第2章 誰が為の正義

第9話 遣雀師・鳥飼ツヅラ



「じいちゃん。僕の花葬はなはぶり見ててくれた?」


 じいちゃんはなぜかセクシーな水着のお姉さんたちに囲まれていた。

 お姉さんのうちの一人にひざ枕してもらいながら鼻の下を伸ばしていて、なかなかに酷い格好である。


「おお、おお。見とった見とった。生き取ったら大層美人さんな感じのお人じゃったなあ」

「……僕が弔ったのは金森さんっていうおじいさんだったけど」

「ありゃ? そうだったかの〜?」


 じいちゃんは鼻をほじりながらあさっての方角を見やる。


「もう、ちゃんと見ててよ。孫が頑張ってるところ」

「すまんすまん。じゃがの灰慈、お前が頑張らんといかんのは花咲師の仕事だけじゃないぞ」

「え?」


 いつの間にか灰慈は女子に取り囲まれていた。


「え、えっ、なんで? 小学生の時のれなちゃん、中学生の時の美咲ちゃん、それから歩実ちゃん……」

「そうじゃ、みんな灰慈を振った女の子たちじゃ」

「言われなくても分かってるよ!!」


 涙目になる灰慈。じいちゃんと共に三人の女子がケラケラと笑う。


「このままでええんか? いや、いかん。灰慈や、薔薇の高校生活を送るためにも青春をおろそかにしてはいかんぞ」


 ……そうか、なんとなく分かってきたぞ。

 これは夢だ。夢だから話したことないはずの恋愛遍歴を知られているのだ。

 だいたい歩実ちゃんに関しては告白することなく静かに終わった恋なので、親友にすら言っていないのに……。

 灰慈はコホンと咳払いひとつして、一旦冷静になる。


「別にいいよ。僕はまず花咲師の仕事に専念するって決めたんだ」

「ほう……?」

「僕は早くじいちゃんみたいな花咲師になりたいんだよ。だから、今は他のことにかまけている暇なんてないんだ」

「むう、つまらん。アイドルっ娘みたいなこと言うて」

「それだけ真剣ってことだよ」


 するとじいちゃんは目を細めてずずいと灰慈に迫ってきた。

 たじろぐ灰慈の鼻先に骨張った人差し指を突き立てて、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。


「だが残念じゃったな。わしの目は誤魔化せんぞ、灰慈」

「な、なに?」

「お前は本心ではこう思っとるんじゃ。立派な花咲師になったらそのうち自然にモテるんじゃないかな〜なんてな」

「そんな、そんなことは……」


 わりと図星だった。


「じゃけどこうも思っとる。もしかしてクラス顔合わせの時の自己紹介で花葬りの話をしたら初日から尊敬の眼差しで見られちゃうんじゃないかな〜、意識しちゃう女の子もいるかもしれないな〜なんてな」

「夢だから筒抜けとはいえ我ながらひどい下心だ……」


 灰慈は反省した。

 この夢はきっとたった一度花葬りをしただけで舞い上がっている自分へのいましめなのだろうと。

 きっとじいちゃんはそれを伝えるために夢に現れて――


「あ、ちなみにわしは中学の時にはばあさんに出会っとるからの〜」

「余計なお世話だよ!!」




 自分のツッコミの声で目が覚めた。


「ひどい夢を見た……」


 思わず呟く。うなされていたのか布団は蹴飛ばされ、寝巻きははだけている。

 カーテンの隙間からは朝日が漏れ、窓の外ではスズメたちがチュンチュンとさえずる声が爽やかに……。


「ヂュン!! ヂュンヂュンヂュンヂュン!!」


 爽やかじゃないですね?

 どうやら窓をつついているのか、ゴンゴンゴンゴンと部屋の中に音が響いている。


「分かった分かった、分かったから!」


 灰慈は慌てて布団から飛び起きてカーテンを開ける。

 スズメは飛び去り、家の下に立っている同じ高校の制服を着た茶髪の少年の肩に留まった。彼は窓から顔を出した灰慈に向かって手を振る。


「おーい、遅刻するよー」

「え、もうそんな時間!?」


 枕元に置いていたスマホを確認すれば、もう八時半。目覚ましをセットした時間から三十分は過ぎていた。ちなみに、入学式は九時からである。


「やばいやばいやばい!! すぐ出るから! ちょっと待ってて!」

「はいよー」


 緊張感のない返事を聞きながら、灰慈は慌てて制服に着替えて部屋を飛び出す。ドタバタと階段を駆け降りると、居間の方から香る朝食の匂いが空腹をくすぐってくる。だが、のんびり食べている時間はない。最低限身支度を整えて玄関まで出ると、母さんが呆れ顔で立っていた。普段は花屋の仕事のために動きやすいTシャツ・ジーンズ姿なことが多いが、今日はばっちり礼服で決まっている。


