第6話 拾骨


 再びやってきた火葬炉の前。

 灰慈は黒古さんや高山さんより少し遅れて合流した。

 高校の制服から花咲師はなさかしの衣装へ着替えをしたからだ。


「すみません、お待たせしました」

「おお、なかなかサマになってるな」


 黒古さんが感心したように言う。

 火葬炉の横に立つ白州さんも目を見開いて胸元で小さく手を叩く。

 対して灰慈は「そうでしょうか……」と気恥ずかしそうに自分の格好を確かめた。


 花咲師の衣装。それはじいちゃんから受け継ぎ、灰慈の身の丈に合わせてばあちゃんが仕立て直してくれた特別な衣装だ。

 濃い藍染の腹掛けと股引きに、背中に大きく白い筆文字で「十代目花咲師」と書かれた桜色の羽織。お祭りの時に着るような派手な衣装で、モノクロの服装に統一された葬祭場では非常に目立つ。

 黒古さんも白州さんも先代の頃から花咲師のことをよく知っているからこそ平然と受け入れているが、花咲師というものの存在自体今日初めて知ったという高山さんは若干戸惑っているように見えた。


「灰を花に変える能力ちから、でしたよね。いまだにちょっと信じられないです。御伽術師おとぎじゅつしさんにお目にかかるのは初めてなので……」


 御伽術師というのは、灰慈のようにおとぎ話に出てくるような力を持っている能力者の総称だ。

 だいたいはそのおとぎ話の人物の子孫だが、血を引いている者全てが能力者というわけではなく、まれにしか発現しないために人口は非常に少ない。

 ゆえに政府には保護兼監視目的で「人間国宝(重要無形文化財保持者ともいう)」として密かに登録されていたりするのだが、それ以上特別なことは何もなく、灰慈のように能力の使いどころが限定的だったりすると一般人とたいして変わらない生活を送っていたりする。


「実際に見ていただければ分かると思いますよ。と言っても、彼も人の灰に触れるのは今日が初めてなので、上手くいくかどうかは保証しかねますが」

「は、はひっ! 精一杯つと、つととめっ」

「灰慈くんは緊張しすぎ。一旦深呼吸して落ち着くんだ」

「す、すみません……」

「あと、よく見ると腹掛けが表裏逆じゃないか?」

「ああああああっ……! ほんとだ……!」


 かーっと真っ赤になる灰慈を見て、高山さんは思わずぷっと吹き出した。意図的ではなかったが、御伽術師に対して構えていた気持ちが多少は和らいだようだ。


 ……さて、仕切り直して。


 火葬炉の扉が開き、金森さんの遺骨が乗った台車が現れる。

 これから行われるのは拾骨しゅうこつの儀式だ。お骨上こつあげとも呼ばれる。火葬師による故人の骨についての説明を受けながら、遺族が二人一組で箸を持って遺骨を骨壷に収めていくのだ。

 金森さんには遺族がいないので、黒古さんと灰慈の二人で行うことになった。

 それ自体は何も問題がないはずだったが、横で様子を見ていた高山さんはふと首を傾げて言った。


「ずいぶん小さい骨壷ですね。全部入りきらなさそうですが……」


 黒古さんの手元にある骨壷は確かに彼が片手で持てるほど小さい。どう見たって全身の骨を収めるのは無理だ。


「ああそうか、高山さんは隣の県にお住まいですもんね。実は地域によって作法が違うんですよ」

「え、そうなんですか」


 高山さんは目を丸くする。


「高山さんがご存知なのはきっと『全部拾骨』の方ですよね?」

「はい。父が亡くなった時に遺灰まで全部骨壷に入れた記憶があります」

「東日本の方ではそれが一般的です。でもこの辺りでは主要なお骨だけを収める『部分拾骨』なんです」

「初めて知りました……。それで骨壷の大きさが違うんですね」


 黒古さんは頷き、少し寂しげな表情を浮かべて言った。


「しかも金森さんの場合は、ご遺骨の引き取り手がいないのでしばらくは無縁塚で弔うことになります。だから、どうしても小さめの骨壷にせざるを得なかったんです」


 歯から始まり、手足の指の骨、頭骨の一部、そして最後は喉仏。

 拾骨が終わり、黒古さんが骨壷の蓋を閉じる。

 台車の上にはまだたくさんの遺骨と遺灰が残されていた。


「こちらは……どうなるのでしょうか?」

「安心してください。火葬場で丁重に葬ってくれますよ」


 黒古さんが白州さんに目くばせすると、彼女はこくりと頷いた。


「本来はそうです。ですが今日は花咲師さんがいらっしゃるので、遺灰はこれから弔われます」


 そう、ここからが花咲師の役目。

 遺灰を花に変えて弔う儀式、花葬りの始まりである。


「……あの、先に一つ言っておきたいことがあって」


 灰慈はおずおずと手を挙げる。

 黒古さん、白州さん、高山さん。三人の注目が集まったところで、灰慈は彼らの顔色をうかがいながら告げた。


「僕の能力は灰を花に変えることはできますが、どんな花を咲かせるか選ぶことはできません。咲く花は灰になったものの元の性質に左右されるんです。それだけは覚えていてください」


 花咲師のことをよく知っている黒古さんと白州さんが「もちろん」と頷く。

 高山さんも「分かりました」と理解してくれたようだ。


 花咲師にできるのはただ咲かせることだけ。

 美しい花か醜い花かを選ぶ権利はない。

 それでも、この行為にはきっと意味があるのだろう。

 じいちゃんの花葬りを初めて見たあの時から、灰慈はそう信じている。


「それでは……これより花葬りを執り行います」


 灰慈は遺灰の上に手をかざしてまぶたを閉じた。

 訪れる静寂に緊張が一層高まる。

 いよいよ。いよいよだ。

 瞼の裏に、桜羽織を着たじいちゃんの後ろ姿が蘇る。


(じいちゃん。僕、やるよ)


 灰慈は息を深く吸い、何度も練習した口上こうじょうを紡ぎだした。



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