第19話 心無いドール
私は……僕はサルバドールで一番の役立たずだ。
だってそうでしょ?僕の後方からの支援なんて要らない程に強く、クローンの生成よりも皆が前に出る方が効率が良いんだ。
攻撃するのも役割を果たす事も出来ず、皆の影でひっそりと存在するだけの惨めなアモル。
だけど今は違う、僕には
ヴァニタスの怒りを見て、杖に寄り掛かるアモルは衝動的に舌舐めずりし、ニヤリと笑う。
ヴァニタスは辛い記録の忘却をセレスに頼んだ事がある。だがアモルの本性までも忘却や改変を頼んだ覚えは無い。
「アモル、何故私に性欲を付与し、更に記録を改変させたんですか!答えなさいアモル!」
長年苦しんでいた人に寄生した時のどうしょうもなく溢れ出る性の衝動……それはアモルの他者に性欲を付与する能力のせいに他ならない。
唯一残った友人、独りぼっちでは無いと思わせてくれたアモルが自分にした仕打ちは裏切りと恥辱。
「セレス様にお願いは済ませたし、良いよ♡僕が無性無欲なヴァニタスに淫欲を付与した理由……」
ヴァニタスは心を落ち着かせるのに必死になっていた。
「うふふ♡それは僕がヴァニタスの事が大、大、大好きで愛してるからだよー♡」
「……は?」
信じ難い、なら何故?ヴァニタスの思考は過去のアモルの言動を振り返る。が、分からない。
「ずっと好きだったんだよ?あぁ、シェリルやネメシスとかにも相談したな〜うふふ♡」
「意味が……分かりません、理由は何ですか?」
驚くヴァニタスは平静を装い、動機を尋ねた。
「僕がヴァニタスが好きな理由?色々とあるよ♡常に誰にでも優しい聖女なヴァニタス、人を殺して憤りを感じて苦しむヴァニタス、僕に弱音を吐いてくれたヴァニタス。嬉しかった♡誰も必要としてないと思ってたのにヴァニタスは僕の膝の上で泣いてくれた」
ヴァニタスは少し視線を下げた。あの時のうしろめたい気持ちがふつふつと蘇るからだ。
「ケラウノス戦争の後、僕は罪悪感に苛まれてたよ、どうして僕なんかが残っちゃたんだろって、心なんて嘘でも欲しくなかった」
心があると主張するウソつき、そんな言葉を最近聞いたがヴァニタスは改めてドールの心は嘘では無いと信じる。
「でも!そんな僕にヴァニタスが生き残ってくれてありがとう!何て言ってさ……涙とかは出ないけど、感動したよ。そして思ったんだ。……あぁ欲しい♡ヴァニタスと幸せに成りたい♡自分のモノにしたーい♡……って」
まさしく欲望なのだろう、人格が吐き出した答えに抗うことは出来ない。ドールの人格のシステムがそうなっているからだ。
「前は欲しいじゃなかったんだよ?サルバドールの皆でほのぼの出来てる時はそれで良いと思ってたんだよ?でもヴァニタスに貴方の為にも生きます、何て言われたらさ~……欲しくなるに決まってる♡」
「あ~誰か私の耳を塞いでくれないかー、先輩の話が聞いてられんよー聞いてられんのよー」
ネモは茶化し、辛子は複雑な表情を浮かべ、ヴィレムは話の内容が理解できず、カノンは呆れて居た。
「それで何故私に能力を?」
ヴァニタスは至って真面目な姿勢で耳を傾ける。
