車の中にて

 しばらくの間、透の運転で車を走らせていた。澪は、自分の愛用の銃を磨いており、満は、何かの部品を合わせたりして、器用に銃弾を手作りしていた。


「そういえば、結衣ちゃんはどうしてあんな所にいたんだ?」


 運転をしていた透が助手席に座っていた私を横目に見て、質問をしてきた。


「研究所みたいな場所で目を覚ましたんですけど…のどが渇いて、飲み水を求めてあてもなく彷徨ってた感じです」


「研究所!?そこに食べ物の貯蓄とかはあったりするか?」


 透は、研究所という言葉に過剰に反応し、食い気味に質問を重ねた。


「見た感じありませんでした。もし、あったとしても食べられる状態か定かではありません」


「そっかぁ~残念。じゃあ、予定通り目的地は大型ショッピングモール跡地かな」


「ショッピングモールですか?」


「そうそう。まあ、俺たちも人間なわけで何か食べないと死んじゃうわけですよ。だから、食べ物のありそうなところに寄り道しながら旅をしてるってわけ」


 そういえば、私目覚めてから水以外何も口にしていない。空腹を意識すると無性に何かを食べたくなる。ここは我慢だ。我慢するのだ。


「満、缶詰とってくれ」


 私の表情から私が空腹なのを読み取ったのか、心の声を読んだのか、透は食べ物をとるように指示を出してくれた。


「今、集中してるから無理…です」


「じゃあ、澪。頼む」


「ほーい」


「ついでに蓋もあけてくれ」


 そして、しばらくして私の手元にほんのりとした甘い匂いがする魚の煮付けが入った缶詰がやってきた。


「い、いただきます!」


 おいひぃ…!!空腹は最高の調味料というが、ここまでおいしくさせるとは…!いや、それだけじゃなく元から素晴らしすぎるほどにおいしい!ほろりと口の中で綻び、甘みがふわっと口の中に広がる感じ。いくらでも食べられる!


 私は、無我夢中で食べ続けた。それはもう、貪るという表現が正しいといえるほどに。


「あ、ちなみにそれ、最後の缶詰だから」


 ごっくん。


「え?」


 私は手元にある空になった缶詰に目を落とした後、透の方に視線を移した。申し訳ないというようなうるうるとした目線でじっと見つめることしかできなかった。


「もう今の俺達には食べるものがないってことだよ」


 透は、にこっとした表情で爽やかな笑みを浮かべこちらに顔を向けた。


「今から吐き出します」


「待って待って待って!その分、後で働いてもらうから!ここで吐き出すのはやめて!あと、吐き出されたものを食べる気にはなれない」


「それもそうですね。頑張ります!」


「う、うん。結衣ちゃんって相当変わってるよね…」


「透には言われたくないのですが…」


 私は、腹が満たされたことに満足すると、ふと、ある言葉を思い出した。


「そういえば、保護してもらった時に新種のって言ってましたけど。ミュータントって何ですか?」


「あぁ~それね。なんて言ったらいいんだろ…うーん。あっ、ちょうどいいところに」


 そう言った透の目線の先には、砂漠のど真ん中で立ってる一人の人影が見えた。


「私の時みたいに保護しますか?」


 透は、私の言葉に反応することなくアクセルを踏み込み、スピードを上げていく。


「あ、あの…と、透さん…?」


 そして、その人影がだんだんと近付き、はっきりと紫色に変色しかけている顔が見えた瞬間、ゴスゴリゴリがたんっ!といった音とともに何か人っぽいものを踏み越えたようなそんな生々しい感触が車越しに伝わってきた。


「ぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ」


 私は、横窓にへばりつき先ほど通った後がどうなってしまったのかを凝視する。


「ナーイストライクショット!!」


 後部座席では、澪がのりのりで前席まで身を乗り出しテンション高めに片手を高く突き上げ、謎の言葉を発していた。


「つまりはそういうことだ」


 透は、片手をピストルポーズにし謎のウィンクと共に私に言い放った。私は、ただ「えぇ…」と困惑することしかできなかった。


 ど、どういうことだぁ…。全く理解が追い付かない。轢いた。轢いたよこの人。躊躇なくスピードを上げて轢き殺しちゃったよ…この人。それも、澪に関してはナーイストライクショットって…何ですかそれ…。


