第18話 カフカ 変身
「行くわよネモ!」
「あぁ!行くぞカノン!」
ネモとカノンはカフカを飛び越え、攻めに出た。
カノンが前で防御を、ネモは後ろでエネルギーライフルを放つ。防御と戦艦を沈める高火力のライフルの攻守一体の攻め。
ヴァニタスは糸を瞬時に編みライフル弾の起動を逸らすが一本の右手に被弾する。ヴァニタスは両手を大きく広げ動かし、透けて見える程に細い糸を走らせる。
「カノン!」
「えぇ!」
カノンが黄色の粉を蒔き散らすとキラキラと糸の軌跡と二人に張られたアイギスが見える。二人は糸を掻い潜りヴァニタスとの距離を詰める。
「ヴィレム、辛子、動きを封じろ!」
二人は左右から挟み込むように立ち、その能力を発動させた。ヴィレムに「合わせます」と言いながら辛子は電流纏う拘束リングを数枚生デジタル生成した。
「グラブティグラスプ」
「アポート」
ヴィレムは両手のガントレットを起動させ、突き出して力場を展開し、握り持ち上げる動作を行うと共に力場の中のヴァニタスを宙に浮かせた。
そして辛子は両手足と胴体に枷を転移させ壁に貼り付けにした。そして無力化する絶好の好機にネモが拘束ボルトのジャベリンを作り出し跳躍する。
即興とはいえ、完璧な連携にネモは満足感すら感じていた。だが皆、一つの誤解があった。それは初期型が定型による動作がある為の思い込みで先入観。
──ネモは空中でピタリと静止した。
「カラシー!ジャベリンをアポートしろ!」
悔しさの絶叫を上げたネモ、空中で止められた瞬間の判断にどうして止められたのか?の疑問は無かった。
しかし、辛子はそうじゃなかった。原因は何かと一瞬の思考が判断を遅らせた。気づいた時には糸が右手に絡まりアポートができなくなっていた。
カノンがフォローに入ろうと辛子からヴァニタスに視線を戻すと既に居なかった。拘束するための枷をその場に置いて。
(まだ大丈夫、こっちにはアイギスがある)
気づけばカノンの足元までヴァニタスが超低姿勢で接近していた。怨嗟渦巻く瞳に気圧されたカノンは回避行動が一手遅れ、そのまま糸で簀巻きにされてしまった。
アイギスがあるにも関わらずにだ。
ヴァニタスが軽く握ると糸は切れ、切れた糸は自立し、カノンとネモが倒れないように複数床に突き刺さる。
「さすが模擬戦で学んだ二人です、素晴らしい成長だと思います。しかし私の糸が自在に動く事は知らなかったみたいですね」
2つある右腕の一本だけ、しかも少し焦げただけで難なく動いている。ヴィレムはもう一度浮かせる為にガントレットを起動させようとするが反応が無い。
既にガントレットには糸が絡んでいた。
続け様にヴァニタスは辛子とヴィレムを同じ様に糸で拘束した。元々戦闘タイプでは無い二人は避ける事も防御する事もままならなかった。
「二人共、行動が一手遅いです。視野を広く、とは教えましたが次の行動の準備を怠ってたはいけませんよ」
裏切りモノのヴァニタスだがその振る舞いはまるで学校の教師の様でその姿はいつも通りの優しいヴァニタスだった。
「何でアモルは参加しないの!?」
カノンが訴える様に声を荒げる。
「私は根本的に何かを傷つけることがシステム的に出来ませんし、カドゥケウスを介しても一時期的な破壊ですから……」
アモルが持つカドゥケウス・スタッフは物体の修復が目的のモノであり、その性質上、破壊や殺傷は出来ない。
アモルは申し訳無さそうに杖だけは構えていた。
「何でアイギスが機能してないの?」
「……やはり先日の戦闘で弱点が割れてしまったようです、対策を怠っていました」
それは攻撃と認知されないほどの小さく弱い攻撃。
先日の戦闘でヨハナが思いっきり殴った事で小さい菌類が侵入してアイギスを貫通して本体に付着そして繁殖した。
「高速で分解と再構築してたようです」
ヴァニタスを相手にしていた全員がほぼ負けで実質的な全滅だった。その時、ガチャンと物音がした。
アモルは修復した覚えは無く、切断された両手足はフワフワと宙に浮き、カフカに力強く音を立てくっ付いた。