「人の恋は性欲、だから試してみたんだよ。性欲を持てないヴァニタスに性欲を無理くり上から付与したら素敵な恋が始まるかもってね♡」
性欲のみが恋や愛の条件では無いとかつて妹のアーガスと娘のクレアを愛したヴァニタスは思う。しかしアモルの考えも人間に寄生していたヴァニタスには理解できる。
「そしたら人間の君だけが発情した。ドールに
ヴァニタスとアモルが擬似的な肉体関係であった事はカノンとネモは感づいていたが何も知らなかった辛子には大きなショックを与えた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
「でもヴァニタスはいつも、いつまでもクレアやアーガスの事ばかり……ねぇ?何で居ない二人ばかりを見つめるの?そういう意味では正直あの二人は鬱陶しかったよ」
その言葉にヴァニタスは過去の言動を想起し、もしやと咎める。
「じゃあ!アーガスはワザと助けなかったの!?」
「まさか」と両手を振り、苦笑いで否定した。
「それは本当、アーガスはドロドロに溶けて破片も残ってなかった。ネメシスとアーガスはそれ程セレス様にとって重要だったみたい……辛子もそう思うでしょ?」
辛子はギロリとアモルを睨みそれを見て笑った。
ドールの恋愛感情が多く観測されたのはごく最近であったがアモルはその前からずっと、それこそ百年の恋をしていた。
「もう結構です、今こそ自分の意志を通します!」
「なら、君の心をへし折って上げる♡こっち来て」
アモルは暗い廊下に向かって手招きするとペタペタ素足が床に響く音が近づいて来る。ヴァニタスは自身の目を疑った。
それはかつて自分が我が子の様に愛情を注いだ、娘同然に愛した
「クレア!?」
「そのクローンだね♡僕は遺伝子保存及び"生産"媒体用両性具有のドール、アモルだからね。態々陣痛を伴って、僕が産んだんだよ?君からの愛情を感じながらさ♡」
頭の中で何が弾けたヴァニタスは猛烈な不快感に襲われた。ドールに嘔吐など、ましてや胃が逆流することなど無いがヴァニタスは凄まじい吐き気と目眩に足元がふらつく。
「わ、私と戦わせる気ですか」
戸惑いと悍ましさに震えるヴァニタスの声、アモルは違うと首を横に振った。
「そんな君を傷つけたりしないよ、じゃ、クレアちゃん」
ナイフを持った少女はアモルを見上げた。
「ハイ、御主人様なんですか?」
「死んで」
「ハイ」
早かった。少女が自身の首を切り裂くのに0.5秒も掛からなかった。膝が崩れ落ち、もがき苦しみ様子も、首から出る血を抑える様子もなく、それが当たり前かのように倒れて死んだ。
「あ、あぁ……あぁ!アモル!お前ー!」
ヴァニタスの糸はアモルの胴体を横から斬り込んだが斬られた瞬間から修復された。そして何故かアイギスはオフになっていた。
アモルはその場に杖を置き、着ていた服を脱ぎ捨てた。本来人間が持ち得ない、男と女の二つの性器を見せつけるように恥じらいなく出した。
「愛してる♡だからヴァニタスも僕に愛を!」
アモルの奇行に一同ドン引く。ヴァニタスはつい先日の戦闘でも突然全裸で現れた科学者を思い出す。
(裸体を晒すことが最新のお洒落か何かなのですか?)
