第12話 柳田市七不思議
『やなぎんちゃんねる』。
一年くらい前から急激に再生数を伸ばし始めた、やなぎん(庄内さんのことである)と名乗る男性が運営する動画チャンネルだ。
元は電化製品や最近流行りのスイーツの毒舌レビューをする動画を配信していたが、あまり人気は出ず、再生数は百行けばいい方だった。
そんな彼がブレイクするきっかけとなったのは、地元・柳田市の七不思議の一つ「吠える廃トンネル」の謎をテーマにした動画である。夜な夜な何か吠える声が聞こえるという廃トンネルに、やなぎんが潜入するという内容で、心霊系動画が好きな人たちの注目を集めた。普段どこか偉そうな態度のやなぎんが素で怯えているのが確かにギャップがあって面白く、人気が出るのも頷ける内容だった。
しかも、吠え声の正体はトンネルに住み着いていたフクロウだったと発覚。「ホーホー」と静かに鳴くイメージのフクロウだが、子育て期の母親はピリピリしていて、夫に「早くエサ持ってこい!!」と要求する時に吠えるように鳴くのだとか。
なかなか貴重な映像らしく、動物好きの人たちの注目も集め始めてあっという間に再生数は百万回を突破。
それからというもの、他の七不思議や都市伝説をテーマにした動画を次々と投稿していき、ファンも一定数ついてきて、今まさに人気上昇中の配信者である。
「この街に七不思議なんてあるんですね。ずっと住んでますが、知りませんでしたよ」
黒古さんがイグアナの遺体を丁寧に白木の箱に納めながら話す。
「やー、正直無理やりひねり出したって感じっすよ。一般的には七不思議って括りになってないすけど、地元にまつわる逸話とか都市伝説を聞き込みで集めて、厳選したやつを七不思議って形にしてるんです」
「へえ、なるほど。『吠える廃トンネル』の他にはどんなのがあるんです?」
「もう動画にしたやつだと、『八千の人形が住む館』、『蛇神様の滝』、『数えきれない学校の階段』とかですかねえ。『永遠に咲くヒガンバナ』ってのも気になってるんすけど、ちょっとまだ情報が十分じゃなくて動画にするには時間がかかりそうっす」
七不思議動画を上げるまでの繋ぎはイグアナのタロぽんと共に雑談配信をすることが多かった。のんびりやで、配信中でも飼い主の肩の上でよく居眠りをしてしまうタロぽんは、やなぎん以上に視聴者に愛されていたと言っても過言ではない。
(お疲れさま……ゆっくり休むんだよ)
静かに眠るタロぽんを見て、灰慈はそっと黙祷を捧げた。
白木の箱にタロぽんの身体が収まると、庄内さんは「これも一緒に」とミニチュアサイズのタレサンを添えた。配信の時にタロぽんがつけていたトレードマークである。
「庄内さん、一つお聞きしたいことが」
黒古さんはそう言って箱の中で眠るイグアナの尻尾をそっと持ち上げる。緑色の皮膚に黒いまだら模様があった。
「これは、いつ頃からですか?」
庄内さんはきょとんとした様子で首を傾げる。
「いつ頃からも何も、タロぽんは元々そういう模様の子っすけど」
「……そうですか」
黒古さんは微笑み、箱に蓋をした。
少し含みのある間があった気がしたが、黒古さんはそれ以上何も言わなかった。
「では火葬を行いますので、駐車場へ向かいましょう」
「火葬が終わったら、花葬りってやつをやってくれるんすよね?」
灰慈は頷く。すると、庄内さんはぽりぽりと頬をかきながら灰慈の顔色を窺うように言った。
「そのー、花葬りは場所を変えてお願いしたいんすけど、できますかね?」
「たぶん大丈夫だと思いますけど」
思い出の場所があるとか、そんなところだろうか。黒古さんの方を見やると、彼は「問題ない」と頷いた。
「良かった! じゃあ火葬、お願いしますよ」
庄内さんは両手をパンと叩き、率先して部屋を出ていく。灰慈は彼を追いかけようとしたが、すぐにその場から動こうとしない黒古さんのことが気になって足を止めた。彼は何やら難しそうな顔をしてイグアナのケージのあたりをきょろきょろと見回している。
「やっぱり無いよな……」
「どうしたんですか?」
「いや……。灰慈くん、一応聞いておきたいんだが、庄内さんがイグアナの動画を配信し始めたのはいつからか知ってるかい」
灰慈はスマホで彼の配信チャンネルのページを確認する。
「あ、あった。これが確か最初だから、去年の八月くらいからですね」
「真夏か……」
黒古さんは顎に手をやり眉間に皺を寄せた。
「何か気になるんですか?」
「ちょっとな。だが、俺らは俺らの仕事をやることに変わりはない」
黒古さんはそう言って、すたすたと部屋を出ていく。
改めてケージの方を見てみる灰慈だったが、何が「無い」のかは分からなかった。