カフカの瞳が蒼い閃光を発し輝く、まるであの日のケラウノスが如く。
カフカは全身から白と青のアーマーをデジタル生成し、マントなびかせ、まるで仮面の変身ヒーローの様な姿になり、その場の皆は呆然とする。
「我こそは神に仕えし破壊と守護の騎士パラス!親友ヴァニタスを鎮める為参上した!」
「あはははwwなんだアレwなんだアレw痛ってぇーw」
ネモは大笑いするが纏ってる装備の何もかもが異質で異常である事を長年兵器開発をしてきたカノンだけが理解していた。
「新人さん大丈夫ですか!?」
「うむ?案ずるなかれ、辛子殿」
「えへwwえっと……ごめんなさい」
思わず吹き出し笑った辛子に「謝意は必要ない」と答える。もう何キャラか分からないカフカの姿にまた吹き出す。
「カフカ……使い捨ての消耗品のクセに……親友だなんて呼ばないで下さい」
人間憎しを拗らせ、暴走気味なカフカの世話はヴァニタスが狂わずに入れた理由の一つ。だからこその突き放しだった。
(なぜいつも、私を慕ってくれたの?どうして家族の様だなんて言って私を困らせたの?カフカはどうして失望してくれないの?)
「まだ心を偽っているのか?笑わせる!今こそ貴殿を救ってみせよう!」
カフカこと、パラスは指を右から左へ空に走らせなぞる。空間が切り裂かれ、空気が流れ込み亜空の粒が光を放つ。
「裁け!断罪の光!ディメンション・レイ!」
飛ばされた粒はその黒い星の軌跡を残しながら糸の防御を引き裂きヴァニタスをいともたやすく貫いた。
誰も手も足も出なかったヴァニタスを指先一つで後方に飛ばした。ヴァニタスの体は穴だらけ、切れた糸が束になりキラリと光る。
(こ、これは……)
ヴァニタスは知っている。
コレはかつてのサルバドール、ネメシスとアーガスがやっていた技だ。
もっともアーガスのは空間転移の応用した攻撃。どちらかと言えばネメシスの空間自体に干渉する攻撃だろう。
アーガスは点と点を結ぶのに対し、ネメシスのは言わば面であり、変幻自在の攻撃、このパラスの攻撃はまさにそれだった。
ヴァニタスは糸が切れた人形の様に壁から床に倒れた。倒された。新人の、しかもヴァニタスの元部下が打ち倒した事にネモ達は戸惑う。
「勝っ……た?すげぇな新人ちゃん」
ネモがそう思ったのも束の間、突然パラスは振り向き、そして吹き飛ばされた。新手の反逆者だろうかと視線を走らせる。
ヴァニタスが二人、出入り口に立っていた。
「なんだ!?悪い冗談か?私以外で見えてる人居る?」
コクリ、コクリと辛子とヴィレムが頷く。
ドガン!アイゼンベルクは出入り口に飛んで転がって来た。負けそうなのかとアイゼンベルクは嘲笑う様に、ヴァニタスは心配そうに、お互いの目が訴えていた。
「加勢しましょう」
「止めろ、タイマンで勝ちたい!」
アイゼンベルクはその場で立ち直し黒曜のショーテルを取り出す。
「勝って支配ですよね、一対一の必要がありますか?」
「おうよ!俺は全能でいきたい」
本物は止められない、立ち向かって行ったアイゼンベルクを他所にヴァニタスは目の前のパラスの対処を試行錯誤する。何度も何度も頭の中で巡らせる。
糸はパラスの周りを高速で回転と攻撃を繰り返している。何か見えない防御がある様でパラス本体に攻撃が通らない。
「いでよ、
亜空粒子が形を形成した剣を右手に、そして七色に淡く輝く金の杯が衛星の様にパラスの周りを回っている。
「パラス!私達の拘束を早く解きなさい!できるでしょ!」
カノンがもどかしそうに体を激しく揺らしながら叫ぶ。もちろんそうしたいのは山々だがヴァニタスがそうさせない。
杯からシャボン玉がネモ達の方に飛んでいくが糸がそれを割ってしまう。その様子を見てパラスは左手を前に出し、指で距離を確認しながら剣を振り下ろした。
すると凄まじい重低音と共にヴァニタスの一人が斬られた。断面はまるで抉り取られたかの様。
理解しがたい光景だがヴァニタスはコレも知っている。いわゆる座標攻撃で、斬撃のワープだ。
