第2話

【過去】光洋・叶と厳帥

ガードレールで歩道のついたアンダーパス。その歩道の脇に構える怪しげな店。フリーマーケットである。橙赤色に光るランプが暗がりをぼんやり照らしている。

その前で迎えの車が来るのを待っていた光洋に、厳帥との関係の起点を作ったのがその店の人物である。

「そこの人。ちょっと寄っていかない?」

「君たちのような人たちはそうやって人の道を惑わすのかな?」

「君の娘さんが倒れてもう半年かな・・・。」

目を見開く光洋。

「なるほど。下調べは済んでいるらしいな。」

「君の娘さんは高校卒業間近で息絶えるようだ。」

「それで金を巻き上げようというわけだな?」

いらだった様子で聞き返す光洋。

「違うね。そんなものは欲しくない。」

しらじらしい嘘と感じた光洋は

「なら何が目的なんだ!」

娘の不幸への不安を振り払うように声を荒げる。

「君らの中の誰でもいい。その人の時間の一部を私たちにくれるだけでいい。」

あっけにとられる光洋。

「なにを言っているのかわからないが・・・娘が死ぬ保障すらどこにもないだろう。」

実際嗣船の言葉には、光洋との関係のきっかけを作るための嘘が一部混ぜられていた。実際には光洋のイメージしているような嗣船の目的などない。のちに登場する同僚に無償で協力しているだけだ。当然その同僚には目的があるが、それもまた光洋が思い浮かべるようなものではない。時間をくれというのも光洋の意識を向けるための嘘で実際は必要ない。

「ならこれをうけっとって。」

「ん?なんだこのボタンは。」

「手に取ればわかる。いらなければ捨ててもいい。」

捨ててもいいという言葉。

不安に搔き立てられたというのもあり、光洋は受け取ってしまった。あとで受け取らないで娘が死んだらと考えると彼の嫌う大きい後悔を残すことにもなる。後悔の可能性を潰して生きていくのが光洋であるが、そんな保障もどこにもありはしない。

そのボタンを手にした光洋に記憶が頭に流れ込んできた。その記憶は明日の夜に着る寝間着のボタンを掛けるまでの記憶だった。しかし、流れ込んできたという表現にも違和感がある。最初からその記憶を覚えていたという感覚でもあり、忘れていたものを思い出したという感覚でもある、そんな奇妙な感覚だった。

「明日、それらのことが起きる。君はそれを確認するだけでいい。確認して、知る決心がついたらまたここにおいで。次はそれを教えてあげよう。」

「旦那様!」

迎えの車が来た。

「金も地位もいらない・・あなたの時間と等価交換で、僕たちは君の望みに最善を尽くす。ではいってらっしゃい。」

新聞を折りたたんで胸ポケットに入れ、車に乗り込む。

「出せ。」

「はい。」

窓から先ほどの店を見ると、もうそこに店はなかった。


翌日

会う人の言葉、書類の内容、通行人、横切る車、ほとんどの光景が記憶の通りであった。

待ち合わせの日は決めていないが、もう会う決心はついていた。できる事なら明日にでも会いたいと思った光洋だった。

「(留美が死ぬ日の記憶を見れれば・・。)」

そこで光洋は三つのことを考えた。一つは留美の死の回避とその手段。二つ目は未来の自分の記憶の有益さ。

一つ目を思考するには二つ目の記憶が不可欠である。よってこれらは保留。三つ目は一番の肝となるそもそも未来の回避自体が可能なのかということ。そこで光洋はあの店の人物の言葉を思い出す。

『確認するだけでいい』

「(ということは変更は可能と考えていいのか・・?会ったらまずそれを聞こう。)」


待ち合わせの日

約束もしていない。連絡も取れない。しかし光洋は根拠がないにも関わらず会える確信があった。

「久しぶりだね。何か聞きたいことがあるんじゃないの?」

冷や汗が沸く

「変えれると考えていいのか?それは・・。」

「それは私の同僚に聞かないとわからないんだよ。事情を聴いた限りではできるようなんだけどね。つまりこれから君にはその人に会ってもらうことになる。さぁこれを受け取って。」

