第11話 小さな命の送り方



 数日後、依頼主の元へ向かう黒古葬祭の社用車にて。

 カフェ店員の女の子がクラスメートだったこと、そしてその子に助けられて、果てに怒らせてしまったこと。

 一部始終を黒古さんに話したら、なぜか爆笑された。


「ちょっと! こっちは真面目に困ってるんですよ! あれ以来露骨に無視されているというか、嫌われているというか……。他の人に対しては『話しかけるな』くらいのオーラが、僕に対してだけ『近づくな』くらいにピリピリしてて」

「ひー、笑った笑った。すまんな、こんな初々しい青春バナシ、おじさん久しぶりすぎてな」

「ちっとも青春じゃないですよ……」


 今更彼女と仲良くしようなんて期待は抱かない。

 だが、せめてなんで怒らせてしまったくらいは知っておきたかった。でないと教室で顔を合わせるたびにモヤモヤしてしまう。


「ま、あれだな。灰慈くんは純粋だから。そういうところが彼女にとってイラッと来たんだろう」

「そういうところって、どういうところですか?」

「それは自分で考えるんだよ、少年」

「ぐぬ……」


 もう一度自分の言動を振り返るべく、灰慈は腕を組みながらうーんと首をひねる。何度繰り返しても答えは出ないのだが。そんな灰慈を横目で見ながら黒古さんはただニヤニヤと悪戯に笑うだけであった。


 車はやがて目的地に差し掛かる。

 秋入梅あきついり町内に最近できたばかりの国道沿いの高層マンション群が見えてきた。


「全っ然わからない……。黒古さん、意地悪してないで教えてくださいよ」


 灰慈がを上げると、黒古はやれやれと肩をすくめた。


「心配すんな。俺が教えなくたって、その子が言いたかったようなことはこの仕事してたら嫌でも思い知ることになると思うぜ」


 高層マンションの裏から入り、黒古さんは訪問者用の駐車スペースに車を停めた。周囲にはよく手入れされた高級車が停まっていて、灰慈は思わず唾を飲み込む。


「今日はどんな人が亡くなられたんですか?」

「ああ、言ってなかったっけ。実は今日は『人』じゃないんだわ」

「え?」


 車から降りた黒古さんは、車両の後部を指す。

 そういえば今回は前回乗せてもらったセダン型ではなく、大きなワゴン型の車だ。と言っても後部座席が妙に狭かったので、大きな荷物でも運んでいるのかと思っていたのだが。

 黒古さんがバックドアを開き、灰慈はようやく理解した。

 そこにあったのは荷物ではなく、両脇に供花が添えられた小さな火葬炉。


「もしかして、ペット火葬ですか?」


 灰慈が尋ねると、黒古さんは縦に頷いた。


「正解。体の小さいペットだったらこの車で火葬ができるんだ。ただ、火葬車が停まっているとご近所の人が気にされることもあるから、見た目は普通の車に見えるようになってるんだよ」


 火葬する際の臭いや煙については再燃焼することで処理する構造になっており、天井に設置されているあなから出てくるのは無色無臭の水蒸気だけなんだとか。

 火葬車の仕組みに感心していると、一人の男性が灰慈たちの近くにやってきた。


「あのー、黒古さんっすよね?」


 年齢は三十手前くらいだろうか。無精髭に、プリンになったボサボサの金髪。一応喪服の装いではあるが、シャツやジャケットはよれていてどこかだらしない印象を受ける男。

 どうやら彼が今回の依頼主らしい。


「庄内さん。このたびはご愁傷様です」

「わっ、マジでこういう時に『ご愁傷様』って言うんすね。ネットでしか使わんだろと思ってましたわー」


 庄内さんは軽い調子で黒古さんが差し出した名刺を受け取る。


(あんまり悲しんでいる雰囲気じゃないんだな)


 灰慈は少し拍子抜けした気分だった。わざわざ火葬をしてやるくらいなのだから、きっとそのペットへの思い入れが強い人なんだろうと思っていたが。


(いや、でも人前だからそう見せているだけかもしれない)


 気を取り直して、灰慈は黒古さんに続いて深々とお辞儀をした。


「僕は花咲師の桜庭です。よろしくお願いします」

「へえ、キミが……」

「え?」

「いや、なんでもないっす。ささ、部屋まで案内するんでこちらへどうぞ」


 庄内さん、何か言いかけていたような……。

 若干引っかかったが、黒古さんの方を見てみても「さあ」と首を傾げるだけだ。


「おーい、早くー。オートロック閉まっちゃいますよー」


 庄内さんに呼ばれ、灰慈たちはいそいそと彼の後を追う。

 最上階の十三階。庄内さんはそこの1LDKに一人で住んでいるらしい。

 失礼な話だが、正直言うと彼はマンションの雰囲気とは釣り合っていなかった。廊下には柔らかなカーペットが敷かれていて、エレベーターはモニターに天気予報とかニュースが流れる最新式だ。すれ違う人たちもどこかセレブな雰囲気があり、見知らぬ灰慈たちにも丁寧に会釈してくれて育ちの良さが感じられる。

 庄内さんはどういう経緯でこのマンションに住むことになったんだろう……なんて気になっていると、尋ねるまでもなく本人が得意げに話し出した。


「なかなかいい物件でしょ? 数年前だったら見上げることしかできないような物件でしたけどね、最近仕事が軌道に乗り出して、それで勢いで買っちゃえーって。いやー、なかなかキツい出費でしたけど、やっぱ投資って大事っすよ。いい部屋住むと仕事も捗りますからね。……っと、着きました。ここっす」


 彼の部屋は少し変わっていた。

 リビングにはダイニングテーブルがなく、大きなテレビに向かい合うようにして設置されたソファーとローテーブル。

 部屋の角に置かれたL字形のデスクにはモニターが三枚も置かれ、その脇には照明やマイクが設置してある。キーボードの横にはティアドロップ型と呼ばれるサングラス、いわゆる「タレサン」が置かれていた。普段街中では見かけないようなデザインのサングラスである。

 リビングの横の部屋にはベッドと、その脇に高さ一・五メートルはありそうな網のケージがあった。その中の止まり木の横で眠るように横たわっているのは、三〇センチほどの大きさのグリーンイグアナ。


「あの子が……」

「そうっす。タロぽんは、俺の動画を一緒に盛り上げてくれた相棒だったんす。エサとかも十分なくらいあげてたはずなんすけど、気づいたら動かなくなっていて……」


 そこで初めて彼は目を覆い、ずずっと鼻をすすった。

 堪えきれなくなったのだろうか。


「すんません。人前で泣くの、恥ずかしいんで……」


 そう言って、デスクに置かれていたサングラスをかける。


 イグアナ。タロぽん。相棒。動画。そしてこのタレサン。

 灰慈はふと最近見た動画のことを思い出した。クラスメートが勧めていて、気になって見てみた動画だ。


「あの、庄内さんってもしかして……『やなぎんちゃんねる』のやなぎんさんですか?」


 すると彼はすーっと両手を顔の側まで挙げて……突如としてラップのような身振りで歌い出した。


「やなぎんギンギンぎんぎらぎん! 今日も地元のナゾを徹底検証! ってね。なんだー、リスナーさんなら最初に言ってくださいよー」


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