Ⅶ 呪いの石

 ちょうどフランの手の平に収まるくらいの大きさで、丸や四角と言えるような整った形はしていない。

「金塊ではなさそうだね。素材は石? いや金属かな?」

「刻まれてるのは文字だよな」

「うん。全然読めないけど、古代文字かな」

 文字には見えないふにゃんとした形や、記号のようなものが細かく並んでいる。


「この形からすると、何かが書かれたものを割った欠片の一つなのかな」

「言われてみりゃそうも見えるわな。ところで、それ金になんのか?」

「さあね」

 フランから手渡されたのを、ルゥもまじまじと見つめた。それなりの重さがあり、ところどころ金色が剥げている。


「こんな大きなものがよく体の中に入ってましたね」

「うむ。ご遺体の体中に異物があるのは、少なくない。手術の時に器具を腹の中に置き忘れられたまま健康に過ごし、火葬して始めて気づいたということがあるものだ」

 モノリが説明してくれると説得力がある。


「オーナー、ご遺体はやはり魔物かと。刃物では歯が立ちませんでした」

「どうやったの?」

「それは——」

「あんま詳しく言うとアレなんだがな。まず傷口をグリグリ広げるように剣を立ててだ」

「うわ、詳しく言ってくれなくていいや。つまりデビッキが言う第一の可能性は確定。で、この塊が何なのかによっては、第二の可能性もあるってことだね」


 遺体の女性は魔物であること。そして何かの装置には見えないが、体内にあったこの金色の塊が遺体の鮮度を保つ作用を引き起こしているのかもしれない。両方ゆえに、フランの炎でも燃えなかったのだろうか。

 その時ちょうど、受付から「デビッキ司教がお見えです」と連絡が入る。もうすぐ火葬場も営業終了という時刻だから、向こうも仕事を終え駆けつけたのだろう。


「どうだった? 解剖できた?」

 現れたデビッキは祭服から私服に着替えていたが、相変わらず輝きが半端ない。一体どちらの王族かという繊細な刺繍が施された白地の上下に、濃いブルーの詰襟シャツのコントラストが眩しすぎる。


 だが、フランの手の中にある金色の塊に目を留めると、デビッキの顔色がサッと変わった。

「フラン君、それっ」


 塊を渡そうとしたフランの手ごと両手で包み込んで、顔を近づける。その横顔は、ルゥに「エロ司教が!」と言わせぬほどに緊迫していた。


「君はこれが何かわかるの?」

 問いには答えず、フランの手を取ったまま塊を裏返してみたり、刻まれた文字や記号を指でなぞって確かめている。


「デビッキ、高位の悪魔祓いともあろう君が、手が震えているね」

「おれのことをインチキって言ったのは、フラン君の方だけど」

「富裕層相手に売りさばいてる、ありがたい聖護札はインチキでしょ? けど君の法術は正真正銘のはず。昨日だって葬還の術だっけ、術式は簡略化してたものの、手抜きはなかったと思うよ」


「ちゃんとおれのこと見ててくれたんだ」

「君の本気なんて、そうそう見せてもらえないからね。高い報酬払ったんだから見ておかなきゃ損でしょ」

「素直じゃないなぁ。おれに惚れ直してくれた?」

「一回も惚れてないよ」


 そんな軽口を交わすうちに、デビッキは本来の落ち着きを取り戻したようだ。フランに向けてちょっとだけ口角を上げ、手を離す。

「これは呪いの石——スヴァルト・ストーンだ」


 美声が告げてきた、にわかには信じがたい言葉に全員閉口する。それから少し言いにくそうに代表したのはフランだ。

「君はラグナ教会のエリート司教だし、知識は相当なものだよ。でもスヴァルト・ストーンなんておとぎ話じゃ……」

「実在するんだよ。文献がちゃんと残されているんだ」


 これはどういう展開になるのかと全員がかたずを飲んだが、一名そうでない者がいた。

「一体何なんだ、なんちゃらストーンってのは? 俺にも分かるように説明してくれよ」

 ドカッとバルドは床にあぐらをかいた。するとデビッキが、真剣な顔で語りだす。


「いつ、どこで、誰が何のために作ったのかは解き明かされていない。二十二個あるという全ての欠片を集めると一つの文書になっていて、そこには支配者に与えられるべき大いなる力について書かれているとか、世界の終焉を表す予言書だとか、様々な説があるんだ。そしてスヴァルト・ストーンを手にした者は全員、一週間以内に謎の死を遂げている。これが呪いの石と呼ばれる所以ゆえんだね」


