冒険はどこでも

花邦イチ

冒険はどこでも

 「今日は点滴四本行くよ」と告げられ、日中の歩行訓練をさぼれるとマスクの下でしっかりガッツポーズをとった。

 液晶画面の向こうではすでに仲間が冒険へと旅立っているのだ。ぐずぐずしてはいられない。

ベッドに腰かけはやる気持ちを抑えながら、看護師の指示通り水をたっぷり飲む。

向かいの患者はいびきをかきながら昼下がりを持て余し、そんな患者の容態を把握する看護師たちの足音が快活だ。

ここから先はどんな音も耳には届かないだろう。

どこかのナースコールも、隣の患者の屁も。

唯一この冒険の手を止められるのは、生理現象が引き起こすトイレコールのみ。

 

 アクセスにかかるわずかな時間すら惜しい。

ようやく開かれたページが語るのは、熾烈しれつを極める戦闘の行方。

点滴が終わるのが早いか、魔物を倒すのが早いか。

体を斬られるのはさぞ痛かろう。

術後の痛みに寝返りすらまともに打てない自身の腹部に手をやる。痛い。

家族を奪われ、仲間を傷つけられ、それでも進むことを選んだ彼の背中に冒険者としての宿命を見た。

 早速呼ばれたトイレコールと遠ざかるバイクの音に、ふと家で待つ家族の顔が浮かぶ。

いや、今ではない。

いま我が身が背負うべきは、負傷した仲間を連れながら次の戦闘をいかに乗り切るか考えることだ。

やはりここは回復魔術でいくのが良策だろう。

力技も捨てがたいが。

別の展開が待ち受けていることなど全く想像だにせず、固唾かたずを飲みスクロールの速度を落とす。

あらゆる魔術と攻撃に彩られた戦闘は更なる仲間を呼び寄せ、この身にまばたきを一切許さない。

すると、魔物を滅するかのごとく『夕飯前の薬と風呂』のアラームが冒険をぶった斬る。

確かに音はない。だがこれは振動という物理攻撃に他ならない。


 願わくば、この手に時を操る魔術が宿らんことを。せめてあと10分だけでも。













さて、この続きは?





既にあなたの手の中で始まっている。









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