親愛なる大嫌いなあなたへ

植原翠/『浅倉さん、怪異です!』発売

親愛なる大嫌いなあなたへ

 言っておきます。

 はっきり言って、僕はあなたのことが死ぬほど大嫌いです。

 だってね、あなたは僕の彩乃ちゃんを奪ったんですから。僕は彩乃ちゃんのそばにいたいんですから。彩乃ちゃんのところへあなたが遊びに来ると彩乃ちゃんはあなたばかり構って僕の方は二の次になる。彩乃ちゃんが楽しそうに出かけて行ってしまう。その間僕は置き去りです。要するにあなたが邪魔です。

 そう、それですよ、それ!

 その表情。それが嫌いなんです。その余裕綽々な笑い方が癇に障るんです。なんですか、はなから僕なんか敵と思っていないというその顔。

「ペロ、おいで」じゃない! 行きませんよ。

「ペロちゃーん」じゃない! 「ちゃん」を付ければいいってもんじゃないんですよ!

 そりゃあね、あなたにとっては僕は彩乃ちゃんの家のペットのコーギーでしかないでしょうけど、僕にとってあなたはそうではないんですよ。ライバルといいましょうか、僕は彩乃ちゃんのペットではない、ましてやあなたが利用する道具ではない。犬好きアピールとかしないでください。あなたがそういう素振りを見せると彩乃ちゃんが……ほら! ほらデレデレしてる。やめてくださいよ本当に!

 大体ね、ライバルと言っても、僕の方がずっと彩乃ちゃんへの想いは強いんですよ。ずっと彼女を見てきましたから。何年一緒にいたと思います? 僕が生まれたての子犬の頃からです。何年前……かは数えてないけど、とにかく、いっぱいのたくさんの長ーい時間です。

 だから僕は彩乃ちゃんの趣味も、癖も、好きな食べ物も、全部知っています。悲しいときに僕を撫でるのも、嬉しいときに僕を抱きしめるのも、全部全部、僕だけが知ってるんです。

 だからね、彼女の視線がいつもどこに向いていたかだって知っています。

 あなたへの想いが上手く伝わらなくて泣いてしまったことも、あなたの言葉で笑顔に戻ったことも、全部全部全部、知っています。

 嫌でも気づきましたよ、本当に、切ないくらいにね。分かっていました。体のつくりが彩乃ちゃんと全然違う僕が、人間であるあなたに嫉妬したって仕方ないことくらい。分かっていても、感情だけはしつこいんです。


「うーん、やっぱ俺に懐いてくれないなあ。おーいペロー、遊ぼうよ」

「あはは、ペロは小さい頃からずっと私と一緒だったからなあ。私をとられちゃうと思って警戒してるのかな」


 せめて、僕のこの想いが、


「ペロはずっと私のこと守ってくれてたの。ペロは、私の王子様なんだよ」


 君に届いていますように。



 ずっとずっと彼女を見ていた僕は、流石に気づいています。彩乃ちゃんを心から幸せにできるのは、誰かってことくらい。

 だからさっさと彩乃ちゃんを幸せにしてあげてくださいよ、そんな宙ぶらりんにしてないで。僕はなにより彩乃ちゃんの幸せを最優先にしたいのですから。


 できなかったら、噛み付くからな!

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親愛なる大嫌いなあなたへ 植原翠/『浅倉さん、怪異です!』発売 @sui-uehara

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