「まったく、入学初日からこれとはね。前にも言っておいた通り、高校からは起こさないよ」

「はい、肝に銘じます……」

「ちゃんとツヅラくんにお礼言っときな。じゃ、私は後でマリーと行くから」

「うん。行ってきます」


 外に出ると、先ほどの少年が肩に乗っているスズメにパンくずを与えて待っていた。

 彼が鳥飼とりかいツヅラ。灰慈の同級生の親友であり、そして同じく御伽術師の一人である。彼は「遣雀師つかいすずめし」――『舌切り雀』のモデルとなった家系の末裔であり、スズメの言葉を理解する能力ちからを持つ。


「おはよ、灰慈」


 灰慈が出てきたのを見て、ツヅラは気だるげに手を上げた。


「ごめん、遅くなった。起こしてくれてありがと」

「ん。貸しイチな」

「はい、今度ジュースおごります。っていうかツヅラお前……」

「俺の顔、何かついてる?」

「いや、やっぱなんでもない」


 悔しいので口に出さなかったが、高校の制服に身を包んだツヅラは中学の頃よりも数倍大人びて見えた。

 フランス人の母親(先ほどのマリーというのが彼の母親だ)譲りの凹凸おうとつはっきりした顔立ちに、緩くパーマがかかった自然な茶髪。身長はもうすぐ一八〇センチの大台に突入するが、本人曰くまだまだ伸びているらしい。

 それに比べて灰慈の身長は一七〇手前で止まったっきり。童顔なのもあって、ツヅラと並ぶととても同い年には見えない。


「じいちゃん、やっぱり僕には無理だよ……」


 灰慈は苦笑しながらぼそりと呟いた。

 小学生の時のれなちゃん、中学生の時の美咲ちゃん、それから歩実ちゃん。彼女たちはみんなツヅラのことが好きだった。彼女たちだけでなく、ほとんどの女子がツヅラを気にかけていたことを灰慈は知っている。

 ツヅラ本人はというと全く恋愛……というか人に興味がなく、みんな振ってしまったのだが。


 二人は自転車で高校まで向かう。

 灰慈の家がある春日向商店街からは自転車で十五分。春日向町の中心地から少し外れ、矢凪川にかかる大橋のそばにあるのが、彼らが今日から通う柳田高校である。


「そっか。それじゃ初めての花葬りは上手くいったんだね」

「うん。ちょっと失敗もあったし、緊張したけど、最終的には金森さんと高山さんの力になれたはずだよ」


 学校に向かいながら灰慈は昨日あったことをツヅラに話していた。


「それは良かった。まあ、灰慈なら何も心配いらないんじゃないって思ってはいたけどね」

「あ、そう? そっかなぁ。ツヅラが言うならそうなのかなぁ〜?」

「ははは、浮かれてら」


 ツヅラは得意げな灰慈の脇腹を小突いてくる。

 とはいえ灰慈の初仕事が上手くいったことを喜んでいるのはたぶん本心からだ。

 ツヅラの能力とは違い、灰慈の能力を活かせる場面は限られる。そのことに灰慈がずっともどかしい思いをしてきたのをツヅラはよく知っていた。


「じゃあ高校は部活に入らず花咲師に専念するのかな」

「そのつもり。ツヅラは?」

「今のところ入りたい部活がないから、自分で作ろうかと思ってるけど……」


 その時、どこからかスズメが一羽飛んできて、ツヅラの自転車のカゴに留まった。チュンチュンと鳴くスズメに対し、ツヅラは口をぱくぱくと動かしている。遣雀師とスズメの会話は常人には聞き取ることはできない。

 やがてスズメが飛び去っていくと、ツヅラは灰慈に向かって言った。


「もうすぐ学校に着くけど、俺は裏門から入ろうかな」

「え、なんで? 初日だしせっかくだから正門から行こうよ。入学式の看板の前で写真撮りたいじゃん」

「んー、まあ止めはしないけどね」


 ツヅラは一瞬灰慈の頭を見やる。

 灰慈はその意味を数分後に思い知ることになる。


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