第3話

【現在】契約と借り

光洋は元官僚で、今は訳あって市議会で働いている。市役所に厳帥は立ち寄った。休日のことである。今日は本来であれば留美の勉強に付き合う予定だったのだが、光洋からの厳帥への呼び出しがあったため個人勉強となった。光洋からの呼び出しは伏せてあるため、留美は指導員としての役目をすっぽかした厳帥を不信に思った。しかし先日から兄の異変を感じ取っていたため深くは言及しなかった。

厳帥と光洋は会議の終わった会議室で待ち合わせをした。

「大丈夫かね?腕の様子は。」

「消えたんだ・・腫れが。」

「そろそろかと思ったよ。なじんだようで何よりだ。さっそくいいかね?」

「あぁ。」

厳帥は腫れていたはずの光洋の左腕に巻かれた髪を指でなぞった。そうすると髪がちぎれるように切れた。

光洋は白昼夢を見る。

天には川のようなものが見えた。天の川のようだがどこか違う。夜空なら涼しく開放的な印象を受けると思うが、これは逆だった。ぬくもりがあり、たくさんの光に囲まれるような感覚・・・その光一つ一つが何かの起源から放射状に降り注がれる。光洋もまたその光の中の一つであった。その軌道で光の筋を成し、下に落ちていく。目に見える光のうちいくつかが途中で流れ星のように消えていった。すると自分と隣同士で落ちる光へと自分の光が線を延ばした。下を見るとその光の軌道の先には闇が見えた。その闇へ落ちていく隣の光を見て・・・

