第十一話 力 2

 一台の灰色のセダンが、常磐自動車道を北へと向かっていく。

 普段は覆面パトカーとして使用されているその車両の中では運転席に有紀、助手席に蓮二、後部座席に魔法少女の二人である早音と三夏が座っていた。

 今日の目的は臨場ではないため、バスのような大型人員輸送車は使わずに通常の乗用車での移動である。

「おっ、利根川が見えてきたな」

 蓮二が窓の外から見える大きな川を見てつぶやいた。千葉県と茨城県の間を流れるその川は緩やかに流れている。

「じゃあ、そろそろ筑波に入りますね」

「ただ人類研は筑波に入ってからが長いんだ。いくつか研究施設が集まっている地区にあるからな」

「この辺は、自分は来るのは初めてですよ」

 ハンドルを握り前を見ながらも、有紀は蓮二に答える。

 都内に住んでいて公共交通機関に恵まれている有紀にとって運転は大学の友人たちと行った卒業旅行以来であったが、運転はやはり体が覚えているもので特に問題がなかった。


「いっつも思うんだけど、試験場ってホント遠いよな。もっと都内に作れっての」

 後部座席でスマートフォンをいじりながら、早音が不満を口にする。三夏の方は特に何をするでもなく、窓から流れていく景色を見ていた。

「大体、研究所ってもんはそれなりの敷地が必要になるからな。都内にはそんな土地はないんだよ。だから茨城とか、そっちの土地が余ってるとこに作られる」

 蓮二が前を見たまま答えた。

 窓の外に映る景色からはビルは減り、次第に一軒家や自然が増えてくる。車も都内に比べると随分少なくなり、運転する有紀にとっては楽である。

「人類研って……よく知らないですけど何やってるとこなんですかね」

 目的地に向かって運転しつつも、有紀はそこがどういう場所なのかは知らなかった。今はカーナビの指示に従って車を向かわせているだけである。

「正式名称は独立行政法人どくりつぎょうせいほうじん人類能力研究機構じんるいのうりょくけんきゅうきこう。文部科学省の附属機関だ。大層な名前をつけているが、要は日本における魔法少女研究の唯一にして最大の機関だよ」

 蓮二はカーナビで現在の位置を確認しながら、有紀の問いへ答える。

「へえ……魔法少女の研究は、警察庁の管轄じゃないんですね」

「専門分野が違うんだとさ。魔法少女の能力に関する研究は科学分野だから、文科省の担当なんだと。実際、警察じゃ研究できる設備も人員もいないしな」

「研究っていうと、実験とか?」

「おいおい、魔法少女を使った人体実験は国際条約で禁止されてんだぜ? そんな危ないことはやってないよ」

「それくらいは知ってますよ……ルツェルン人道条約でしょ」

 魔法少女が出現し始めた70年代から80年代、世界各地で現れた魔法少女たちの正体を解析しようと秘密裏に多くの人体実験が行われた。特に当時のソ連では公表されていない軍の研究所で複数の少女を使った実験が行われたという。

 そのような非人道的な実験を防ぐためにスイス郊外の都市・ルツェルンで結ばれた国際条約が『ルツェルン人道条約』である。この条約によって、魔法少女に対する本人の合意なき人道実験は完全に禁止されていた。

「そう。だから人類研でやってるのも、あくまで条約で認められた調査だけだよ。今日早音と三夏がやるのも定期能力試験だ。魔法少女がそれぞれ持ってる能力に変化がないか、実際に能力を使ってもらってテストする。半年に一回やるのが義務付けられているんだ」

「毎回毎回、クソ面倒だっての。何度もチカラ使わされて……」

 二人の会話を聞いていた早音がまたしても不満を漏らす。

「私も、この試験は面倒……採血もされるし」

 外を見ていた三夏の方も早音に同調した。

 四人を乗せたセダンは、研究所まで続く最後の一本道に入ろうとしていた。


 人類能力研究機構の建物は、いかにも研究機関というような佇まいであった。

 全面がガラス張りの四角ばった構造が特徴的なその建物に入る手前のゲートまで車を進めると、有紀はそこでフロントガラスを少し下げた。

「警視庁異常存在対策2課の那矢と石ノ巻です。照会お願いします」

 ゲートの係員は手元のPCで今日の来訪者記録を調べる。そしてすぐに顔を上げて、有紀たちの方を見た。

「お疲れ様です。定期能力試験で四名様ですね。館内にいる間は、これを首から下げておいてください」

 有紀は係員からトラップのついた四つの入館証を受け取る。隣の蓮二と後ろの二人に配ってから、有紀は駐車場のある地下一階へ車を回した。

 車を駐車場に止めて、四人は地下の入館口から研究所の中へと入る。一階へと上がって受付で目的を伝えると、担当の者が降りてくるのでそのまま待つように伝えられた。

 待ちながら、有紀は館内を見回す。白を基調とした壁に囲まれ、ガラス張りの外からは太陽の鋭い日差しが差し込んできていた。落ち着いた雰囲気であるが、周囲をよく見てみると至るところに監視カメラが設置されており、物々しさを感じさせる。警備員の数も多かった。

「結構警備が厳重なんですね。どこもかしこも監視カメラ……」

「魔法少女の生体情報は一応、国家機密だからな。魔法少女の血液や皮膚片は数億円の価値があるらしいし、それをここで保管してるとなれば厳しく警備もするさ」

 有紀と蓮二の二人がそんな会話をしていると、一人の白衣を着た女性が有紀たち四人の方へと歩いてきた。ショートヘアの黒髪に赤いメガネが特徴的で、年齢はまだ若そうに見える。

