第十二話 力 3

 宙へと放られた四角い小さな箱のようなもの。早音によって蓋が開かれたそれから、小さいがオレンジに光り揺れる炎が見えた。

 ようやく、その物体がライターであると有紀が認知できた瞬間。

 ボウッと轟音をあげて放られた二つのライターが爆発し、試験場の中、早音の頭上に業火の雲が出現する。衝撃で少し強化ガラスが揺れ、驚いた有紀は反射的にガラスから遠ざかった。

「なっ……どうなって……」

 驚きのあまり、有紀は言葉が出てこなかった。すぐに隣にいた蓮二と三夏の方を見たが、二人は特段驚きの表情を見せてはいない。

 蓮二に至っては、その顔に笑みを浮かべてさえいた。

「石ノ巻さん、これって事故なんじゃ」

「違う。これでいいんだ。これが早音の能力さ」

 そう言って、蓮二は試験場内の早音を指差した。

 彼女も自分の頭上で起こっているように驚いている様子はない。早音はゆっくりと両手を顔の前まで持ってくると、力を込めてその拳を握った。

 同時に、それに呼応するかのように彼女の頭上にあった炎が下へと移動し、彼女の両隣へ二つの炎の玉となって落ちてくる。その動きはどちらかといえば『炎が流れてくる』と言う表現の方がしっくりくる様子であった。

 次に、早音が右手の人差し指を立てて宙で円を描くように指を一回りさせると、彼女の両隣で燃える炎の玉は彼女の周りをゆっくりと廻り始めた。

 まさに、サーカスの奇術が目の前で繰り広げられているかのよう。

「早音の能力は、自身の半径15mにあるあらゆる火を自由に操ることができる。自分で火を発生させることは出来ないが、火種さえあればそれを爆発させることも広げることも自由自在だ」

 蓮二が炎の動きを追いながら語る。

 これまでの人生で目にしたこともなかった光景に、有紀も圧倒される。三夏の能力を初めて見た時もそうだったが、今回も受けた衝撃では負けていない。

「魔法少女って、こんな力まであるんですね」

「すげえだろ。俺も最初に見たときは驚いたね。あんな能力だから、海外の情報機関でアイツは放火魔パイロマニアってコードネームを付けられているらしい。まあ、そんなことはしたこともないし、させないようにすんのが俺の仕事だが」

 早音が今度は右手を差し出すように前に出すと、廻っていた炎の玉は早音の前へと飛んでいき、再び一つの炎となった。続いてその右手の指を早音が鳴らすと、炎は彼女に影響を与えない程度の小爆発を起こして、再度強化ガラスを揺らした。爆発した炎は試験場の至るところに広がる。

 今度は早音が両手を叩くと、散った炎は一つの大きな炎となる。

 彼女の前では、あらゆる炎がまるで彼女の臣下であるようであった。

「OK、問題なく使えてますね。じゃあ、試験項目を開始しますので……」

 スピーカーを通した谷内のくぐもった声が、試験場内に響く。


 谷内の声に従って、早音の一連の能力試験が完了した。

 試験中に早音が操る炎の動きは、まるで生きているかのように思わせるものばかりであった。上から下へ、右から左へ。一つに集まり灼熱の花を咲かせたかと思えば、バラバラに無数の玉となって散る。

 見たもの全てが、有紀には信じられなかった。しかし全て現実なのだ。

「はい、これにて試験終了です。お疲れ様でした」

 アナウンスと同時に、大きく息をついて早音がその場に座り込む。

 その顔には流石に疲れの表情が浮かんでいた。

「疲れたぜチクショウ……もう無理だ」

 彼女の周囲に広がっていた炎が、何事もなかったかのように消え去る。どうやら早音の意思で炎を消すことも自由自在のようだ。

 やがて、別室にいた谷内が有紀たちの元へと戻ってきた。

「これで早音ちゃんの能力試験の方は終了です。いつも通り、元気な炎でしたね」

 それを聞いて、蓮二がスキンヘッドの後頭部をさすりながら苦笑する。

「いやぁ、いつもやんちゃで困ってますわ。もうちょっと抑えめにやることを覚えてくれりゃあいいんですけど」

 そう応える彼は、まるで娘の素行を心配する父親のようだった。

「でも、早音ちゃんは変わりないみたいで安心しました。次は血液採取と脳波スキャンなんで一階の検体採取室なんですけど、ご一緒した方がいいですか?」

「いえ、大丈夫ですよ。場所は分かりますから、早音が戻ったら連れて行きます。谷内さんは三夏の方の試験、あるでしょ」

 そう言う蓮二に軽く頭を下げてから、谷内は有紀と三夏を見た。

「じゃあ、お言葉に甘えて。那矢さん、三夏ちゃん、行きましょうか」

「三夏の試験は、ここではやらないんですか」

 てっきりここで早音に続いて試験を行うと思っていた有紀が聞いた。対して谷内が口を開いて説明しようとしたが、その前に三夏が話し出す。

「私と早音では能力が全く違いますから。試験項目も違うので、試験場も違うんです」

 そして、彼女は谷内に早く行きましょうと促した。白衣の女性と少女が歩いていくのに有紀も早足でついて行く。

 その姿を蓮二が見送っていると、ようやく一息ついて歩けるまでに体力を回復させた早音が試験場から戻って彼の隣へやってくる。

「どうだったよ、オッサン」

「まあ、いつも通りだったな。実戦ではもっと抑えろよ」

「へいへい。なあ、一階の自販機で何か炭酸買ってくれよ。喉乾いちまった」

「まだダメだ。血液採取が終わってからな」

 それを聞いて、早音が軽く舌打ちする。そんな早音の肩を叩いて、一階へと向かうよう蓮二が促した。


 谷内に連れられ、有紀と三夏はエレベーターで七階へと上がった。

 行き先階ボタンの数から考えると、この研究所は地上七階の地下三階、計十階建ての構造のようだった。

「もしかして、各魔法少女のための試験場があるんですか。ここって」

 目的階にたどり着き、扉が開いた時に谷内に疑問に思ったことを聞いてみる。

「一人一試験場ってわけじゃないんです。ただ、三夏ちゃんの能力は測定するのにちょっと場所を取るので別なんです。あとは下の階に、大阪にいる宮子ちゃんって子のための専用の試験場があります」