「留美!!」

手を伸ばしたところに厳帥がいた。現実に戻ってきたのだ。

「今のは・・。」

放心した光洋に厳帥が質問する。

「闇の色は?」

「・・・赤黒かった・・。」

厳帥は確認が取れたかのように軽くうなずいた。

「何かあるのか?」

「赤黒ければ呪いの強さが相当高いということだ。あのプログラムをより強いものにしなければ・・。」

「・・・ありがとう・・・私のこんな望みのために・・・。その髪のだって、上から支給されたものではないのだろう?」

光洋は感謝に声を湿らせて厳帥のちぎった髪を指した。

「気にすることはないし、君は勘違いしている。確かにこれは任務ではないが、私の個人的な理由でやっているだけだ。別に私がお人よしということではない。」

厳帥はその髪をライターで燃やして塵にすると会議室から立ち去った。


【現在】学校編1

「文化祭?」

「そう!うちのクラスメイドカフェやるんだよね~。まだ衣装の事とか決まってないけどみんな結構燃えててさ~。とくに内装班とか。」

「君は何をするんだい?」

「フロアのメイド!だから採寸とか以外も・・・特に当日は結構忙しい感じ。」

「なるほどね。この前の車で言った用事はその話し合いかな?」

「うん。あの時は何がやりたいかの段階だったけど・・。これからも集まったり残ったりすると思うからよろしく!」

「わかった。」

「(やっぱり・・私が勉強そっちのけにしても何も言わない・・。何のための指導員なんだろう・・。)」

「文化祭で手伝えることがあったら言ってくれ。予算が足りなければいくらか出してもいいよ。好きにやるといいよ。」

「ぇ・・うん・・・。明日から買い出し始まるからもしかしたら頼むかも。でもほんとにいいの?」

「あぁ。今手持ちにいくらかあるから今あげてもいいよ。」

「いや大丈夫だけど・・。(私が聞きたいのはそういう事じゃなくて・・・。)」

留美の電話が鳴った

『もし~?』

「麗奈どうしたの?」

『明日内装の買い出しじゃ~ん?実は今決まったんだけど~衣装が手作りになって~』

「ほんと?じゃあ私そっち行った方がいいかな?」

『うん~あと留美手芸部じゃ~ん?だから作るのも手伝ってほしいいらしくて~。』

「え~衣装なんて作ったことないのに~。」

留美が困った顔をすると厳帥と視線が合った。なんだろうと思ったが後で聞くことにした。

『まぁとりあえず明日留美は衣装の材料の買い出しでおねがい~。』

「う~わかった・・。ありがとね?」

『じゃぁ~。』

通話が終わった。

「どうしたの?」

「衣装づくりかい?」

「うん。」

「友達に上手い人は何人いるんだい?」

「ん~と、四人?でも先輩たちも衣装づくりとかあったら詰む・・。」

「なるほど。メイド服だろう?」

「うん・・。」

「たくさんあるから貸してやってもいいんだが・・。」

「え!?マジ!?それ先に言ってよ!どれくらいあるの?うちクラス32人いるけど・・。」

「それくらいなら足りるよ。」

「ほんと何者なの・・・。」

「連絡したほうがいいのでは?」

「そ、そか・・。」

翌日

「留美おまた~。」

麗奈が親とワゴン車でやってきた。

「おはよう。」

「じゃあ買い出しいこ~」

麗奈のいる後ろに座った。

「いや~厳帥さんには感謝ですな~。」

「うん・・。ほんと何者なのって感じ。」

「いつ届くの~?」

「今日の夕方って言ってたよ。」

今日麗奈ちゃんたちと行くのはホームセンター。内装用の板とか布とかを買いに行く。

「内装ってどんな感じ?」

「こんな感じ~。」

天井から白と赤の布がアーチのようにかけられている。入り口には赤い花の装飾、レース状のテーブルクロスがかけられた円盤テーブルと白い椅子。どれもかわいさと清楚さが組み合わさった印象を受ける。

「思ってたよりだいぶ本格的だね・・。麗奈はどこやるの?」

「天井のやつ~結構難しそう~。」

「え、簡単ぽいけど・・。」

「前の文化祭でこの装飾やったことある人がいて~その人が言うには設計通りにつけるのがすごい難しいんだって~。」

「へ~・・結局どれも大変かぁ・・・。」

ホームセンターに入る

一階だけだが中はとても広く、入ってすぐが木材などの売り場だった。

「ペンキも買っとく?どうせ学校のじゃ足りないでしょ?」

「そうだね~・・また去年みたいに取り合いになるのは嫌だしね~。」

留美たちはホームセンターで材料を買い終えた後、学校に向かった。

「お、来た来た。」

穂香が学校の正門で待っていた。

「やっほ~。」

「結構買ったねぇ・・・。」

ワゴン車の荷台の中の様子を見て大変そうだなと思った穂香だった。

「うん、ペンキもどうせ足りなくなると思って。」

「じゃあ運んでいくか・・。」


夕方

「おまたせしました。」

作業服の人がトラックで階堂女子高校の裏門にやってきた

「あぁ。じゃあ受付して三階の物置まで運んでくれ。」

「はい。いやあ・・あの方のもてなし以外倉庫にしまわれたままだったメイド服が一般の高校で使われるとは。」

作業員が感慨にふける

「役立ったようで何よりだ。」

「では・・。」

作業員が受付に向かっていく。

「これで少しは役に立てたか・・。」

厳帥は拠点に戻った。

「待たせたね。」

「待ったよ。一時間くらい。」

嗣船は待ちかねた様子で答えた。

「物は?」

「はいよ。あさってみたんだがなかなか良いのが見つからなくてね。新品の時間転移ツールは審査が厳しいからという理由から、使用済みでできる限り良いもの揃えたつもりなんだが・・・B相当がやっとだったよ。」

「というと10年ほどか・・?」

「いや全然・・・。7年くらい。」

「そうか・・・。他のものも合わせるといくつだ?」

「組み合わせは精度が落ちるからあまり勧められないけど、3つでだいたい19年くらいだね。」

「19年くらいならカバーできるかな。私が158118時間であっちがだいたい8300時間負担すればできるかもしれん・・。」

嗣船は安堵した。

「よかったよ・・。あれだけ探して無駄だったなんて悲劇だ・・。」

「君の蔵少しは整理したらどうだね。」

「いるものの数が多すぎて業者呼ぶしかないんだよ。場所の設計も組んでおかないと。設計にしても2か月はかかるかな。それより費用の方が甚大だが・・。」

嗣船の蔵には厳帥たちの所属する組織が使い終わった道具やプログラムなどが貯蔵されている。それらの情報は一般人から厳密に隔離されている。蔵にあるのはどれも嗣船と彼の同僚たちが使い終わったものを個人的に集めたものばかりである。使用済みの道具は効力の残量が規定を超えなければ持ち帰ることができる。嗣船の蔵は他の同僚たちの間でも有名で、道具に枯渇した者がしばしばあさりに来る。というのは、任務以外での道具及びプログラムは支給されないからということである。

「わかった。あとは彼女と相談してみるよ。」

「そっちはどんな感じなのかな?」

厳帥の表情が曇る

「正直言って望みは薄いが・・・なにせ猶予が1年で、いつ留美君が生まれるかわからないからね。胎児ができてしまってからでは遅いんだよ。」

「叶だっけ?時間跳躍じゃないにせよ、あの年で1年なんて耐えられるのか?」

「代償の1年の一部もなるべく受けもつ事ができればいいんだが・・。」

叶は留美の”呪い”を解呪しようとしている。その呪いは前述したとおり遺伝性である。厳帥はこの呪いを解除するプログラムを数年かけて開発していた。開発し終わったのは留美が生まれた後である。この呪いは末妹にのみ発現するので叶にはない。この呪いの経緯については後程書く。叶は厳帥と関係を持ち、留美の呪いを知ってからその打開策を厳帥とともに模索していた。その打開策ともいえるプログラムを開発していた厳帥だったが、それを実行するには代償が大きすぎるため、まだ未来が長い叶に任せるのは苦であった。しかし叶の強い意志をなかなか押し切れず、何十回もの相談の末実行役は叶になった。