 四人の前までやってくると、女性は一礼した。

「お待たせしました。石ノ巻さん、いつも遠いところ申し訳ありません」

「谷内さん、お久しぶりです。前回の試験以来ですね」

 谷内と呼ばれたその女性と蓮二が握手を交わす。二人は旧知の仲であるようだった。

 そして女性、谷内はもう一人いた有紀のことを見た。有紀も彼女に対して手を差し出して自己紹介をする。

「初めまして。警視庁異対2課の那矢です」

「ああ! 臥永さんから連絡いただいてますよ! 初めまして、人類研・特別能力調査三室の谷内です」

「おっ、谷ちゃんじゃん。おひさー」

 握手をする有紀と谷内の後ろから声をかけてきたのは早音だ。黒のジャンパーのポケットに突っ込んでいた右手を出して、挨拶代わりに振っている。

 谷内の方も彼女に手を振り返して答えた。

「早音ちゃん、久しぶり! 早音ちゃんも半年ぶりだねぇ。三夏ちゃんのほうは前回会えなかったから、ほぼ一年ぶりだよね?」

「そうですね。お久しぶりです」

 谷内は早音の隣にいる三夏にも声をかける。三夏の方はといえばいつも通り素っ気なく返した。

「早音ちゃんの監督官は変わらず石ノ巻さんですよね。ということは、那矢さんは……」

「ええ、三夏の監督官をやってます。まだ一ヶ月ですが」

「なるほど。三夏ちゃん、新しい監督官さんとはどう?」

 ひょいと谷内が視線の先を三夏に向けて聞く。

 有紀は少し胸が冷える思いがした。彼女が有紀のことを人に対して何と言うのかは全くの未知数だったからだ。

 普段のことを考えれば、相当な酷評が出てきてもおかしくはない。

「那矢監督官とは上手くやれています。優秀な方なので」

 が、有紀の不安とは裏腹に三夏はそんな回答を返す。それを聞いていた蓮二が鼻を鳴らして笑い、早音の方は軽く口笛を吹いた。

 有紀もほっと胸を撫で下ろすと共に、三夏にも対外的な受け答えが出来るんだなと思い彼女をちらと見た。その顔はやはり無表情で、何を考えているのかは読み取れない。

「では準備は出来ていますので。皆さん、試験場の方へどうぞ」

 谷内に促されて、有紀たち四人は彼女について行くように歩き出した。


 大型のエレベーターで三階まで上がり、その後いくつかの扉を抜けた先に『試験場』はあった。四面を透明の強化ガラスで覆われた四角い巨大な部屋。床は白く、天井の照明の光を反射している。天井の四隅には、研究所の各所にあるのと同じ監視カメラが設置されていた。

その目の前に立ち、有紀がそっとガラスに手を触れた。

「ただの強化ガラスじゃないんですよ。銃弾はもちろん、ロケットランチャーの攻撃を受けても破壊されない特注のものです」

谷内が少し自慢げに説明した。

有紀の方も、素直にその性能に感心する。

「すごいですね。そんなものが……」

「彼女たちの能力試験をするための場所ですから、頑丈さは重要ですよ。では、早速ですけど……」

谷内は二人の魔法少女、三夏と早音を交互に見る。

「二人の試験、どっちから先にやります? どちらからでも大丈夫ですよ」

「じゃあ、早音の方からお願いしましょうか。元々予約、入れてましたし」

蓮二が少女たちに代わって答えた。

アタシが先かよ、と早音が小声で悪態をつく。

「では、早音ちゃんから先に試験場へお願いします。の道具は……」

「大丈夫だよ、アタシ持ってっから」

そう言って、ジャンパーに手を突っ込んだ早音が先導する谷内のあとについて行った。その後ろ姿は、服装を指摘されて生徒指導される不良のようである。

見送りながら、有紀が蓮二にある疑問を問いかけた。

「あの、石ノ巻さん。さっき谷内さんが言ってた着火用の道具っていうのは?」

「そうか。那矢は早音の能力、まだ見たことがなかったな。まあ見てろよ。面白いものが見れるぞ」

「面白い……もの?」

「何というか、サーカスのすごいバージョンみたいなもんだな」

二人が話している合間に、早音がガラス張りの試験場の中へと入ったのが見えた。

彼女はつかつかと部屋の中央部分へと歩いて行く。

「早音ちゃん、準備はいい? よければ60秒後に試験開始します」

どこかにいるのであろう谷内の声が、試験場の天井に設置されたスピーカーから聞こえてくる。

声に応えるように、早音が上を向いた。

「アタシはいつでも。早く始めようぜ」

そして、早音はジャンパーのポケットから手を出す。その手には、銀色の小さなものが握られている。

「何だあれ……?」

それを視認した有紀が、不思議そうに呟いた。形は四角のように見えるが、有紀からは少し遠くはっきりとは見えなかった。

「では、試験開始まで十秒。リラックスして、いつも通りにね。開始まで五秒、四、三、二、一」

谷内のカウントダウンが進んでいく。

「では、試験開始です」

瞬間。

早音は手に持っていたものの蓋のような部分を親指で開けて、宙へ放り投げた。

























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