 一週間以内に死ぬ。だとしたらもう、呪われてしまったのだろうか。まさかと思うが、デビッキの表情からはいつもの冗談めいた明るさは一筋も読み取れない。

「これを見る限り、文献に残された特徴とぴったり一致するんだよ」

「ふぅーん、何が書いてあるのか分かんねぇのに謎の死ねぇ。単なる七不思議なんじゃねえの」


「信じてないね。最初に発見したのがバルド君なら、この中で最初に死ぬのも君なんだよ」

「ふぅーん。で、なんだ。今から教会でラグナ神に祈れってのか? それともインチキ聖護札を買えって?」


「そんなことしても無駄だよ。例外は無いんだ」

「ふぅーん。じゃ石には人に見られちゃマズイ黒歴史でも書いてあんのか?」

「それだよバルド君。解読が一向に進まないのは、発見者がもれなく死んでいるのと、ほとんどの欠片が行方不明だからなんだ。人の手に渡るうちに世界中に散らばっていったか、あるいは誰かが収集しているのか。ベルジェモンドと同じで、稀に闇オークションで出品されることがあるらしいからね」


「デビッキ、君はその誰かに見当がついているんじゃないのかい。君を震わせるほどの人なんて、そう多くはないよね」

 フランに直球を投げつけられ、デビッキは口をつぐんだ。


「黒羽の主、なのかな」

 新市街の丘の上にある、異界への入り口のような漆黒の館に住む人物だ。デビッキは否定しない。

「ライザ署長が医学者だと言っていたね。どういう人なの?」


「……直接会った事はないんだ。取引にはいつも前金で支払ってくれるし、これまでトラブルはない。医学者でとても研究熱心と聞くから、きっと博識なんだろうな。でも手紙の文体や筆跡を見ると、背中に黒い羽根を持っていても不思議じゃない、常人離れしたものを感じるんだ」


「黒羽の主ならスヴァルト・ストーンを集めていても不思議じゃないと?」

「それだけの財力とコネクションは確かだし、解読もできるかもしれない。それ以上になんていうかな、呪いを凌駕しそうな不気味なものを感じるんだ」

「悪魔祓いとしての君の勘なのかな。そういうのは信じたほうがいいね」

 

 直接会ったこともない相手にそうまで感じさせるとは、黒羽の主とはまるで魔物、いや悪魔か神か。


「ねえデビッキ、呪いに例外はないと言ったね。君の法術で解呪はできないの?」

「それには呪いの元が分からないと駄目なんだ」

「するとここにいる全員、余命は最長であと一週間なんだね」

「おいおいおい、呪いってのはどんなヤツだよ? はアん? 俺を誰だと思ってんだ。前科八犯の大罪人だぜ? 戦の最前線に八度立って生還してんだ。これまでの発見者の中じゃ俺が最強だ。呪いのヤロウも未だ出会ったことがねぇくらいな」


 そうかもしれないが、しかし誰も楽観視して笑えない。フランの言う通り、全員関わってしまったのだから。あのご遺体、なんてことをしてくれたんだ!


 沈黙の中を、カタンと乾いた音がやけに大きく響く。音のした方を見ると、戸口に立ったナユの足元に杖が転がっていた。

「死んでしまうのですか? バルドさんが」

 ナユの声は震えている。


「どうして……? どうしてバルドさんが? いや。目が覚めたら誰もいないなんて、みんな死んでるなんて、もういや! いやぁああ!」

 一気に涙が溢れて、その場に崩れるナユ。あぐらをかいていたバルドが、のそのそとそばに寄った。

「ああ? 俺が死ぬわけねぇだろうが。泣くんじゃねえよ。せっかく綺麗にしてもらったのに台無しだろ」

 そう言って背中に手を添えると、か細い腕でナユがバルドの体にしがみついた。

 一番驚いているのはバルド自身だ。


「おぁ……な……」

 大の三十路男が目を丸くして、この小さな存在をどう扱って良いのか、真剣に困っている。

 

 そんな二人を見て、フランが静かに立ち上がった。

「正式な悪魔祓いを前にして悪いけど、僕は正体なき呪いや悪霊なんてものは信じない。もちろん、おとなしく死ぬつもりはないよ。呪いの正体は必ず見極める」

 ルビーよりも深い赤の瞳がデビッキ、モノリ、ルゥ、そしてバルドとナユへと順に向けられる。


「君の言いたいことは分かるよ、デビッキ。黒羽の主は魔物だと思うんでしょう? それも特別な存在の。けど、魔物の血なら僕の体にも少しはある。なら僕だって呪いを凌駕してみせるよ。誰も死なせはしない」

「フラン君……」

「あのっ! おれはフランさんについて行きます。どこまでも」

「私もです、オーナー」


 二人からもまっすぐな視線を向けられて、ずっと固かったデビッキの表情がふっとほぐれる。

「まいったなぁ、二人もライバル出現じゃん」


 どうやら、俄然やる気になったようだった。

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