第19話 心ここに在らず
烙所山美化活動、当日がやってきた。
新緑が青々と生い茂る中、山道を照らす木漏れ日。時折そよそよと吹く涼やかな清風がジャージをまくった素肌を撫でて心地良い。
ハイキングにはもってこいの春らしい気候。
そこに初々しい高校一年の男女四人、いかにも青春の一ページらしいシチュエーションのはずなのだが……。
「えーっと、今日はよろしく」
「おうっ! よろしくな!」
「よろしくぅ……」
「…………」
山中の神社の清掃を任された灰慈属する一班。
明らかに女子側のテンションが低い。
一人は鈴木さん。本来ならいつも元気でテンションの高い、クラスカースト上位グループの女子だ。この班割りで普段つるんでいるメンバーと離れてしまったのがどうやら不満の原因らしい。
もう一人はお馴染み水川さん。彼女に協調性が無いのはいつも通りではあるが、それでもなんだかんだ授業や課題はちゃんとやっているみたいだし学校には真面目に参加しているのだと思っていた。今日の彼女はというと、ここへ来るバスの中からずっとスマホを見ていて、今も離そうとしない。
「と、とりあえず境内の中のゴミを拾おうか」
「うん、そうだな! 拾うのは得意だぜ! なんたって万年球拾いの太田とは俺のことだからな!」
「それって誇らしいことなのかなぁ……?」
幸いなのは、もう一人の男子メンバーの太田が底抜けに明るいやつということだった。細かいことはあまり気にしない
「ってか水川さん、さっきから何見てんの?」
ほら早速。
灰慈が引き止めるよりも早く、太田はずずいと水川さんに身を寄せてスマホの画面を覗き込もうとする。
「もしかして『ブラック・クロス』? あのゲーム確か今日アプデだよな! 俺もさっきログインしようと思ったけどここ電波悪くってさあ……って痛ッ!?」
言わんこっちゃない。太田は無言で足を踏まれたようだ。
ぴょんぴょんとウサギのように跳ねる彼の横を鈴木さんが「バッカみたい」と呟いて通り過ぎる。澄んだ山の空気が濁るくらい険悪な雰囲気である。
前途多難だ。灰慈はうなだれた後、黙々と掃除を始めることにした。
神社の敷地はさして広くない。苔
会話が一切ないおかげか、掃除は思った以上に捗った。
ゴミ拾いも雑草抜きもあらかた終わり、太田は飽きたのか筋トレを始めた。水川さんは相変わらずスマホと睨み合っている。一体何をそんなに見ているのだろう。気にはなるが、険しい表情で声をかけられそうな雰囲気ではない。
そう言えば鈴木さんはどこへ行ったのだろう。ぐるりと見渡してみると、彼女は本堂のそばにある看板の前で立っていた。
「何か書いてあるの?」
「んー、この神社の由来っぽい。汚れてて読めないけど」
確かに鈴木さんの言う通り、看板の文字は経年劣化で掠れたり錆びたりしてちっとも読めなかった。
「でも、部活の先輩に聞いたことあるよ。烙所山の神社で花畑を見つけられた男女は永遠に結ばれるって」
「花畑……?」
「俺も聞いたことある!」
にゅっと二人の間に坊主頭が飛び出した。太田だ。
「ただ俺が聞いたのは『永遠に呪われる』だったかな? だいぶ前の世代の先輩が、花畑を見てからずっとスランプ続きで試合で投げれなくなったって聞いたことあるわ」
「やだあ、何それロマン無いし!」
「いや、永遠に結ばれるってのもある意味呪いみたいなもんだろ。好きな相手とじゃなかったらどーすんだよ」
「う、それは嫌かも。特にあんたみたいなやつ」
「ええ、俺ぇ!? 傷つくんですけどー!?」
大げさな太田のリアクションに鈴木さんは思わず笑みをこぼした。少しは不機嫌もおさまってきたのだろうか。
だが、一方水川さんはというと、いくらやいのやいの騒いでいてもこっちを見向きすらしない。掃除をする様子もなく、スマホばかりに気を取られている。
灰慈が彼女の方を見ていたのに気づいたのか、太田が「そう言えば」と口を開く。
「さっき覗いたら、ゲームやってるわけじゃなさそうだったな。ゲームだったらフレンド申請しようかと思ったのに」
