第4話 火葬師・白州末理



 灰慈たちの住む柳田市は、大きく四つの地域に分かれている。


 一つ目は、街の中心・春日向はるひなた町。市内で一番大きな駅があり、その周辺は古くからの商店街や繁華街で賑わう地域だ。灰慈の家もこの商店街の中にある。

 二つ目は、先ほどまでいた北部の夏木立なつこだち町。

 続いて三つ目は西部の秋入梅あきついり町。もともと閑静な住宅街だったが、最近になって巨大なショッピングモールやマンションができて若者や子育て世代が多く出入りしている。

 最後が南部にある冬冴月ふゆさづき町。柳田市を南北に流れる「矢凪やなぎ川」沿いに地元企業の工場が立ち並んでいる地域だ。そして工場の並びから少し離れた下流の方に位置する、空港のターミナルみたいに横長な藤色の建物。それが柳田斎場――市内のほとんどの遺体を受け持つ火葬場である。


 棺を運び終えた黒古と灰慈を出迎えたのは、黒のパンツスーツに身を包んだ一人の女性だった。


「お疲れ様です、黒古さん。それと……十代目」


 年はまだ二十代半ばくらいだと思うが、肩のところで切り揃えた髪はことごとく白く、その皮膚も透き通るように色が薄い。顔立ちは整っていて美人ではあるものの、かけている瓶底のような分厚い眼鏡が若干アンバランスだ。表情も乏しく、静止していると人形と見間違えそうな雰囲気の人である。


「灰慈くん、彼女は火葬師の白州末理しらすまつりちゃんだ」

「知ってますよ。去年、じいちゃんの火葬も担当してくれてましたよね」


 彼女のことはよく覚えている。

 外見が特徴的なのもあるかもしれないが、それ以上に印象的だったのは彼女の火葬師としての技量の高さだ。


 以前、じいちゃんに教わった話だと、火葬師が最も大切にしていることは「いかに綺麗な形で遺骨を遺族に返せるかどうか」だという。

 火葬というのはただバーナーのスイッチを押して完了するものではない。人によって体型や遺体の状態が異なるので、その人に合った焼き方をしなければ焼け残りが出たり、骨がうまく残らなかったりする。八百度を超える炉の中の様子を確認しながら、焼け具合に応じて遺体の位置を調整する。その過程に火葬師の技と想いが込められているのだ。


 彼女が担当したじいちゃんの遺骨は、台車の上で眠っている姿を想像できるくらい綺麗に整えられていて、あまりの生々しさに怖くなった。じいちゃんがもうこの世にいないことを突きつけられているような気がして、残酷だとさえ思った。

 だが、遺骨を見たばあちゃんはこう言ったのだ。

 「ありゃ、銀歯が残っとるね」と。

 よく見ると確かに、白い歯の並びに焼けて黒ずんだ銀歯が残っていた。


「灰ノ助さんは、笑った時に銀歯が光るのが印象的なお人でしたので。頑張らせていただきました」


 そう言ってお骨の説明をし始めた白州さんは、淡々とした様子ながら少しだけ涙ぐんでいたような気がする。


「……そうですか。覚えていてくださったんですね。それは光栄です」


 白州さんは年下の灰慈にもうやうやしく頭を下げてきた。丁寧な人だが、気さくな黒古さんと真逆でどこか他人行儀に感じる。


(それもそうか。うちによく出入りしてた黒古さんと違って、白州さんとは二回しか会ったことがない)


 一回目はじいちゃんに連れられて初めて花葬りに立ち会った時のことだ。その時は彼女と直接会話したわけではなかったし、五年も前だから覚えられていなくて当然だ。

 そう思い直して、灰慈は白州さんに負けないくらい深くお辞儀をした。


「改めて、十代目花咲師はなさかしの桜庭灰慈です。今日から花葬はなはぶりを務めます。よろしくお願いします」


 すると、末理の方からすっと差し伸べられる手。

 表情は無に近いが、きっと歓迎してくれるということだろう。

 握手だと思って灰慈も手を差し出す。

 その瞬間、彼女の分厚い眼鏡の奥がきらりと光った気がした。


 ……ふに。

 ふにふにふにふに。


「ひゃっ、えっ、あっ!?」


 彼女の色白な細い指が、まるでツボ押しマッサージでもするかのように灰慈の手のひらをぎゅうぎゅうと押してきた。そしてくるりと手のひらを裏返すと、今度は中指の先から手の甲にかけて、骨の上をつーっと撫でてくる。


「ひぃっ……!」


 くすぐったくて思わず変な声が出た。

 真っ赤になる灰慈。

 白州さんはというと相変わらず無表情のまま、レントゲンを撮るカメラのごとく灰慈の手から腕、そして顔に向かってすーっと視線を移していく。


「あ、あの、白州さん?」

「ふむふむ……やはり血筋ですね。ところどころの骨の形がよく似ています。特に手。指はそこまで長くはないけれど、灰をしっかり掴めるようにするためか掌が広くて分厚い。顔は細面だった九代目に比べて丸い輪郭ですが、よくよく見ると頬骨の形とか、眼窩がんかの浅さがそっくりですね。骨になったら九代目と見分けがつかなくなりそうな――」


 そこまでまくし立てるように言って、彼女はハッとしたように灰慈の手を離した。


「失礼しました。仕事柄、人を見るとつい骨の形を意識してしまいまして」

「い、いえいえ」

「あの、せっかくなので足の形も見させていただいても」

「おーい、末理ちゃーん」


 灰慈の足元でしゃがみ込む白州さんを黒古さんがなんとか引っ張り上げる。


「すまんな、灰慈くん。こう見えて末理ちゃん、灰ノ助さんの大ファンだったから。孫の君が後を継いでくれたことが嬉しいんだよ、たぶん」

「は、はぁ……」


 灰慈は生返事しながら顔を覆った。

 これから大事な儀式が控えているというのに、なかなか熱が引いてくれない。

 健全な男子にあんな突然のボディータッチは反則だ。

 しかも骨を観察されるなんて、下手したら裸を見られるよりも恥ずかしいことである。


 そんな心かき乱された少年とは裏腹に、当の本人は白い手袋をはめるとけろりと仕事モードに戻っていた。


「では早速始めますか。金森さんは直葬のご予定でしたよね?」

「ああ、そうなんだが……実は一人、呼んでいる人がいるんだ」


 ちょうどその時、一台のタクシーが近くに停まった。


「あの……。金森さんという方の葬儀はこちらで?」


 タクシーから降り、おずおずと自信なさげに尋ねてくる女性。

 年齢は灰慈の母親より一回り上くらいだろうか。連絡があってから慌てて来たのか、ちゃんと喪服に身を包んではいるものの、後頭部で結んだ白髪混じりの髪の毛はやや乱れている。


「お待ちしていました、高山美代子さん」


 亡くなった老小説家の偽りの文通の相手。

 彼女の手には、故人が娘を装って書いていた手紙の束が強く握り締められていた。



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