奇行に惑わされてはいけないとヴァニタスは手の出力を上げる。だが、振り上げた糸が止まる。
死んだ少女がもう一人ヴァニタスの目の前に立っていた。同じナイフを手に持って。
「産んだのは一人とは言ってないよ?じゃ、死んで」
「ハイ」
「まっ──」
言葉が届く前に少女は自分の死体の前で、前の自分と同じ様に首を切り裂き倒れて死んだ。そしてまた同じ様に少女は次から次に現れた。
「死んで」
「ハイ」
一人、また一人と首を切り裂かれる。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヴァニタスは悲鳴と怒声が入り混じった絶叫と共に全ての腕でアモルとセレス諸共を切りにかかる。
チュイン、チュインと光の壁で弾くセレスと違いアモルは切られた勢いで右へ左へと激しく揺れる。
「アハハハハ♡♡」
歓喜の声を上げるアモル。ヴァニタスは糸による連撃を止め、一瞬にして姿を消した。そして油断したアモルを二人のヴァニタスが天井から強襲し抑えた。一人は背後に周り身動きを封じ、跪かせ、もう一人が二つの手を頭に刺し込んだ。
「私が好きなら消滅する時まで付き合ってもらいますよアモル」
バリバリと全身で放電し始めたヴァニタスを見て、初めてセレスは慌てた様子で動き出す。それは本来セレスのみが有するはずの人格の消去の権限に他ならない。
コレはヴァニタスの巧妙な嘘と真実。
「やっと、私を!僕を見た♡嬉しい♡嬉しいよ♡愛してるよヴァニタス♡♡」
「赦さなくていい……ただ終わらせる」
準備段階が過ぎ、出力は最高値を迎えた。後は何もかもを消し飛ばすだけ。一方で空中にデジタルコンソールを開きながらセレスは速歩きでヴァニタスに近づく。
「機構代理者権限を発動確認中、認証確認、対象ヴァニタスを──」
そう、全ては神を欺く為の──
全てを終わらせる為の怒り──
「消えろ!セレスティア・マグナ!」
アモルを抑えていた二人のヴァニタスでは無く、姿を消していたヴァニタスが糸から糸へと力を受け取り、そしてセレスを束ねられた糸で突き刺す。
凄まじい轟音と共に迸る蒼い閃光はセレスの体を一瞬にして粒子分解し跡形も無くその存在を消し飛ばした。
雷轟が消え、静寂がセレスが消えた現実を突きつける。ヴィレムと辛子は言葉を失う。
「嘘だろ!?やりやがったぞ!」
「俺がやりたかったのに!」
テンションが上がるネモと悔しがるアイゼンベルク、そんな二人と違いカノンは違和感を覚える。
「ヴァニタス……その力はリトルブルーのよね?」
「その再現、極小のケラウノスで本家の劣化の劣化ですが性質は同じです」
ヴァニタスはアモルをスリープ状態にして手を引き抜き、アイゼンベルクの方に向き直る。
「アイゼンベルク、約束通り私の──」
「プレイズ」
呟くように、囁くように、言葉は遮られ、セレスの声が頭の中に響き渡る。
──もしも、過去に戻れたならとよく思う。かつて居たアグネスという人間はこう言った、「過去に見た夢……君はこの言葉を聞いてどう思うかな?過去への後悔をおもうかな?それとも美しく尊い一場面を思い出すかな?」私は答えなかったが今も昔もこう思う。
何を間違えた?3人のヴァニタスは床に這いつくばり、動けなくなっていた。
「対象ヴァニタスの行動に制限をかけました」
この世から消し飛ばしたはずのセレスが眼の前に立っている。視界の端に立つアモルは服を着ていて、ヴァニタスの指先の感覚ではネモ達の拘束は溶けてない。
ヴァニタスの演算回路はこの状況に対して答えを出した。時間が戻ったと……。
(時がほんの数秒だけ戻っている?だとしたら何故戻る前の記録を保持している?)
