truthypanion~トラシパニオン~

神無月かなめ

目覚めと出会い

 砂に覆われた世界。この世界に吹く風は、生暖かくどこか不穏な気配を感じさせる。荒れ果てた地に跋扈する自我のない異形たちは、よだれを垂らす獣のように私たちを見て嘲り笑っているようにさえ感じる。先ほどまでとは打って変わって、猛獣のような異形たちの唸り声だけが辺りを包み込んでいた。


 私は、身動き一つしなくなった□□を抱きかかえた。


「……」


 時が止まったかのようにさえ感じた。今でも異形たちが私を獲物として狙っているというのに。思い出も過ちもかけがえのない絆も――その一つ一つが私にとっては宝物だった。


 嫌な風が無情にも静かに目を閉じた□□の顔に少しばかりの砂を運んだ。私は、それを優しく撫で落とす。しかしその後、砂の落ちた白い顔に一粒の雫が零れ落ちた。その雫は、もう一粒、もう一粒と次々にとめどなく零れ落ちていく。


「いや…いやだ。お願い、起きてよ!私を一人にしないでよ!ねぇ、□□…いつもみたいに挨拶してよ…」


 私の言葉に反応をするどころか、唇一つ動かすことのない□□に私はただただ歯を食いしばり、強く抱きしめることしかできなかった。


「守るって…そばにいるって…言ってくれたのに。こんなっ…こんなの……ひぅ…うぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ」


 ぷつり


 ◇◇◇


 冷たい金属板の感触を肌で感じ、私はゆっくりと目を開ける。


 中央にぽつりと置かれた割れたカプセル、古びた用途の分からない機械類、ところどころで切れた電線が小さな火花を散らしていた。数年、数十年、もしくはもっとそれ以上の年月、ここに人は来ていないのかもしれない。それほどまでに人の気配が全くしない。ぱちぱちとなる火花の音以外、何の音も聞こえない静かで寂しい場所だった。


 力の入らない体をやっとのことで起こし、ふらふらとした覚束ない足取りで壁に手をつきながら、一歩一歩着実に歩み進んだ。


 何の変哲もない金属板で覆われた床と壁がしばらく続いた。時に倒れそうになりながらも壁に両手をつき、何とかバランスを保つ。そして、着実に歩みを進めた。すると、しばらく歩いたところで光の差し込む出口が目に映りこんだ。


 私は、少しだけ歩くペースを早めた。少しでも早く外の世界に行きたいと感じたから。新しい街、新しい景色を見るときのような新鮮な気持ち、期待に胸が高まるそんな高揚感があった。


 出口から差し込む白光が徐々に近付く。そして、視界が白い光に包まれた。暗い場所から明るい場所に出たためか視界が慣れるのにしばらくの時間を要した。そして、ようやく慣れた頃、私は小さく「え?」と言葉を漏らした。


「うそ…でしょ」


 視界に映りこんだのは、だった――。


 ◇◇◇


 行き場のない私は、しばらくあてのないまま歩くことにした。歩いても歩いても景色は変わることなく、視界は砂で覆われていた。ところどころ、形を失い瓦礫と化した建物の跡が砂からはみ出していた。


 私の記憶は、どこか朧気で自分のことも今まで何をしていたのかもどうしてあの場所にいたのかさえも思い出すことができなかった。ただ、一つだけ言えるのはこの世界はこんなに荒れてはいなかったということだけだった。かすかに覚えていることもある。自分の肌をなでる温かくも優しい風、心の温かい人の存在、活気にあふれた街の賑やかさ。だからこそ、こんな世界ではなかったと確信を持って言えるのだ。


 この場所が私の住んでいた場所かどうかは分からないけれど――。


 その後もしばらく歩き続けた。砂に覆われているといっても暑いというわけではなかった。だが、生ぬるい風はかえって私ののどを渇かした。まだ、ふらふらとするがそれでも歩くのには大分慣れた。そこまで長く眠っていたという感覚はないが、久しぶりに歩いたような不思議な感覚があった。


 目的地がないのは正直、つらい。目的もなく、ただ盲目に歩き続けるほど苦痛なものはない。それでも、今の私にとってはそうするしかなかった。あの場所には、見たこともない機械ばかりで食べられそうなものもなく、飲み水すらも見当たらなかった。もしあったとしてもそれが食べられる状態だったかは定かではないが。


