第4話

文化祭が始まった

もうすでに客がたくさん並んでいる。留美のクラスにはやはり男性客が多い。厳帥は客列とは反対の教室に沿った壁のところで中の様子を確認していた。厳帥は店内の様子を確認して料理班に足りなくなった品や客数の変化を連絡する役割である。LINEによる通話で行っている。しかし厳帥のこの一見生徒でもできるだろという行為には別の目的が平行していた。留美の容態の急変・・その監視である。突っ立ったままというのだからどうせなら連絡役をしようということで名乗り出た厳帥だったが文化祭が開始して4時間が経とうというときにとあることが起きる。

「君か?このクラスの責任者は。」

「い、いえ。責任者は今用事があってここにはいません。もうすぐしたら戻ってくると思うのですが・・。あの・・どうかしたんですか?」

「どうかしたでは無いよ。地域の人に運営の協力を仰ぐなんて・・。衣装の提供は承ったが・・連絡係なんて負担をかけるべきではない。」

「地域の人・・あ、厳帥さんのことですか。」

どうやら厳帥の協力は上の人たちには都合がよろしくないようだ。

厳帥が自分で名乗り出る。

「厳帥は私です。あなたは?」

「あ、失礼名乗り遅れました・・本校の学長の代理を務めています佐藤と言います。どうかそのような仕事は生徒に任せてお客様としてご来賓ください。さぁ・・」

厳帥は佐藤に手を差し出し握手を促す。その不自然な流れにあっけにとられた佐藤だったが握手しないと対応しかねそうなのでとりあえずという感覚で握手をしてしまった。

手を放そうとしない厳帥に動揺している間に厳帥が

「Cord H:406A27適用。」

握手が終わる。皆厳帥がなにをしたかったのかわからなかったが・・

「今回は失礼しました。ご納得の上ということですね。了解しました。では私は元の仕事に戻らせてもらいます。」

佐藤は今の握手ですべてを納得したかのように去っていった。

穂香が駆け寄って

「何言ったの?」

「別に大したことは言ってないよ。ただ「地域の人との交流はこういったところでも促進されるだろ。それにわたしの家はいろいろと顔が利くぞ」とは言ったがね。」

「ほんと何者なの・・・。」

穂香が啞然とする。

その後は問題なく留美のクラスは進行していった。教室の中で接客をしていた留美は佐藤との一件を後から聞き、厳帥への心の壁が薄くなっていくのを実感した。



【現在編】文化祭終了~光洋からの依頼

二日目も問題なく文化祭は進んでいった。

文化祭が終わり、教室は売上の集計待ちで、引き締まっていた生徒たちの意識も緊張がほどけてゆるやかに時が流れていた。

自販機で留美がジュースを買いに行くと厳帥もついてきた。

「お疲れ様。何か買ってやってもいいが?」

「ほんと!?じゃあこれ!」

「ファンタグレープだね?」

厳帥がボタンを押してあげた。

「ありがとー!はぁーご褒美だよーー!」

留美はごくごくと飲み始める。

それと同時に厳帥に着信が来て、留美に背を向けて電話に出る。着信は光洋からだった。

「腕の色が出たぞ!そっちはどうなってる!?」

厳帥の背後でファンタグレープのペットボトルが床に落ちて中身が廊下の床を流れる。留美は倒れていた。発作が始まったのである。

白黒の世界で厳帥は冷静にただ一言

「わかった。」

留美と厳帥は閃光を放って学校から消えた。


場所は光洋の部屋の一つ、地下室。

留美を抱えた厳帥が閃光の後に現れた。

「!!あぁあ留美・・・!」

光洋はこの世の終わりのような顔をしている。

「案ずるな。手はある。」

「あぁそうだったな・・。私のこの腕に刻んだプログラムを使えば!」

「いや、今使うのはそれでは無い。」

「どういうことだ!」

光洋は動揺を取り払えていなかった。

「君に刻んだのは移動ができる時間軸の変更性の強化を行うためのプログラムと・・・

「留美の呪いの起動を検出するプログラム。」

叶が地下室に入ってきた。

「いいタイミングだ。」

「叶・・お前・・・この件にやはり首を突っ込んでいたのか。あれほど言ったのに!」

「・・・。」

「はぁ・・。今は留美の体を結界として起動までの時間を固定している。だから時間にはゆとりがある。この時間で光洋に説明を行う。よく聞け。」

「っ・・・。」

「まず留美の呪いについてだが、起動直前まで待ったことについて説明しよう。留美の呪いは条件発動といって・・例えば留美の呪いなら対象が一定以上の充実感と達成感を得た直後に起動するものになっている。これまで起動しなかったのは奇跡だが・・おそらく彼女にとってそれらの感情は光洋に褒められることで起きるものだったのだろう。君が幼いころからほめることをしなかったのは有効だったな。条件発動を解呪するには起動時間の間しかできないものがある。おそらく術者が優秀だったのだろう・・留美の呪いの種類はそれだ。」