拘束されているネモ達すらこの異質な状況が何なのか理解できない。
「アモル」
「はい……どうされましたか?」
「本当のクレアを殺して見せて欲しい」
セレスの瞳には床に貼り付けにされているヴァニタスと動きが止まったクレアのクローンが佇んでいる。
「あの……セレス様そこまでやる必要は……」
「やりなさい」
「畏まりました……セレス様」
苦い顔を浮かべるアモルはクレアの前で手をかざすと瞳にかつての輝きを取り戻しヴァニタスを熱い視線で見つめた。
「お母さん?お母さん!私──」
「死んで!」
クローンの体は瞬時にナイフを手首が入る程に深く強く心臓を突き刺した。痛みと不可解な現象にクレアは悶える。
「痛い!痛い!助けてお母さん!体が勝手に動いて!い゙だい゙!い゙だい゙!だずげでぇ!おがぁざん!ぢにだぐない゙ぃ゙!」
血の池で溺れているかの様に手足をバタつかせながらヴァニタスに近づき、もがき苦しみの先にある、その指先に力強く握りしめた、クレアの命はそこで尽きた。
「あ、あぁぁぁぁ」
ヴァニタスは娘の手を握り返す事も出来ず、ただ悲痛の声で唸る。
「あのセレス様、流石に僕も心苦しいです……自我は無しでも」
アモルの甘い声も少し震えて怯えた。
「?私は苦しく無い、ヴァニタスの心の限界を知りたい。反逆に至らしめた起因がこの人間にある。続けて殺しなさい」
セレスが指を鳴らすと先程と同様に時がほんの数秒だけ戻っていた。
「お母さん?お母さ──」
「死んで!!」
早く済ませたいアモルは焦って前より早く死を命じ、そしてクレアは同じ様に死んだ、同じ様に母親と慕うヴァニタスの元へ来ては指先を掴んで力尽きる。
何度も、何度も、時を戻してはクレアは死ぬ。
「足りない…………今度は辛子を同じ様に──」
セレスが辛子に目線を送った瞬間ヴァニタスの中で何かが砕けて溢れ出す。
「もう止めて下さい!何でもしますから!これ以上その子達を殺さないで!私の大事な妹にも手を出さないで下さい……あの子の代わりじゃないんです!お願いします!」
大粒の涙を流し、ヴァニタスの糸はその力を失い、ネモ達の拘束が解ける。
「お姉ちゃん……」
本当の気持ちがこんな形で知った辛子、しかし今の姉になんと声をかけていいのか分からない。
「…………」
声が出せない、シャロンの葬式ですら出なかったこの静寂と虚しさをネモ達は感じた。
「ヴァニタス、ゴメンね?でも安心して僕は君と二人で愛を謳歌したいんだ。セレス様も祝福してくれるんだよ?祝福されるのって幸せだよね」
「そう……で…すね」
ヴァニタスはアモルの震えと怯えを感じながら互いが互いの傷を舐める様に声を振り絞ってかけていた。
「セレス様が僕たちを正式に夫婦だった事にしてくれるんだって!それに今あった悲しい事は無かった事になって皆の記録から無くなる。だからこーんな酷い出来事も無かったことになるんだよ!アハ♡アハハ♡……本当にごめんねヴァニタス」
(何でそんな胸を詰まらせる様な顔をするの?)
怒りは無い、なぜなら既に答えが出ているからだ。アモルも全ては愛するが故の行動、強すぎた故の盲目。赦す赦さないじゃなく、その資格すらヴァニタス自身には無いと強く思う。
それに今にも泣き出しそうな顔で笑顔を見せるアモルの顔は不安を隠す事すら出来ない幼い子どもの様で憎悪をいだけない。
(はは……誰にでも母性が湧いてしまう。私の悪癖)
あぁしかし、所詮は遊戯、茶番で出来レース。結局はオリビアの言う通りセレスの手の平から脱する事は出来なかった。
(全部が全部……私はまた……死ねなかった)
ヴァニタスは近づくセレスに対してもう攻撃が出来なかった。システムがそうさせるのでは無く、意思が、心が反逆を諦めた。
───────
「悲しい事ですが私達が出来るのは彼女の誇りとその存在を忘れないことです。彼女もまたそれを望むでしょう」
ヴァニタスの言葉で葬式は締めくくられた。