 まずは、水を見つけないといけない。限界が近いことは、自分が一番分かっていた。どこに飲み水があるかもわからない場所であたりを見渡しても砂ばかり。飲み水の気配すらしない。それでも、生ぬるい風もあって、のどは無性に渇いていた。早く見つけないとと思うほど、焦りとのどの渇きは増していく一方だった。



 ふと、そんな取り留めのないことを思った。でもその言葉を自然と今の状況に置かれた私は、納得してしまった。この水の気配がしない砂の中、のどの渇きを潤すため水を探す。それはとても辛いことだが、生きるためにはそうせざる負えない。でも、どうしてそこまでして生きようとするのかは自分でも分からなかった。


 でも、ここで死んではいけない。生きなければならない。そう、心の奥の奥。自分でも認知することのできない領域でそう感じ取った。私には生きなければいけない理由があるのだと思った。自分自身の『生きる意味』があるのだと感じたが、それが何かまでは今の段階では分からなかった。


 何時間歩き続けたのかはもう覚えていなかった。足がほんの少しですら動かせないぐらいに限界だった。私は、その場で膝をつく。もう立ち上がることはできないだろうと思った。このまま、倒れてしまえば楽なのに。そう、分かってはいるのにそれでもなお、生きようと藻掻く自分がいた。足は、もう一歩も動かせない。膝もついている。だが、上体は倒すことなくその状態を保ち続けていた。それでも、限界はいずれやってくる。


 何時間保ち続けていただろう。脚はもう限界で今にも倒れそうなほどぐらぐらと体を揺らしていた。


 私頑張ったよね――。


 そう思った私は、その場で崩れるように倒れた。ここで、死ぬ。倒れたと同時にそう思った。視界が薄れていく中、ただ変わらない景色だけが無情にも私の心を折ったのだった。


 ◇◇◇


「……が…るぞ!」


 私は、今までとは違う異変を感じ、すぐに目を覚ました。幸いにも目覚めたらあの世というわけではなさそうだ。


「せい……か…にんが…きだ!」


 だんだんと先ほど聞こえた異変の元。誰かの声がクリアに聞こえ始める。私は、自分がまだ生きていることを伝えるためひりつくのどに鞭を打って、声を絞り出した。


「生き…てます」


「生きてるぞ!よかった…今保護を」


「待って」


 優しそうな男性がそう言って、駆け足で近付こうとするのを釣り目の厳しそうな女性が片手を水平に上げ、それを制した。そして、私に銃口を向けた。


「この人、見たことのない服を着てる。もしかしたら、新種のかもしれない」


「…かもな。なぁ、君名前はなんて言うんだ?」


 名前…。そういえば、私の名前ってなんだろう。確か、名前はあった気がする。でも、それが何て名前だったのかは思い出すことができなかった。


「早く、答えなさい!」


 しびれを切らした女性は、焦らすように強い口調で催促した。


「わ、分かりません」


「名前が分からないって……じゃあ、好きな食べ物は?」


「分かりません」


「じゃあ、嫌いな食べ物」


「分かりません」


「趣味」


「分かりません」


 なに、その取り留めのない質問……。というか、のどが渇きすぎて返事するのも辛いんだけど…。


「も、もしかして…。言葉が通じない…とか」


 先ほどまでの声とは違う新たな声が聞こえた。その声の主を見ようと顔を少しだけ上げると、耐久性が高そうでどんな場所でも安定して走れそうな砂漠に適している見た目の車から先ほど話していた男性よりも一回りほど小さな…女の子が現れた。


「てことは、もしかしてエイリアン…とか!?」


 男性が、すべて合点がいったというように掌に拳をポンッと軽く打ち付けるジェスチャーをした。


 どうしてそうなった…。普通、記憶喪失の可能性疑うだろ…まず。まぁ、今の服装的にエイリアンに見えなくもないけれど…さすがにエイリアンには見間違われないと思う…。というか、エイリアンって言葉が通じるの…?


