな~って余裕こいた顔で言ってるのが簡単に想像つくもん」
「別に俺、主夫になるつもりなんてないからね?」
「知ってるよ」
ニマニマと悪い顔をしながら言われると、本心からの言葉なのか疑ってしまう。
「ん〜。美味しい」
幸せそうな顔をしながらカレーを食べてくれているので、今そんなこと考えるのはよそう。
「ごちそーさまでした」
「でした」
石瀬はペロリとカレーを平らげた。
ちなみにもちろん俺も同じ。
夜ご飯を食べ終え、食器の片付けをし、お風呂に入り。
あとは寝るだけになったが、石瀬は俺の寝床であるソファベットにもたれかかっていた。
窓ガラスから差し込む月の光がまるでスポットライトのように、石瀬のことを照らしている。
スマホをかまっていたが俺の様子に気づくと、どこか嬉しそうに微笑んできた。
無音だ。夜ということもあって、周りから何一つ音が聞こえてこない。
そのせいで、変な緊張感のある空気に包まれている。
「ねえ。隣に来て?」
甘えるような声。
酔っているようには見えない。
でも、素面にしては石瀬らしくない顔や言動だ。
目がしょぼしょぼしているから、眠いのか?
気になることは山のようにあるが、とりあえず言われた通り隣りに座った。
お風呂上がりだということもあって、心地いい香りが嗅覚をくすぐってきた。
同じシャンプーとボディーソープを使っているというのに、不思議とその匂いの虜になりそうだ。
「楚山くんってさ。無理してるよね」
突然話しかけてきた。
「……え?」
「いや、してないんならいいんだけどさ。どっちかというとお酒を飲んでたときの方が自然体みたいに見えるんだよね」
「俺、酒飲んでたときなにかしちゃった?」
「してないよ。しちゃったのはどっちかというと私の方というか、なんというか……。楚山くんは何も覚えてないんだよね? 知らないふりして、私のことからかってるわけじゃないんだよね?」
やけに小声で、やけに早口で。
俺が酔ってたとき、石瀬は一体どんなことしたんだ?
「もし覚えてたら、スーパーでバッタリ会ったときからからかってたと思う」
俺の言葉に石瀬は「ふぅ」と安堵のため息を吐き。
「じゃあ、膝枕してあげる」
突拍子もないことを言ってきた。
「じゃあですることか?」
「することなの。昨日のことを憶えてない、いい子はちゃんはちゃんと褒めてあげないとね」
なんだこの映画でありそうな展開は。
別に今の俺たちは仲が良くお互い恋愛対象としてみている幼馴染ではなく、昔告白した気まずい幼馴染。
たとえ膝枕したところで、中学時代のときのような燃え上がった恋心が再熱しない。
なぜ膝枕なのか考えないようにしてここはラッキーだと思おう。
「おお〜。絶景かな絶景かな」
「お、おじさんみたいなこと言わないでよ」
「でも膝の上から石瀬のことを見たら本当に……」
「わかったから。うん。わかったわかった。そんなにそこから絶景が見えるのなら、好きなだけ見たらいいんじゃない? ただし口に出さずにね」
無料で膝枕をしてもらっているというのに、有料オプションである胸を眺め放題なんて石瀬は優しいな。
「別にいやらしいお店の練習をしてるわけじゃなくて、いい子を褒めてるだけだからね」
「うんうん。わかってる」
そういうプレイだと脳が自動変換してしまいそうだ。
「いい子いい子……」
優しく。それでいて気持ちよく感じる強さで、頭が撫でられた。
心が安らんでいき……ふと頭の中にこんな疑問が浮かんできた。
なんで幼馴染に褒められる、という名目で膝枕をしながら頭を撫でられているのか? という、今更すぎる疑問が。
空気だ。そう。お互い、夜の空気に酔ってしまった。そうとしか考えられない。
「楚山くんはいい子ぉ〜」
空気に酔っているのか、はたまた石瀬という女性に酔っているのか。
わからない。
いや。
わかってる。
10年前告白して疎遠になった幼馴染と同居することになった でずな @Dezuna
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