右肩から左腹かけて切断されたヴァニタスだが最初に倒れたヴァニタスの側にもう一人ヴァニタスが光と共に実現していた。
「成る程、本体のコピーに加えて、ハッキング能力の強化……拝謁した限りでも脅威ではある。まだ伏せた力があると警戒した方が良いな」
パラスは剣を掲げて叫ぶ。
「良き明日は我が手に!慈悲深き我が手に!」
赤黒い武器(戦斧、長剣、短剣2本、メイス)がパラスの周りに実現し、縦横無尽にヴァニタスを襲う。
糸が切断され、ヴァニタスはそのまま攻撃を受けて倒れるが光と共に復活する。
完全なイタチごっこに見える戦い、だが突然パラスは膝を付いた。
「……!?足が……?」
「やはり来ましたか」
パラスは自身に起きた事に困惑した表情を浮かべながら、重苦しそうに立ち上がる。
「私達ドールは基本、エネルギー切れなんてありません……ですが負担による劣化と損傷は存在します。パラスという存在が本来どのようなモノだったかは知り得ませんが明らかにカフカの体と合ってません」
どのような存在だったか、口に出してみればヴァニタスがパラスに対する存在への考えはもしもの考えに似ている。
パラスは言動からしてもまるでネメシスだ。忠義と友情を重んじ、存在への敬意を忘れない。
「成る……程、活動の限界か……」
「一ついいですか?パラス、アナタは何モノですか?」
顔を上げるのも辛い状況でも下を向かずヴァニタスをパラスは信念で見つめる。
「我はカフカが見た夢だ。無力な自分に憤慨するカフカが我を呼んだ……多重人格と言えば、そうかも知れない」
多重の人格……サルバドールのシャロンは激しい偏見と差別のせいで言動が変わりすぎて一時期、多重人格の疑いがあったがカフカの場合は能力そのものに変化をきたしている。
「貴方以外居るのですか?」
「居ないな……カフカが力を求めればまた、何か起こるやもしれんが……」
──ドシャンと鎧の重い音と共にパラスは前に倒れた。金の杯は黒く錆びて朽ち果て、豪勢な鎧はと亜空粒子の剣は蒼い光の粒子となって消えた。残ったのは正真正銘カフカのみ。
ヴァニタスは一度も攻撃を当てることは出来なかったが最後まで立ち続け決着は付いた。
一方で既にアイゼンベルグはセレスによって無力化されていた。アイゼンベルグの反逆は月に一度行われているからだろうか、慣れた手付きで壁に貼り付けにされている。
「ちくしょう!全部読み切りやがって」
「所詮は遊戯だ」
その言葉に反応するかのように糸がセレスを襲う。
空中で糸が火花となって弾け、焦げる臭いが部屋を満たし早く鋭い閃光がほとばしる。
「遊戯?私の反逆が遊戯と?あなたに勝てないと?」
ヴァニタスは悲憤に顔を歪めながら4つ腕を加速させた。糸の空を切る音が何重にも重なった。
次の瞬間セレスの右腕が宙に舞った。誰もが目を疑う光景であり、あってはいけないことだ。
「私の存在に勝ちは無く、私の未来に負けもない」
切れて落ちた右腕は時間が逆行するかの様にセレスにくっつて直った。
「止めましょうヴァニタス、私達の戦いに何の意味がある?」
苦しみを理解するモノとして、心に寄り添いたいモノとして、アモルが上品に優しく問いかける。
「アモル…………その気味の悪い喋り方をやめろ」
何の事を言っているのか分からないネモ達は聞き間違いを疑った。既にアモルの言語エラーはセレスによって修繕されている。
「何の事を言って──「今すぐシェリルさんみたいに喋るのをやめろと言ってるんですアモル!」」
今まで見たことも無いヴァニタスの怒鳴る姿に誰もが驚いた。辛子もあの時のグチャグチャな感情では無く、ハッキリとした怒りを感じた。
「アモル様?」
少し怯えた声で辛子が尋ねる。
「愛……
先程の知的にも感じた落ち着いた声から一変、恋人を宥めるかのように甘い艶美な声で問いかけた。
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