受け取り、また記憶が追加された。留美の死の記憶。いくら医療処置をしても意識を戻さない留美。その手を握り声をかける明人。病室にやってくる葛西と木戸。

冷たく暗い謎の病・・・その硬い壁に押し寄せる氷河のような絶望を感じた。

「前から疑問だった。なぜ君・・いや君たちがそこまで私に協力的なのか・・。時間が欲しいと言っていたがあれはどういう意味だ?その君の同僚とやらも同じ目的なのか?」

「目的に関しては詳しく話せない。今まさにこの時も上から管理されていてね。情報の開示は上の許可がないと言ってはいけないんだ・・。あと、時間をくれというのは納得してもらうための嘘だ。ただ、私の同僚には他に目的がある。私は無償で協力するがね。まぁそこらのことは本人と話して考えるといい。」


白髪、目元の濃く深い隈。中性的な見た目の子供がやってきた。

「留美君だったか。その娘の病死はあきらめろ。この世界線では逃れられない。」


「なぜそんなことが言い切れる。やってみなければ・・。」

「あてはあるのかね?見たはずだよ君は。どうしようもない。」

嗣船の言葉に光洋は煽るような口調で

「留美を助けないのになぜ協力する?矛盾しているじゃないか。」

「あれによる死から逃れることはできないが————————」

口を開いた厳帥の言葉に光洋は動揺する。


その日の晩、光洋は厳帥と電話していた。その会話の内容を叶に聞かれてしまい、他言しないことを条件に打ち明けた。ただ、光洋が動揺した厳帥の発言に関する内容は伏せた。伝えた話の趣旨は厳帥に会うまでの流れの大体はそのままにし、「現段階では協力者として留美を助ける方法を探している」ということにした。




【現在】

予定通り厳帥は叶の家を訪れた。

「いらっしゃい。」

キッチンカウンターに案内される。

「珈琲か紅茶どっちがいい?」

「紅茶を頼むよ。」

「レモンでいいよね?」

「あぁ。」

叶は髪を耳にかきあげて、紅茶を息で冷ます。

「はいどうぞ。」

「・・・別に頼んでないが・・。」

「したくてしたの♡」

「そうか・・・。」

ゆっくりゆったりと飲んでいく。

「ありがとう。」

「うん。飲み終わったらちょうだい。」

「あぁ。」

飲む様子を眺める叶。言ってもやめそうにないので飲みづらさを紛らわそうと本題に移る。

「・・・確認するが呼んだ理由は?」

「隠し事があるのは仕方ないと思う・・・。でも私も当事者としてきちんと知っておきたいの。・・・隠してることは何?やっぱり手段?」

飲みながら受け答えする。

「そうだね。」

「なんで?」

厳帥は目をそらしてしまう。叶は考えられる理由を二つ考えていた。それらはその手段が自分に知られると厳帥に不利益という前提に則ったものである。そう考えるとやはり厳帥の“上”からの監視である。だがその場合はきちんと伝えてくれることがほとんどであった。

「(と考えると父の口止め・・・?でも彼の反応は義務による制約を感じさせるような印象ではないし・・。口止めなら口止めされていると言うはず・・。)」

明らかに厳帥自身の意志によるものと感じた。

「何か言ってよ。」

「・・・・・・・・・情報の・・規制範囲なんだ・・・。」

うつむきながら発せられたその言葉は、心の深くから絞りだされたようなかすれた声だった。

叶は驚きを隠せなかった。厳帥はめったに噓をつかない。それが厳帥の人との向き合い方のようなものなのだろうと思っていた。ましてや今のように明らかに顔を隠しての発言は見たことがなかった。