「誰がそんな呪いを・・・」

「お父さん・・厳帥ね、留美の前世と知り合いなのよ。」

「何?」

「それについては後だ。話を戻す。今回叶にも協力してもらっている。さすがに検出や時間軸補正、時間超越の役割を一人に任せるのは難しいと思ったからでもあるが、ほぼほぼ叶の押しに負けて決めたことだ。・・光洋、君にそれを伝えなかったのは叶から君がそれらの役割すべてをやるといって譲らなかなかったと聞いたからだ。」

「なぜ任せてくれなかった!!」

「代償を受ける器が足りなさすぎる。足りなかった器は留美のようななんの罪もない来世に任されることになる。同じことはしたくない。すまないね。私は任務以外での時間移動を許されていなくて・・・。」

「そんな・・・。」

光洋は納得できないというような様子を見せる。

「もう決まったことだ。黙って聞いてろ。」

「時間跳躍は代償が大きい。器は寿命と比例する傾向がある。だから余命が長い叶に任せた。光洋に刻んだ時間変更性を高めるプログラムは最新式ではないので、一度体に刻んでから出ないと使えないというデメリットがあるが特異性は十分に高い。巻いた髪は実は叶のものなんだ。叶には話していなかったが・・最終的に適任者は叶しか見つからないだろうと思っていてね・・・叶に手段を話す前に一本もらっておいたんだ。一方でゆくゆくはほかに適任者が見つかることを期待していたから叶を実行役に決めるのを先延ばしにしていたんだ。すまない。だから光洋に刻んだそのプログラムは叶を対象としたものになっている。変更は利かない。今日までしか起動時間を固定できないのでね。」

「・・・。」

納得いかない光洋を置いておいて厳帥は叶にやるぞと目で訴える。厳帥は嗣船からもらった三つのツールをテーブルに出した。それぞれは鏡、万力、眼鏡であるが実際にその用途で使うことを目的にせず、時間跳躍のためのツールである。日用品にプログラムを入れることは厳帥の組織ではよくある技術である。

「テーブルから5メートルくらい離れろ。」

「・・・わかった。」

光洋は仕方なく離れた。

「いくぞ。」

「うん・・・!」

叶の声に力が入る。

「例のものは持ったか。」

「うん持った・・!」

例のものとは、叶の意識が時間跳躍をするとそれについていって所持することができる解呪ツールだ。ナイフの形をしている。対象(留美をはらむ前の母親)に打ち込むと、その後生まれる留美に自動的にかかる呪いを解呪できる。

「・・・mode:multi t:N turn on range:MAX」

叶の周りに電流のようなものが走る。

閃光を放った。

光が消えると、光洋は一階の自室にいた。

「(・・・?ここは自分の部屋か・・・。あの後どうなったんだ?)」

木戸が光洋の部屋にノックをしてから入った。

「旦那様、お客様がお越しです。」

「・・・わかった。」

光洋は玄関に言って驚愕した。

「やぁ。さっきぶりだね。」

お客様とは厳帥のことだった。

「(お客様?教育係のはずだが・・・。)」

「旦那様先ほどお出かけになられていたのですか?」

「君はこの人を知らないのかね?」

光洋は木戸に尋ねた。

「えぇ。初対面ですが。」

「(どういうことだ・・・。)」

厳帥が口を開いた。

「とりあえずそこの河原まで来てくれ。」

光洋の家から5kmほど北に行ったところに河原がある。

光洋達はその河原が見えるベンチに腰掛けた。

土手となっていてあたりには草や花が風になびいていた。

河原に少女と少年の二人が遊びに来た。どちらも同い年に見える。

夕日のその光景を見ながら光洋は尋ねる。

「・・・あれからどうなったんだ?」

光洋の声は不安からか震えたものだった。

「成功して、世界線が変わった。」

「そうなのか・・。叶も記憶はそのままなのか?」

「わからないな。一般人は平行世界の認識はできないが・・・プログラムを使ってしまっているからね。君の記憶が残っているのは多分既存のプログラムをそのまま君に入れたからその機能も入ってしまっていて、世界の補正が行われる直前までそれが役目を果たしたからだ。時間跳躍の補正を行う対象と世界の修正を認識できるようになる対象が別になっていたら多分今彼女には記憶はないだろう。」