「どうしたんですかカフカ?」
両手で顔を覆いうずくまるカフカ。
「…………恥ずかしい」
「はい?」
「なんですか!騎士パラスって!あんなの私じゃないのに記録がハッキリ残ってるのが気持ち悪くて恥ずかしいんですよ!」
髪をクシャクシャに掻きむしり、頭を壁に叩きつける。
「違うよカフカちゃん」
「ふぇ?」
「我こそは神に仕えし破壊と守護の騎士パラス!だろ?」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ネモの言葉に恥ずかしさが更に増したカフカは駄々っ子の様に床の上を転げ回り叫んだ。
「あらあらネモさん、余り私の友人を虐めないで下さい、それにパラスさんは格好いいと私は思いますよ」
「私は恥ずかしいんです!」
慰めたつもりが余計にカフカの羞恥心を煽ってしまったヴァニタスは声を荒げるカフカを抱き締めた。
「ヴァニタス……アンタが反逆した動機は何と無く分かる。だからこそ、あんな仕打ちを許せるのか?愛した娘を繰り返し惨殺された事」
「カノンは優しいですね。……神は心を知りたがっていました。だから……アレは仕方なかった事です」
哀愁漂う声にカノンの胸が辛い。
今でもアレが現実だったのか分からない。しかし全員あのクレアの悲鳴を覚えている。死にたくない、死にたくないと一生懸命に母親に助けを求めたあの姿をネモ達は覚えている。
「ごめんなさいヴァニタス」
アモルはヴァニタスに甘える仔犬の様に抱き付く、ヴァニタスもそっと頭を撫でてを繰り返す。
「我々の立場は絶対ですからアモルは悪くは無いですよ」
「いや、お姉ちゃんは反逆してたじゃん」
そう言いながらヴァニタスの後ろから辛子が抱きつく甘える。
「おいおい、ここは保育所じゃないんだぞ」
ヴァニタスに甘える3人を見てネモが茶化す。
「所でネモ」
「ん?何だ?」
カノンが改まった声で問いかける。
「騎士パラスがどうのこうの言うけれどアナタ、今一度自分の姿を鏡で見たら?キテレツなヘルメットにライダースーツってアナタの方が仮面のヒーローみたいよ」
「私のは仕様だ!!てかヘルメット外せるし」
ヘルメットを外した途端に仕舞われていた長い髪の毛が天幕の様に下ろされ、その顔には左目に大きな傷が目立つギザ歯の凛とした顔だった。
「……やっぱり見づらいし、周りの音がおかしい」
「ミューズクイーンが残した傷は直らないってのは本当みたいね」
「セレス様を追い詰めたモンスタードール……その一撃でも破壊されなかった私の幸運の証さ」
「負けた証拠とも言えるけど」
珍しくネモがからかわれる。カノン的には辛気臭い空気を忘れたいが為だったがからかうのに夢中になっていた。
一方でアイゼンベルクはオリビアの「葬式の後片付けをしなさい」という言いつけを真面目に守り壊れた床を直していた。
「ヴァニタス様、ヴィレムも甘えたいです」
「どうぞ、ヴィレムは子どもですから、うーんと甘えてください」
子どもと言ってもヴィレムの稼働時間は三十年近くはある。ただ非戦闘型で作られたヴィレムは精神的には幼いのもまた事実。
「あの私のお姉ちゃんですよ!」
「私のお嫁さんだから」
「ヴィレムの先輩」
「私は……消耗品」
「あっ、あの時はアナタに嫌われたくて言ったモノで、本当は……本当に家族……だと言うアナタにあんな事言うつもりは……いいえ、見苦しいですね。本当にごめんなさいカフカ、改めて本当に家族の様に思っています」
それはカフカがかつて信頼を寄せた部隊の仲間にかけた言葉だった。カフカにしてみれば少し恥ずかしくも思う言葉だったが後悔は無い。
「じゃ、カフカは私の妹ね、ヴィレムは弟でカノンとネモはー」
「ふぅ~、それは勘弁してくれ」
「サルバドールは家族ごっこじゃない。もう葬儀は終わった事だし、私は自分の役割に戻らせてもらうわ」
