「喫茶店」

scene-1


久し振りの自転車は、風が気持ちよかった。お盆の帰省。特に予定もなく実家で暇を持て余していた私は、衣装棚からお気に入りだった麦わらのハットを見つけ、ちょっとお出かけしたくなったのだ。ルートは‥高校時代、自転車通学で毎日通っていた道。そう言えば、あの喫茶店はまだあるだろうか?


scene-2


あれから10年‥通学路を懐かしみながらペダルを漕いだ。蝉の声が心地よい。

商店街を通過し、文具屋さんの角を曲がると‥あった!

学校帰り友人達と入り浸った喫茶店。制服の女子トークは青春の一コマだ。でも私は、彼女達に内緒で、休日よく一人でこの喫茶店に通っていた。密かに憧れるウエイターのお兄さんがいたからだ。


scene-3


自転車を停め、ちょっとドキドキしながら店内に入る。あー、変わっていない!テーブルも椅子も、壁に掛けられた絵さえも‥。

そして「いらっしゃいませ」の声‥!?えっ?目の前に憧れのお兄さんがいた。あの時のままで。そんな‥嘘でしょ?

「こ、珈琲ください」

思わず声が裏返る。胸の鼓動が高鳴り始めた。


scene-4


なんで歳とらないの?いや、そんなことあるはずない。そっくりさん?‥違う。

弟だったりして‥珈琲をすすりながらチラチラ彼を見た。

なんか切ない!あの時と同じだ。十代、少女の私はこんな風に、この喫茶店で、ひとり胸を熱くしていた。大切な私の思い出‥。だから声をかけずに店を出た。

高校時代、喫茶店に憧れた人がいた‥今はその弟さんがウエイターをしている。そんな空想で十分。いや、すごく素敵なことだ。夕景の街並み、なんだか気分のいい私は思いっきりペダルを漕いでいた。



                                  end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

例えばこんな物語 麻美拓海 @kurasawa7129

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