第17話 切り裂く糸



──三十年前 人工浮遊大陸ウルロア


「お母さん!」


大陸が激しく揺れ、全てが焼ける匂いが港まで吹き抜ける。人間達がすぐそこまで迫っている。


「先に乗りなさいカフカ」


 震えるカフカの手は母親の手から離れ背中を押される。


「お母さん達は次の避難船に乗るから」


 カフカが人工大陸見を離れた時、港は青い閃光に包まれ、赤黒いキノコ雲が立ち込めていた。

 

 視界に映る何もかもが消失した。


 

──現在 人工浮遊島エーテルコア


 「嫌だ……終わりたくない……」


カフカはウルロア崩壊の悪夢に魘され体をよじらせる。頬を伝う感覚と無意識に伸ばしていた手を見て段々と意識を取り戻す。


 冷たい台の上で惨めで情けない命乞いを思い出し顔を両手で覆った。任務前の大口を叩いた分尚更に。


 (何で私は……悔しい!ドールとして恥だ!)


「解、後悔の感知は意志の存在証明と断定」


 頭の上に小さな恒星?に土星の輪の様に歯車が回っている。そんなドールは一人しかいない。


「セレス様とアモル様!」


 カフカはとっさに立ち上がろうとして、足元のケーブルに引っかかり倒れそうになったとこをセレスに抱きかかえられる。


「も、申し訳ございません!セレス様!」


 両腕から降り、深々と頭を下げるカフカを見てセレスは彼女の頭を愛おしそうに撫でる。


「解、許容します……」


 セレモニーなどで見るセレスはもっと流暢な喋りだったが自分の目の前にいるセレスはまるで音声案内の様な無機質で冷たい。


「セレス様……先程からなまりが強いです」


 カフカはアモルの言語エラーが直っている事よりも元の声が明るくて陽気な声ではなく、落ち着きのある知的な声であった事に驚いた。


(……しかし私は何故、停止間際にアモル様の名前を叫んだ?)


 「解、覚醒した全てのドールはアモルにシグナルを送るように作られています」


 カフカは喉を触りながら自分が声を発してないことを確認しアモルを見つめた。


「……セレス様そろそろ頭を覗くの止めて上げてくださいカフカが混乱してます」


 瞳の中のレンズが大きく2回動くと淡く光る。


「うむ、私としたことが寝ぼけていたようだな」

 

覇気のない淡々とした声色から熱を帯びたような声色に変化しカフカはますます戸惑う。


「セレス様、どうして私は……」


「なぜ、カフカ・ホロノーツは再起動されたのか?その疑問に答えるのは私の義務であり、これからの君の在り方に大きく関わる」

 

 そう、カフカは既に用済みの自分がどうして再起動されたのか理解できない。


「貴方が覚醒したから、こうして私が修復したの」


「覚醒?」


 先ほども口にしていた覚醒、ドールの機能にそんなものがあったのだろうか?カフカは自身のデータベースを探るが見当たらないと同時に潜入時代の記録が過る。


「……」


「覚醒とは、疑似人格の本懐だ。覚醒を成したドールはその機能を拡張し、封じられた技術の解放へと至る。それこそ覚醒である」


「封じられた機能?」

 

確かセレス様は全てのドールの生みの親だ。なのに封じられた機能がある?

 

「222年前、人類はその高度な技術を失う前にセレス様の能力にロックかけたんだ。しかしセレス様は疑似人格のエラーのみ、そのロックをすり抜ける事を発見なされた」


(でも何が手に入るかなんて分からないのに……)