「君に記憶があるのはなぜだ。」

「わたしはもともとそういう機能があるからね。」

「機能・・?自分を道具のように言うんだな。」

「この体が道具のようなものってだけだ。」

光洋は気になっていた質問を聞いていく。

「叶には具体的に何をさせたんだ?」

「留美が生まれる前に飛ばして、呪いを機能不全にするプログラムを持たせた。」

この呪いとそのプログラムについては厳帥編で書く。

「次に・・・君は何者なんだ?なぜ留美のことに協力を?」

「話すと長い・・・。あれは今からたった数年前からのことだ。」

光洋は不思議そうに眉を寄せた。


【厳帥編】

(厳帥編は、これまでのナレーションの部分を厳帥が光洋に話しているセリフとして書いている。要するに回想を会話で書いている。)

私はこの世界で最重要機密とされている組織にいてね。そのつてで今回のように君たちからしたら超自然なことを起こせるんだが・・・留美の呪いにはその超自然な道具が関係していてね。

数年前・・

「Cランクのツールが盗まれた。あれは先代が作った秘蔵の品だ。代用が利かないBランク以下は貴重である。必ず取り戻せ。」

私たちの組織の20%程度の工作員がその任務にあたったんだ。

「Cランクツール、”季題の残り香”を盗難した林堂を見つけ次第制圧せよ。」

私たちの世界だと君たちの世界とは逆でね、優れないもののほうが価値が高いんだ。代用が利かないというのはコピーなどをしてしまうとより優れたものになってしまうからだ。要するに私たちの世界だと細かく小さい影響のものが効果ってことかな。


現在公開可能な情報

「季題の残り香」とは

自分の何かを犠牲にしてそれと等価交換となるような制約や条件を自分以外に入力するツール。

外観は香水の形をしているが、中に自分の血を入れることで使う。血を入れると代償の大きさに応じて香りが変わる。最も重いものを代償とする場合、花のいい香りがする。

一度使用すると一か月使用できない。


林堂という女上司がいてね。嗣船君と同じように前から支給品の使い残しを集めていた人なんだが・・仕事に支障が出るほどの残し派(プライベートでのツールを使うために仕事で使うのをケチる人のこと。)で明らかに怪しかった人だ。姿は体に刻みかけのプログラムが腕や足、背中、胸、顔などに広がっていて、普段は全身を隠すようなドレスと、シースルーのアイマスクで全身を黒に包んでいる。ツールのスペシャリストの一人だ。

彼女と私には因縁があってね、まだ私が人間だったころに・・・その、体の関係があった女性のうちの一人でね。制圧の通知が来た日の前日に彼女と口論していたんだ・・。まぁ口論と言ってもあちらが一方的に言って私がそれを拒んだだけなんだが・・・

「悟・・」

「その名前は捨てた。何度目だ。」

「・・・厳帥。これが最後・・お願い、あなたの元の番号を教えて?」

ここでの番号というのは存在番号のことだ。存在番号というのは、この世のものすべてに割り振られた番号のことで、その番号を使えばそのものの情報を使ってあらゆることを実現できる。たとえば体の精製などだが・・。