庄内さんのマンションから車で五分ほど。国道沿いの喧騒から離れた閑静な住宅街。数十年前くらいに一気に開発された土地なのか、町並みは揃っているがやや年季が入っている。その中の丘の上にある小さな公園。見晴らしが良く、柳田市の南側を一望できるそこが庄内さんが花葬りに指定した場所だった。
「なかなかいい景色でしょ。この辺じっちゃんばっちゃんばっかで、子どもがあんまり住んでないからひと気もあんまりないし、大人がしんみりするにはちょうどいい場所でね」
そう言って庄内さんはパンダ……だろうか、塗装の剥げた揺れる遊具に腰掛ける。少し俯いて遊具の裏側を意味もなくいじる姿を灰慈たちは黙って見守った。やはり飄々としているように見えても、大切なペットとの別れが悲しくないはずがない。彼の心の準備ができるまでは待っていてあげたかった。
やがて、おもむろに庄内さんが立ち上がる。
「……それじゃあお願いしますよ。十代目花咲師・桜庭灰慈さん」
灰慈は頷き、小さな骨壷を抱えて彼の前に立つ。
「これより、花葬りを執り行います」
灰慈はそっと蓋を開けて口上を唱え始めた。
中にあるのは小さい骨。
灰の量も少ない。
それでも、一つの命を形作っていたものだ。
さて、ただ今咲かせまするは、
桜に霧島、
四季折々に十人十色、
灰とは思えぬ形にて
皆の
一筋の風が吹く。ここに来る前に着替えた桜色の羽織がはためく。
だが、不思議と壺の中にある灰がさらわれていくことはない。
これから灰慈の手で花へと変わる瞬間を待ち侘びているかのように。
(タロぽん。君の想いのままに咲いてくれ)
口上が終わる。
静寂の中、灰慈の手が骨壷の中の灰に触れようとした……その時。
「チチチチチチチチチチチチチ!!」
けたたましいさえずりと共に、一羽のスズメがどこからか飛び出してきた。
「っ!?」
向かう先は灰慈の手。小さいくちばしながら彼の手のひらを貫かんとする勢いだ。灰慈は慌てて手を引っ込める。儀式は中断。灰慈はよろけたが骨壷はしっかり抱き抱えていたので問題はない。スズメはというと、そのまま公園の生垣に突っ込み、抜け出せなくなったのかジタバタともがいている。
「ちょ、気性の荒いスズメもいるもんっすね〜。春だから気が立ってんのかな?」
「すみません、花葬りが……」
「あー、いいっていいって。さ、もう一度仕切り直しましょ」
こちらに気を遣ってか、庄内さんがパンパンと両手を叩く。
だが、灰慈はすぐにその気にはなれなかった。
一度骨壷の蓋を閉め、生垣でもがいているスズメの方へと向かう。
「え、ちょ、あれ? 何してんの?」
灰慈を引き止めようとする庄内さんの前に黒古さんが立つ。
「あの、ちょっと?」
うろたえる庄内さんに対し、黒古さんは笑みを浮かべた。
笑みは笑みでも、相手に親近感を感じさせない、顔に貼り付けただけの営業スマイルだった。
「庄内さん。都市伝説に通じているあなたでもご存じなかったですか?」
「な、何を?」
「この街にはね、
「へぇ〜……って、今そんな話はどうでも――」
「どうでも良くないですよ。さっきみたいにスズメが急に飛んでくるってことは、よほどの緊急事態ですから」
そう、ツヅラはよほどのことがない限りこんな風にスズメを飛ばしてはこない。親友といえど生徒指導の先生に絡まれている灰慈を放置したくらいだ、基本的に他人には干渉しない
だが、今回は大事な儀式を中断させてまで伝えたい何かがあったということ。
生垣から解放してやると、スズメは先ほどの態度とは打って変わってホッとした様子で灰慈の手にすりすりと羽をこすりつけてきた。その片足には小さな紙が結ばれている。ほどいてやると、小さな鳥は用は済んだと言わんばかりにどこかへ飛び立っていった。
折り畳まれた紙を開く。ツヅラにしては珍しく折り目が荒い。よほど急いでいたのだろう。
「これ、は……」
中身を見て、灰慈は言葉を失う。
「なんて書いてあった?」
黒古さんの問いにすぐには答えられなかった。
書かれている内容と、今の状況の整理が追いつかない。
「まあ、大方予想はついているが」
黒古さんはそう言って、灰慈の側までやってきた。
そして彼の手にある紙の中身を見て、「やっぱりな」と深い溜息を吐く。
一人、何が起きているのか分かっていない庄内さんは、ついに痺れを切らして苛立ち混じりにこちらに迫ってきた。
「な、なんすか!? 早く儀式を再開してくださいよ! こんなの死者への
「庄内さん……あなた、よくそんなことが言えますね」
黒古さんは呆れたようにそう言うと、ツヅラが寄越したメッセージを庄内さんの鼻先に突きつける。
瞬間、彼の表情が石のように固くなった。
そこには一行、こう書かれていたのだ。
【今この様子がネットで配信されている!】
……と。
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