第27話 行方しれず



 翌朝。

 灰慈はいつになくそわそわしていた。

 誰かが教室に入ってくるたびに入口の方を見ては、「なんだ、違った」と肩を落とし、また誰かが来る気配を察知してはハッと振り向くの繰り返し。


「さっきから何してんの?」


 前の席に座っているツヅラの顔が若干引いている。


「あ、ごめん、何の話してたっけ」

「何って、灰慈の方から振ってきたんじゃん。隣のクラスの女子テニス部の」

「そうだそうだ、舞さんの話! 鈴木さんから聞いたけど、この前告白されて振ったってホント?」

「あー、うん。そういえばそんなこともあったけど、それが何?」

「何ってお前――」


 その時また誰かが教室にやって来る足音がして、灰慈はちらと視線を向ける。

 今度こそ水川さん……じゃなかった。

 担任の先生だ。

 ただ、ホームルームの時間にはまだ十五分ある。いつもは時間ギリギリに来るのにやけに早い。しかも普段はおっとりほんわかした雰囲気なのに、今は息を切らして切羽詰まった表情だった。

 何かあったのだろうか。他のクラスメートたちも気づいて首を傾げる。

 先生はきょろきょろと教室内を見渡した後、「はあ」と小さく肩を落とし、灰慈に向かって手招きした。


「桜庭くん、ちょっと」

「僕ですか?」


 灰慈はきょとんとしながら席を立つ。

 呼び出されるようなことをした心当たりはないのだが。

 廊下に出ると、先生は周囲に人がいないことを確認してから小声で言った。


「水川さんって、昨日は一日桜庭くんのところのお花屋さんでバイトをしていたんだよね」

「はい、そうですけど。なんで先生がそれを?」

「実はさっき水川さんのお母さんから連絡があって……水川さん、昨日の夜からずっと家に帰っていないみたいなの」

「えっ!?」


 思わず大声が出てしまい、何事かと教室がざわつくのが遠くで聞こえた。


「そんなはずないですよ。だって、昨日は十八時前にはシフトは終わってて、そのまま家に帰るって言ってましたよ」


 寄り道していく雰囲気ではなかったと思う。お母さんに贈るカーネーションを大切そうに抱えて帰っていく後ろ姿だって、ちゃんと見ている。


「それなのに帰ってないって……もしかして事故とかに巻き込まれたんじゃ……!?」

「落ち着いて、桜庭くん。まだそうと決まったわけじゃない。あと、厳密に言えば昨日の夜に一度家に帰っては来たらしいの。でもすぐに出て行ってしまって、その後どこに行ったか分からないそうだから、桜庭くんが何か知っていたらと思ったんだけど……」


 灰慈は首を横に振る。

 何も知らない。今朝の桜庭家はいつも通りだった。母さんなら水川さんの連絡先を知っているから、何かあったら教えてくれるはずだが、何もないということはきっと母さんも知らないのだろう。

 灰慈はだんだん青ざめる。

 水川さん、いったいどうしちゃったんだ。

 お母さんと仲直りするんじゃなかったのか。


「水川さん、行方不明ですか」


 いつの間にかツヅラが横に立っていた。

 ただならぬ気配を察してきたらしい。

 先生が頷くと、ツヅラは廊下の窓の外に向かって指笛を鳴らした。するとすぐにスズメがチュンと鳴いて飛んできて、彼の肩に留まる。


「家出くらいじゃ警察はなかなか動きません。俺の能力ちからでちょっと探ってみますよ。といっても、市外まで出られていたらお手上げですが」


 そう言ってぱくぱくと口を動かしてスズメに指示を出す。

 スズメは「了解」と言わんばかりに羽で敬礼ポーズを作ってみせると、早速窓の外へと飛び去っていった。


「鳥飼くん、ありがとう」


 先生の表情はほんの少し緊張が解けた様子だった。

 やっぱりこういう時、ツヅラみたいな能力が羨ましくなる。限られた場面でしか使えない能力ではなく、日頃から誰かのためにために活かすことのできる便利な能力。

 俯く灰慈。

 だがさすが親友、灰慈の胸の内などお見通しなのだろう。ツヅラは灰慈の頭をコンと軽く小突いた。


「俺にできるのは、せいぜい見つけることだけだからね」

「わ、わかってるよっ」


 そうだ。別に万能な能力がなくたって、できることはあるはずだ。

 灰慈は自らの両頬を叩き、大股で自席に戻る。それから腕を組んで瞼を閉じ、ショックで一時停止していた頭をフル回転させた。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 水川さんが今どこにいるのか。

 彼女が行きそうな場所はどこか。

 彼女を見つけだすための手がかりは。

 昨日の一日の中に何かヒントはなかったか。


「……あ」


 思いついた。服だ。

 昨日帰ってすぐに出て行ったのなら、服装は変わっていないんじゃないか。

 灰慈はすぐさま昨日の彼女の服装をノートに書き出す。

 それから髪型、スマホケースのデザイン、他のバイト先……知っている限りのことを書き出していく。


「ツヅラ、これ」


 書き終えたページを破って切り離し、ツヅラに渡す。


「うん。これだけ情報があるとスズメたちも探しやすくなるよ」


 ツヅラはそう言ってまたスズメを呼び、灰慈が書き出した水川さんの情報を伝えた。

 やがて一限目の先生が教室にやってきて授業が始まる。

 もうじき始まる中間テストに向けてポイントを整理するとかなんとか言っていたが、全然頭に入ってこなかった。授業を聞いているふりをしながら、窓の外からスズメがやってくるのをじっと待つ。

 早く来い。早く。

 柳田市内はそれなりに広い。どんなにスズメたちが頑張ったってそんなにすぐには見つからないと分かってはいるものの、時計の針が進むたびに焦りは募っていった。

 頼む。水川さん……どうか無事でいてくれ。

 祈るように待つ時間が続く。

 一限。二限。三限。

 普段なら早弁しないと空腹に耐えられない時間だが、空腹どころか腹がキリキリと痛くなってきて灰慈は一度席を立った。

 そして四限の始業寸前になんとか教室に戻ってきた時。

 ツヅラの肩にスズメが留まっていた。


「見つかったの!?」


 上ずる灰慈の声に、ツヅラが黙って振り返る。


「それが……」


 薄い唇を開きかけて、閉じる。

 彼にしては珍しい、奥歯に物が挟まったような様子。

 嫌な予感がした。

 聞きたくないと、反射的に思った。

 だが、同時に寂しげな佳苗さんの横顔が脳裏に浮かぶ。


 ――本当に、安心しました。あの子、一人ぼっちじゃないんだ……。


 その言葉に、奮い立てられて。


「教えてよ」


 灰慈が言うと、ツヅラは「だよね」と観念したように廊下に出てきた。

 そして周りに聞こえないよう、小声で囁く。


「水川さんは今、柳田市駅前の繁華街……ラブホの前にいるらしい」


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