「太田、あんたメンタル強すぎ」
「そうでもしなきゃ仲良くなるキッカケ無さそうだろー。でも残念、水川さんが見てたの、たぶんメッセンジャーの画面だったな。彼氏か何かとケンカして、メッセージ待ちとか?」
彼氏。太田のその言葉に灰慈はハッとした。
この前のバイトの後、灰慈が彼女の大事な人に似ているって話をしていたっけ。
その大事な人がどんな人なのかは聞きそびれたが、確かに恋人というのは一番ありえそうな話だ。
太田の説に納得しかかっていたところ、鈴木さんが口を挟む。
「でも、変じゃね? あのコがこのイベントに乗り気じゃなかったの、班発表があった時からだし。やっぱメンツが気に入らなかったんじゃん?」
「俺か!!」
「いや太田、あんたは存在すら認識されてるか怪しい」
「その方がショック!」
「どっちかといえば桜庭っしょ」
鈴木さんの綺麗に整えられた爪が灰慈を指差していた。
「ぶっちゃけ、桜庭ってあのコとどういう関係なん? けっこうウワサ聞くよ。入学式の日のことは当然みんな知ってるけど、その後も上級生に絡まれてたのを水川さんが助けてたとか、一緒にカフェデートしようとしてるところ見たとか」
「えっ、デート!? まじかよ、いつの間に!?」
今ばかりは水川さんがこちらに無関心なのがありがたい。太田がいくら大きな声を出しても振り向く様子は微塵もなかった。
「デートじゃないよ。水川さんのバイト先のカフェが人手不足で、ちょっと手伝っただけだし」
誤解を解きつつ、水川さんには少し申し訳ない気持ちになる。こうしてウワサになってしまったのはたぶん自分が目立つせいだろう。
「そっかぁ。てっきり桜庭が水川さんに告ってフラれてそれで気まずい関係なのかと思ってたのに」
「なんで僕がフラれる前提……? そもそも、入学して一ヶ月も経ってないのにそんなに関係進まないよ」
「え、そうかなぁ。イケメン美女は早いもん勝ちだし全然進むっしょ。隣のクラスの舞は先週鳥飼くんに告ってフラれてるし……ってゴメン、鳥飼くんから聞いてなかった?」
「僕が先週ツヅラから聞いたのは最近生まれた野鳥のヒナの話くらいかな……」
隣のクラスの舞さんって言えば女子テニス部の期待のエースで、学年一・二を争う美女じゃないか。ツヅラめ、次会った時に問いただしてやる。
「うーん、じゃあ結局水川さんが不機嫌な理由は分からずじまいか」
太田が伸びをしてゴミを集めた袋をまとめ始めた。
そろそろ美化活動も終わりの時間が迫っている。後は山を降りてキャンプ場の近くのゴミ捨て場にゴミを持っていくだけだ。
水川さんはずっとスマホを見ているが時間には気づいていないらしい。その場を動こうとしないので、灰慈が声を掛けに行く。
「水川さん、そろそろ……」
その時、彼女が握りしめていたスマホがブーッと震えだした。着信だ。スマホの画面の表示には「病院」と書かれている。
彼女は目の色を変え、即座に通話ボタンを押した。
『もしもし、水川雪乃さんの携帯で――』
通話はすぐに途切れてしまった。やはり電波が悪いようだ。
「っ……!」
水川さんがその場から駆け出す。
向かう先は本堂の裏。
あっちは確か、崖になっていたような。
「待って、水川さん!」
灰慈も慌てて彼女の後を追う。
彼女はスマホの画面ばかり気にして足元を見ていない。たぶん電波の良い場所を探しているのだろう。
いつも冷静な彼女からそこまで余裕を無くさせるものって何なのだろう。
「病院」。その文字を見て一瞬よぎった嫌な予感。
それが本当であって欲しくないと願うのに、頭は勝手に結びつけようとする。
彼女の大事な人。もしかしてその人は今――
「あっ!?」
「水川さん!!」
神社の本堂の裏。
崖の
灰慈はすんでのところで彼女の手を取ったが、一歩遅かった。
重力に引かれるまま、二人の身体は崖の下へと落ちていった……。
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