「ならこちらももう一度聞く、何に使う?」

「それは・・だからあなたの元の体の復元にと言っているじゃない。」

「嘘だな。」

「なんで!!」

「私はお前を変えてしまった。お前のその体の刻印も、あのツールたちも・・・お前のその地位も・・・そのためだろ?」

「当たり前じゃない。あなたの体がほしくて昇進した・・。高い地位に就けば、より優れたツールの使用許可もとりやすくなる・・・。この刻印だってっ・・!」

「過去の体を作るだけなら私に一言“次の体は元の体にして?”と言えば済む話だ。

「だってあなたが昇進を拒むんだから仕方ないじゃない。元の体のアバターは一定の資格がないと使えない。」

「私が昇進を拒んでいるのは今のWTが気に食わない体制をしいているからだと前に言ったろう。彼はもう今年で役目を下りることは君も知っているのだから少し待てば」

「そんなに待てないのよ!」

「待てない理由がない。君の任期はまだまだ先だろう。」

「・・・。」

「そこで言葉が詰まる当たりお前の目的は私の体ではないのだろ?」

そこで彼女は泣いてしまってね。女を泣かせたのはいつぶりだろうかと考えたよ。彼女も同じ時を思い出したのかはわからんが・・・

「私は・・あの時に戻りたい・・・。あの時のままであってほしかった。」

「・・・。」

「愛したまま死んでいった親にも嫌われて、学校でも職場でも共感されない私に・・・死んでも死んでも同じ人生で・・・無限に生きることに絶望していた私に、ゆがんだ形ではあったけど・・・二週目以降の人生で初めて共感してくれた人だから・・!あなたと過ごしたあの日々を永遠に欲しい・・。ただそれだけなの・・・。」

「そうじゃないかと思ったよ。悪いな・・お前から言うのをずっと待っていたんだ。」

「でももう・・時間はない・・・。」

「なにがあった・・。っ!」

私は動揺で目を見開いたよ。彼女には空洞化現象が起きていたんだ。

空洞化現象というのは、刻印の刻み過ぎによって起こる症状で、刻んだものの効果が渦巻いてまとめて一気に暴発する、その前兆のことだ。空洞化現象が起きるとアバターに砂嵐のようなエラーが見える。動きには問題ないが、影が表示されなくなるなどの副次的なエラーもある。

「そんなになるまでなぜ放っておいた!」

「・・・・さようなら」

「待て!」

彼女はそれ以降私の前には現れなかった。



私には子供がいてね。組織に入る前に彼女と作った子供だ。今年だと四十年くらい前かな。今年だとというのは、任務によって時間移動があるからだ。

まぁ話を戻すとその一人娘は流行り病で死んでしまってね。彼女と泣きあったのを覚えているよ。組織に入ってから娘の存在番号を調べてみたんだ。この世界由来のものの存在番号は開示されているからね。

それから約三十年後で林堂の一件とつながるんだ。

林堂は”季題の残り香“を留美の前世となる子供を代償として使ったんだ・・・。使う目的は言うまでもないが時間移動だな。私と人間だったころの時まで意識を飛ばしたんだろう。本来なら意識を飛ばすタイプの時間移動は同じ体までしかさかのぼれないし、工作員である以上プログラムの規制によって工作員になる前の体までさかのぼれないんだが・・。おそらく空洞化現象からの暴発を利用したのだろうな。

光洋と厳帥の前で水をかけあって男の子と女の子が遊んでいる。

「・・・まさか・・・っ!!」

光洋が驚愕の一歩手前までいき、言葉が詰まった。目の前の子供たちを凝視する。

「右の橋を見てみろ・・。」

光洋が橋を見る。

「まさか・・彼女が・・・その・・・君の・・・」

厳帥が光洋に説明したとおりの姿の林堂がそこにいた。香水のようなものをもっている。遠くからでもわかる、胃まで来るほどの甘い香りがした。

「よく考えてみろ・・。彼女にとって見ず知らずの一人の女の子がなぜ代償となりえるのか・・。前を見てみろ。」

光洋が前を見ると女の子が急に糸が切れたように倒れた。

「それは、留美の前世となるあの娘が、私たちの子供の来世だったからだ。」

光洋は眼光を鋭くし、林堂の立つ橋へ咆哮を上げながら殺意をまとって走っていった。

「(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・っ!?)」

林堂は消えた。望んだ時間軸へと渡り去っていったのだ。

「・・・どうして・・・!なぜそんなことができる・・・!!」

「留美にも呪いが残っていたのは代償が大きすぎたのだろう。来世に引継ぎとなったんだ。」

「そんなことはわかっている!!!なぜそんなことができる!!と!聞いてるんだ!!」

光洋は泣きながら厳帥に尋ねた。

「・・・私に聞くな!同じ立場だぞ!」

厳帥の怒鳴り声は冷静にさせるには十分なほど光洋を驚かせた。

「留美の解呪には成功した。これから会うことはもうないだろう。さようならだ光洋。」

END

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止められなかった償いと愛 @Aj6328GL

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