「そ、その前に…エイリアンって、言葉が…通じるんですか?」


 私の心の声をその小柄な女の子が代弁してくれた。


「じゃあ……なんだ?はっ!新種のエイリアンだな」


 冷たそうな女性がすべてを理解したというようにキリッとした表情で答えた。


 本人の前でそこまで言うか…。まずは、エイリアンから離れてください…。というか、早く水をください。その前に体を起こしてください。あなたたちはエイリアンの何を知っているんですかぁ。小柄な女の子…お願い。私の声を代弁してください。


「そ、そうかもしれないです!」


「ツッコミ不在かぁぁぁあああ!げほっげほっ」


 お、思わずツッコミを入れてしまった…。


「ぷふっ。あははははは!これは、間違いなく人だわ」


「あはは!だね。満、水用意して」


 優しそうな男性と釣り目の厳しそうな女性が腹を抱えて笑った後、私の傍に駆け寄り二人がかりで車の中に運んでくれた。そして、ペットボトルに入った念願の水を小柄な女の子に手渡され、ごくごくと飲み干し、のどを潤した。


「落ち着いたかな?」


「はい、助けてくださりありがとうございます」


「こんな状況だし、お互い様だよ。それで、自己紹介がまだだったよね」


 優しそうな男性は、小さく手を挙げた。


「俺は、月見里やまなし とおる。透って呼んでくれ。それで、こっちの荒っぽそうなのが」


 そう言って、上げていた手を釣り目の厳しそうな女性に向けた。


結崎ゆいざき みお。澪でいいよ」


「こう見えても、こいつ良い奴だからさ。仲良くしてあげてくれ」


 透がそういうと澪はギロッとした鋭い目線で透を睨みつけた。その目線からサッと顔を逸らし、コホンと一つ咳払いをしてから改めてと言い直して、小柄な少女に再度手を挙げ、向けた。


「こっちの小さいのが…」


「ね、猫橋ねこはし みつるです。き、気軽に…み、みみ、満って…呼んでください!」


「こいつ、すごい人見知りでさ。今もほんとは逃げたいくらいビビってるんだけど勇気出して挨拶したんだ。仲良くしてあげてくれな」


 みんな案外優しそうな人…なのかも。それに透って人は、みんなのまとめ役って感じがする。この三人組のリーダー的存在なのかも。澪は、見た目に反して優しい人なのかも。すごく、仲間想いなのはわかった。そして、満ちゃんはすごくかわいい。オアシスはここに存在していたんだね。


「でも、名前がないと呼ぶときに不便だよなぁ。あっそうだ。俺たちで新しい名前を考えるのってどう?」


「おっいいねぇ。じゃあ~つよしなんてどう?」


 澪は、すごい乗り気みたいだけど……その名前はない。絶対に。


「お、女の子に…その名前はないよ。雲母きららとか…どう…ですか?」


 満ちゃんが言うならその名前で~。って待て待て。あまりにもキラキラしてないですか?その名前。もっと、無難なのが…。


「それじゃあ、呼びにくくないか?お前ら仕方ないなぁ。ほら、あの呼びやすい名前が残ってるだろ?」


 透が自信満々に胸を張っていかにも素晴らしい名前がありますよと言いたげな笑みを見せた。


 まだ出会ってからそこまで時間もたっていないが、私は感じた。感じ取ってしまった。ものすごく嫌な予感を。


「そんな名前ある?」


「あるだろ!太郎」


 さすがに我慢できなかった。ぷつりと頭のどこかで堪忍の緒が切れる音がした気がした。


「顔を洗って出直してこい」


 すんなりと私の口から零れ出た言葉には、怒りがこれでもかと凝縮されていた。


「は、はひぃ。すいません」


「はぁ……。うー-ん。じゃあ、私の名前はこれから結衣ゆいと呼んでください」


「おぉ、まともだ」「まともね」「ま、まとも…ですね」


 ぱちぱちと三人が手を軽くたたいて称賛?を送った。腑に落ちないが一番まともだと思う。太郎よりは絶対ましだ。それより下もなかなかないが。


 そんな感じで私とこの三人の出会いは突発的にそして、変なやり取りを通してこれからの旅を共にすることになりました。


 私にとってこの旅は自分自身の『生きる意味』を見つけるためのものであり、この旅が終わるころには見つけていることを願うばかりです。

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