厳帥が開発したプログラムは代償の分担を行うプログラムである。嗣船が用意した道具は時間転移といって、対象の存在する時間を移動させるツールである。タイムリープやタイムスリップと違う点は、原理が巻き戻しではないことである。タイムリープやタイムスリップは、バタフライエフェクトの値が大きいものほど何度やりなおしても同じことの繰り返しになる傾向がある。それは自分が辿った世界線上しかさかのぼれないからである。嗣船が用意したものはその巻き戻しの制限を無視するものである。要するに、同じことの繰り返しをさせないことが可能なのだ。しかし、時間移動は移動先までの情報を対象に読み取らせなくてはならない。人の時間移動のキャパシティは、残りの寿命が多いほど少ない。なぜなら時間移動の負担はそれが終わってから時間がたてばたつほど現れるからである。叶ほどの残寿命(65年程度)で、1年分の転移負担だと残寿命が40年になるほどである。これはわかりやすく寿命で表現しているが、実際はそれ以上生きることができる。しかし、その負担は年月が経つほど乗り物酔いのようなものから次第に激痛にかわってくる。よって、死ぬとしたら痛みなのである。この痛みはツールがなければ抑えることができない。生理学的な痛みではないからだ。厳帥が5年も負担できるのは命の価値が低いからである。記憶を保持して別の人間種への転生ができる(厳帥の概要はこの作品ではあまり触れない。)という特性があるからだ。なのになぜ叶にも負担させるのかというと、個人差があるが対象は最低5%負担しなければならないからである。

「じゃあその三つを持っていくよ。何かあったらまた迷惑をかけるかもしれない。」

「こっちは君のために近くに務めるようにさせられてるんだから今さらだよそれ。」



【現在】学校編2

「内装はこんな感じがいいかな?」

各班が作業を進める中穂香が厳帥に助言を求めている。厳帥が学校に来ているのはいろいろと手伝ってほしいと言う穂香の要望だ。

「入口付近は、せっかくドアを取っ払うんだからなるべく大きいものはおかない方がいい。入り口に解放感があるだけで入ろうと思うかがだいぶ違う。受付などは————————」

その様子を留美が見ていた。

「(細かいことはわからないし・・・言葉遣いもどこか冷たいけど、私のために動いてくれてるのかなって・・・そんな気がする。少なくとも今は近くにいてくれると安心するな・・。)」

「こんな感じ?」

穂香がペンタブで内装のイラストを描いた。

「いや・・・」

厳帥がその絵に手を加えた。

「なるほど!!ていうかそこからよく描けたね・・。何気に上手い・・・。おっけーわかった。じゃあみんなに連絡する。」


当日 開店直前

「どうしよう・・・。」

「どうかしたかい?」

留美の困った表情をみて厳帥が声をかける。

「メイド服ほつれちゃった・・。」

「見せてくれ。」

厳帥が渡されたメイド服を見て裁縫道具を手に取る。

「はやっ!!」

留美は一瞬で直した様子を見て驚愕した。手芸部の部長でもそこまで速くできないはず・・・。

「他の人にもほつれた人がいたら連絡くれ。しばらく使っていないからそこまで劣化していないはずなんだが。」

留美は厳帥の尽くしてくれる様子に、いつもあまり見せないやさしさや親近感を感じていた。

「(やっぱり私だけのためなのか・・・それでも厳ちゃんの優しい所は変わらないよね。)」

穂香と厳帥がまた話し始めた。

「とりあえず準備と確認はオッケーかな。いやぁー間に合ってよかったよ。それにしてもあのメイド服はどこぞの物?」

「聞きたいかい?」

「・・やっぱやめとく」

「ふふっ。」

「笑った。」

穂香は厳帥が笑ったのを意外そうに言った。

「いや・・わたしも何か力になれるか不安だったのでね。少し満足していたのもある。」

「そうなんだ。でもこっちも色々大変だったよ。特に先生方を説得するのが大変だった。」

「メイド喫茶だからね。」

厳帥がよく説得できたなというように共感した。

「・・・・あのさ。」

「なんだい?」

「留美のことどう思ってるの?」

穂香は今まで気になっていたことを聞いた。

「何の罪もないいい子なんだがね・・・。」

穂香は留美になにかあるのか少し不安になった。厳帥の見せる後悔とも無力感とも違う、言葉でくくれない何かがこもったような負の表情は、穂香にその疑念を抱かせるのに十分だった。

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