「か、火薬少しだけこぼしちゃった…」


「満!?」


 後部座席では、いろいろトラブルも起きているみたいだし私は理解できないし。ほんとにどういうこと。


「まあ、なんだ。ミュータントって奴らは、この世界が砂にあふれてしばらく経ってから突如として現れたんだ。そんでもって、そいつらは人を見るなり誰彼構わずに襲い掛かるんだ。それで何人の奴らが死んだかわかんねぇ。だから、俺たちは銃で対抗することにしたんだ」


 ということは、この世界が砂に覆われた原因と何か関係するところがあるのかも。つまり、ミュータントは私たちの敵ってことなのかな。


「ミュータントについてもっと詳しく教えてください!」


 透は、少しの間何かを考えるように下を見つめた後、口を開いた。


「俺たちもミュータントの生態については、よくわからん。ただ、あいつらは何かしらの建物の跡地に多くいるな。毎回、食料やら物資やらを調達する際にどこかしらの建物内を物色するんだが、決まってミュータントがいる。それもかなりの数な」


 だから、さっき研究所という言葉に過剰に反応したのかな…?少しでもリスクを下げるために。でも、どうしてそこまで命を懸けられるのだろう。もっと安全な場所で留まれば、そんな危険も負わなくて済むだろうに。


「どうしてそこまでして旅を続けるんですか?」


 その言葉を発した瞬間、車の中が一気に静まり返った気がした。数秒間、もしくは数分の間、私の言葉に反応はなく沈黙が続いた。そして、ようやくその沈黙した空間を終わらすように透が口を開いた。


だよ」


 その言葉には、とてつもない重みを感じた。その目的はこの人たちにとって命を懸けられるほどに重要なものなのだろう。私は、それが羨ましいと感じた。


 私には…。私には、命を懸けてまで旅をする目的がないからだ。もちろん、私は自分自身の『生きる意味』を見つけるために旅をし続けたいと思っている。でもその目的は私にとって本当に命を懸けられるものなのだろうか。


「結衣ちゃんにはないの?旅の目的」


「……あるにはあります。でも、その目的に命を懸けられるかと聞かれれば、言葉に詰まると思います」


「そっか。でもさ、別に旅の目的は些細なものでもいいんじゃない?」


「…え?」


「大事なのは、その目的をこなした先に幸せがあるかどうかじゃないかな」


 幸せがあるかどうか…。


 すると、後部座席から澪が身を乗り出してきた。


「私は、まだ結衣のことを仲間として信じてないけど…。それでも、一つだけ言わせて。旅の目的があるなら旅をし続けるべきだと思う。後悔しないように。私は、その…。できるだけサポートはするから」


 そう言い残し、後部座席へと戻り愛用の銃を再度磨き始めた。


「ありがとう、澪」


「ん…」


「もうすぐで目的地に着くぞ!探索の準備をしといてくれ」


 その言葉を聞き、前方を見るとそこかしこで砂からはみ出している建物跡地に比べて一回りも二回りも大きい巨大な建物の跡地がかなり遠いところからでもはっきりと見えた。


 今からあの建物の中に入るのか…。中には、きっとさっき話していたミュータントというのもいると思うし。とても危険な探索になるだろう。でも、食料を分けてもらった恩もある。何としてでも役に立たなければ…!


「腕が鳴るわね!」


 澪は、やる気満々といった感じだ。


「強そうなミュータントが出てくれるといいけど」


 やる気満々というか、あまりにも好戦的すぎやしませんか…。澪さん。


「あ、あまり銃弾をむ、無駄遣いしないでよね。作るのも大変だし…材料もあまりないんだから」


 満は、先ほど作っていた弾を箱に詰めながらそう澪にぼやいた。


「分かってるって!それに、弾の材料も取ってくるんだからある程度は許してよね」


「もーう。そ、そういって前なんて一体に対して何発も撃ち込んで無駄にしたくせに…」


「はいはい。気を付けまーす」


 満は、ちいさく「はぁ…」とため息をついた。それに対して、澪は今から行う探索がとても楽しみなのかとてもご機嫌であった。


 満は、本当に苦労人なんだろうなぁ。陰ながら自分なりに出来るだけサポートしていこう。


 そして、気が付くと大型ショッピングモール跡地はすぐ目の前にまで迫っていた。


 そして、今の私たちは知る由もなかった。この大型ショッピングモール跡地の探索で命を落としてしまいかねない事態に陥ることを――。

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