「・・・ごめんなさい・・それなら・・・仕方ない・・わね。」

叶は少なくとも厳帥から引き出すのは無理だろうと悟った。

大きな雷の音がした。

外を見ると大雨が降っていた。

「ゲリラかしら。」

叶がテレビをつけて確認した。

「厳ちゃんどうするの?泊ってく?」

叶は厳帥のことを厳ちゃんと呼ぶ時がある。

「・・そうするよ。」




「ふふ♡久しぶりじゃない?泊るの。」

「うれしそうだね・・。」

「・・・あのさ、もし話せるようになったら・・話してくれるといいな。」

「・・・わかった・・。」


レズシーンなため割愛

「次に会えるのは?」

「これからは割と会えるね。」

「そう。」

叶は嬉しそうにほほ笑んだ。

「・・・・じゃ、また。」

「えぇ、また。」




葛西が運転する車の中

「今日はパソコンいじらないんだね。」

「ひと段落ついたからね。」

「そうなん?定期テストが近いからよろ。」

「君の場合問題ないとおもうけどね。」

「推薦も視野に入れてるからあんまり手抜きたくないんだよね。」

「・・・。」

黙り込む厳帥に不自然さを感じる留美

「今日も勉強会するんだけど来る?」

「今日は行くよ。」

「おっけ。」


教室

「おは~今日勉強会だっけ~?」

「うん。図書室でやるよ。」

「穂香は?」

「あそこ~。」

「あっ!留美これわかんないんだけど。」

「どこの過去問?」

「早稲田の数Ⅱ。」

こうしてお互いの過去問でわからないところを確認するのが留美たちの日課だ。

「なるほどね・・。」

「留美天才だ~。」

「ほんとわたしの代わりに受けてよって感じ。こういうのも葛西さんから教わったの?」

「うん。毎回問題作ってくれたんだよね・・。」

「厳帥さんは作ってないの?」

留美のスマホが鳴る。

通知を確認すると厳帥のLINEからのものだった。

「問題、作ってくれたんだ。」

「もう始まるし放課後解こう。」

「そだね。」




授業が終わって留美たちが図書室にやってきた。

「あ、いるじゃん。」

厳帥はパソコンでなにかを読んでいるようだ。

「画面真っ白。何見てるの?」

「いやなんでもない。で問題はこれから解くのかな?」

「うん。」

「今日も勉強会~。」

それから勉強を始めて三時間経ち、休憩に入った。

「は~休憩~。」

「ちょっとむず過ぎじゃない?」

「上を目指すならそれくらいできた方が本番気が楽だよ。」

「受けたことあんの?w」

「大学のテストはまともに受けたのは二十回くらいかな。そのうち難関が十五回くらいだね。」

「え、待って意味わかんないwだって今何歳?」

「十一だね。」

「嘘だよ絶対w」

「でもほんとに過去問解けるんだよ?」

「マジ?」

それからいくつもの問題を解かせていった。しかし、疲れてやつれるのは厳帥ではなくむしろ留美たちの方だったので切り上げた。

留美たちは今回のような勉強会で厳帥との親睦を深めていった。しかし留美が厳帥に抱く疑念は晴れることはなかった。




ある日の晩

「厳帥について何か分かったか?普段接していて疑問に思う事とか。」

明人は厳帥を怪しんでいた。厳帥の容姿からというのもあるが、それ以上に光洋が直接雇ったということと、以前聞いた会話が主な要因だった。

「とにかくめっちゃ勉強できるってことはわかった。年齢に不釣り合いなくらい。」

「年齢に不釣り合い・・・。」

「あ・・そういえば穂香ちゃんの弟が厳帥の同僚から教えてもらってるんだって。」

「後で連絡してみるか・・。」

「でもそこまで怪しむ必要もないんじゃないかなって気がしてくるよ?」

「留美のことはちゃんと話し合いたいんだよ。親父のやつ、何が目的なんだ?」

「直接聞いてみれば?」

「正直に答えるとは思えないんだよ・・明らかに隠してる。」

「そう・・。」

明人が自室に戻ると厳帥がいた。

「っ!!」

「調べ物の検討はついたかい?」

「お前と親父は何をやってる?」

「一応言っておくと調べても意味はない。君が知ったところで私たちには実害はないしね。君が痛い目を見るだけだ。情報の規制に踏み込んでもしたら君のこれからの生活は保障できない。」

「あおりにすら聞こえるよ。」

「あくまでも警告だね。・・・仕方ないから君には教えてやろう。私たちとは何なのか。ただし、これ以上嗅ぎまわるのはやめておくことだ。」

そういうと厳帥はUSBを置いていった。

明人はすぐ内容を確認した。

「・・・・・。」

それ以降明人は厳帥についての調査をやめた。

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