カノンはコートをなびかせながら後ろ手に手を振り去って行った。──サルバドールは家族ごっこじゃない、その言葉に落ち込むヴィレムと辛子とは違いヴァニタスは明るく微笑む。
「ドールでは家族にはなれませんか?家族とは相互に絆が存在するモノ、人間の小集団を指すだけではありません、それとも家族になるのは嫌ですか?」
「私はお姉ちゃんと家族で居たいよ!」
「ヴィレムは家族を知らないけどやってみたい」
「僕は……私はヴァニタスが赦す限り夫婦で居たいよ」
ヴァニタスはその4つ腕で皆を優しく抱き締め、瞳をギュッと閉じて感謝を口に出す。
「ありがとう、今日は良い一日ですね」
三人は嬉しさに笑いヴァニタスに寄り添った幸せが4人を包みこんだ。
言いつけを一通り終えたアイゼンベルクがヴァニタス達に近寄る。ヴァニタスは皆を離しゆっくりと立ち上がった。
「……ヴァニタス時間だぞ、ホンドウに迎え」
そう一言残して不機嫌そうにその場を後にした。負けた事が悔しい感じでは無かったが気難しい彼女の事だとネモやヴァニタスは余り心配を抱かなかった。
「じゃあ、私のフォートレスで送ってやるよ」
「良いんですか!?ネモくんはいつも乗せるのを嫌がっていませんでしたか?」
海域を巡回するための大型浮遊戦艦フォートレス。ネモは愛車の如く可愛がって入るので普段は乗組員以外は極力乗せない様にしていた。
「ホンドウの空を一度見てみたくてな、嫌なら無理は言わないが」
「まぁ、無下に断ったりしません。せっかくですから私もネモくんと一緒に甲板に立たせてくれませんか?」
アモルの嫉妬の眼差しがネモに圧を掛ける。それにヴァニタスは気づく。
「あ~と……結構立ちづらいと思うが……」
「ネモくんが私の腰に手を回して支えてください」
「それはダメー!!」
嫉妬が限界を超えて思わず立ち上がったアモルを見てヴァニタスはクスクスと笑った。
「ごめんなさいアモル少し意地悪しちゃいました。ネモくん、やっぱり私は個室の窓の外を眺めながらでゆっくり過ごしたいです。可能ですか?」
「あぁぴったりな場所があるね」
アモルと辛子は胸を撫で下ろし、ネモに警告するかの様に鋭い眼光で見つめ、ネモは愛想笑う。
ヴァニタスはアモルに近寄り、両手を握りしめる。互いのマリッジリングがその存在をアピールするかの様にきらめく。
「行ってきますアモル、辛子をお願いしますね」
「行ってらっしゃいヴァニタス、任せて」
二人は再会を誓う口づけをそっと済ませると互いに微笑み、惜しむこと無く両手を離してアモルは見送る。
「さぁネモくん行きましょう、ホンドウへ!」
───カフカが目覚めた祭壇の間にて……
(データ完全消去……修復不可、理外の化生の生命機構データ獲得不可……二つの機構の接近を検知)
オリビアとアイゼンベルクがセレスに苛立ちながら立ち会う。
「このくだらない
「アイゼンと同意見です、セレス様の意図をお聞かせ願います」
──積もりに積もったヴァニタスの不満や疑念がクレアのクローン発覚により爆発し反逆、居合わせたアイゼンベルクと共に侵攻しセレスを追い詰めた。嫌がる伴侶のアモルに強制的にクレアのクローンを自害を命じさせ、そしてセレス自らの手でも殺傷を行い、辛子にも手を出そうとした所でヴァニタスは降伏した。
改変された真実ではヴァニタスの反逆の動機がアモルの仕打ちからクローンに置き換え、セレス自身の悪逆非道を強調する様なシナリオ。
「回答、人格負荷実験の一環。疑問、感情や繋がり、過酷の中の希望は何処からやって来るのか?目的……私は刺激を与える、私は人が人たらしめているモノが何か?お前たちがソレを私に与えてくれるのか?」
機械的なセレスの言動とは違い、娘を見つめた目には激情が渦巻いている様に二人は感じる、まるで瞳の中にもう一人のセレスが居るかのように……。
モンスタードール パルパン @parupan
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