 三人は淡白な白の廊下を進んでいく。複数の何のためのものか分からない部屋を過ぎていき、やがて一つの大きな四角い施設の前へたどり着く。

 形状は先ほど早音の試験を行った試験場とほぼ同じだ。四面は強化ガラスに囲まれており、その天井には一本のレールが設置されていた。レールは試験場の奥、別の部屋まで繋がっているようで、そのレールからは巨大で平たく丸い板のようなものがつり下がっている。まるで海外の映画でよく見る精肉店で天井から釣られる豚肉のようだ。

「ここが三夏ちゃんの試験場です。三夏ちゃん、入ってもらえるかな?」

「分かりました」

促され、三夏は試験場の中へと入る扉へと向かっていく。

そこで有紀は気づく。今日彼女はいつもの仕事道具である日本刀を持ってきていない。試験とは言うが、一体どうするつもりなのか。

「三夏、いつもの刀がないけどどうするんだ?」

三夏の後ろ姿に向かって、有紀が言った。だが彼女は特に振り返ろうとはしない。

そのままガラスに囲まれた部屋の中へと入っていった。

「どうすんだ、一体……」

「もし良ければ、一緒に来ます? 別室の方に」

三夏の姿を目で追いかける有紀に、谷内はそう声をかけた。

「いいんですか?」

「大丈夫ですよ。天井のカメラの映像も見られますから、普段よりも色々な角度から三夏ちゃんの能力が見られると思いますよ。こちらです」


谷内に連れられて有紀がやってきたのは、三夏のいる試験場のちょうど裏側に位置する部屋であった。部屋の中にはいくつかのモニターが置かれており、試験場のカメラが捉えている三夏の姿を複数の方向から映し出している。

谷内に勧められるがままに、有紀は手近な椅子へと座った。

「じゃあ、三夏ちゃん。試験を始めますね」

谷内はマイクに向かって話しかける。モニターに映る三夏がうなづくのが見て取れた。

それを見た谷内が、手元にあったボタンを押す。

すると、試験場の天井のレールから吊り下げられた板のようなものがゆっくりと動き出し三夏の前まで進んでいく。彼女の3mほど前まで来ると、それは止まった。

「あれ、何だと思います?」

突如、横にいた谷内が有紀に聞いてきた。

「さあ……でも三夏の試験用ですよね。何か強度があるものなんじゃないでしょうか」

「その通り。あれは防衛省さんから譲ってもらった戦車の装甲を加工したものです。今、自衛隊で運用されている戦車に実際に使われてる装甲ですよ」

「そんなものを……三夏が壊すんですか?」

「信じられませんか」

赤眼鏡の研究者は、そう言って有紀のことを覗き込む。彼の反応をとても楽しんでいるようだった。

ふと、有紀は思い出す。前に真司が初臨場の時に言っていたことを。

「うちの上司、臥永が前に言ってました。三夏にとっては戦車を破壊することも朝飯前だって」

「臥永さんの言う通りですよ。ほら、見てください」

谷口がモニターの一つを指差した。

映し出された三夏はゆっくりその装甲へと近づいていく。右足の爪先で軽く地面を叩くと、そのまま目の前に向かって回し蹴りを決めた。

装甲はいとも簡単にいくつかの破片へと形を変えて、試験場の中に散らばる。一部が強化ガラスに当たり、鈍い音をたてた。

「……すごいな」

予想はしていたものの、実際に目の当たりにするとやはり驚かされる。

「那矢さんは、三夏ちゃんの能力のことはどのくらいまで把握を?」

モニターを見ながらキーボードで何かを打ち込む谷内は、有紀の方を見ずに言った。

「お恥ずかしながら、基本的な所だけです。彼女自身と彼女が持っているものによる打撃の際に、その質量を通常の人間の数十倍まで引き上げることができるって」

「ええ、概ねその通りです。ただ、これまでの研究の結果三夏ちゃんの能力発動時にあの子の筋肉や骨格に変化は見られません。脳の動きに、若干通常とは異なる反応があるくらいですが、それ以外は何もないんです」

「つまり三夏の能力が発動する時、あいつはあくまで普通の人間の状態だと?」

有紀の要点を掻い摘んだ言葉に谷内はうなづく。

彼女が再び手元のボタンを押すと、また新しい丸い板が試験場の奥から現れた。先ほどと同じように三夏の前まで動いて止まる。

「あれも戦車の装甲ですか」

「いえ、もっとすごいです。アメリカのNASAから取り寄せたスペースシャトルの底に使われている素材で出来ています」

谷内は引き続き楽しそうな声で答えた。

「今回初めて仕入れたんです。果たして三夏ちゃんがあれを破壊できるかどうか……」

谷内のモニターを見る目は期待に満ち溢れていた。有紀も興味深く、モニターに映る三夏の姿を見つめる。

そして、三夏は拳を握るとそれを目の前の物体へと叩き込んだ。



















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マジカル・マサクル 夏場冬物 @whoismissy

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