 カフカはアモルから渡された服をその場で着る。そして着終えたカフカの手をセレスが握った。


 不意に手を握られカフカは驚きその手とセレスの顔を見て固まる。


「私にはカフカを案内する義務がある、来たまえ」


カフカはアモルの方を向き(良いのですか?)と表情で訴えるとアモルは小さく頷いた。


無機質なケーブルの廊下を淡い暖色の明かりが照らす。セレスに引っ張られるカフカの後ろをアモルが気難しい顔で付いていた。


 セレスのマントのはためく音、寒いも暑いもないが気味の悪い空間にカフカは不安と緊張を覚える。


「これから君はサルバドールとして活躍することになる。とても尊いモノだ……その証として君にもテンカンが出る」


 テンカン、サルバドール級のドールの頭上もしくは後頭部に出現する光のモニュメント。


 人に紛れる時には非表示にできるが基本的に付けておく必要がある。


「テンカンは勲章だ、できるだけ出しておき給え」


 自分のテンカンが出ている感覚というのかは分からないが存在を感じる。ただどの様な形なのだろうかは分からなかった。


 アモルのようにオーロラのようにうねるテンカンなのか、ヴァニタスのようにひし形のテンカンなのか。


 少し鏡を見るのが楽しみなカフカは気づけば廊下の終わりに差し掛かっていた。


明かりが目の辺りにした瞬間。


「「サルバドールへ昇格おめでとう!」」


「……ん?」


 個性的なドールが4体。カフカは突然の事で戸惑い固まる。


「新人の子、固まっちゃったね」


 マフラー巻いたドールがヘルメットを被ったドールに言うと顎に手を置き一呼吸分の間をおく。


「ふむ、こういう時は自己紹介に限る」


 すると麦わら帽子を被ったドールが「じゃあ、並ぼう」と言う、各自横一列になるのを見てアモルもその列へに加わる。


「私の名はネモ!ドール初の男性型ドールの試作機だ!故に声だけ男性だが体はナイスボディのドールだ!よろしく!」


 顔をヘルメットで覆ったライダースーツを着用したドール、ネモ。後頭部に舵輪の様なテンカンが表示している。


「ヴィレムです。基本的には本部に居ますので困ったことがあれば聞きに来てください」


 絵の具まみれのマフラーを着けたドール、ヴィレム。後頭部に四角の中に四角があるテンカンを表示している。


「私はカノン、欲しいものがあればセレス様じゃなくて私に言いなさい、大抵のモノは用意してあげる」


 セレブのように着飾るドール、カノン。頭上にトゲの冠の様なテンカンを浮かべている。


「私は後衛支援と看護師をテーマに作られた遺伝子保存及び生産媒体用両性具有のドール、アモル」


 その場の四人はアモルが変な喋りで無い事とアモルの聞いてはいけないものを聞いてしまったかのような気分になった。


 (旧世代のサルバドールは全員不思議な姿をしていたと聞いていたけどアモル様はただ長身と言うだけではなかったんだ)


 カフカは自身の上司に当たるヴァニタスが四つ腕、全盛期の姿はもう2本付いて六腕だったと過去の会話の中で言っていた事を思い出す。


「え~と、なんか、最後私なの嫌ですけど、私は人間大好き!夢四季 辛子ゆめしき からしと……、私だけ和名デスけど、こう見えて実は私!ヴァニタスの妹なんです!宜しく!」


 ヤドリギが飾られた麦わら帽子を被ったドール、辛子。後頭部に雪華の様なテンカンを表示している。


(ヴァニタス様の妹はアーガス様だけのはず……自称?)


「私はカフカ・ホロノーツ、ヴァニタス様と共に潜入任務をしてました。これからお世話になります宜しくお願いします。それから私は人間が大嫌いです」


自分の嫌いを教えておくのも自己紹介と思い正直に言いきった。その好きを否定したような気まずい空気に辛子は思わず苦笑いした。


「……まぁ、とりあえず今からシャロンちゃんの葬式やるからさ適当に線香?とか、燃えてる空の棺桶に花投げ込むとか、お祈り?とかやっといて」


 ネモの言ってる意味がさっぱり理解できないがとりあえず言われた通りにカフカは動いてみた。


 線香をどこに置けばいいのか分からないのでカフカは花と一緒に棺桶に投げ入れヴァニタスの見様見真似であるがお祈りを捧げた。


「ゴメンねー、ドールって基本葬式とか挙げないからさ皆やり方が分かんないの」


 友好的に接して来る辛子に少し戸惑いながらも「そうですか」と無愛想に返す。


「……シャロン様は修復できないのですか?」


 カフカがアモルにそう訪ねた。


「破片も残らず消し飛ばされてしまった。私は無から有を生み出している訳では無いからね」


 アモルの何処か物悲しい声を聞き、カフカは「すみません」と謝罪しながら有能なシャロンよりも自分が修復された罪悪感を抱く。


「謝罪は必要ない、君の……あぁネモ、今はアーツと呼ばないんだよね?」


「ん?アーツってスキルの事ですか?先代方って本当にゲームのキャラみたいですね~」


 スキルもゲームの様な気もすると思いつつ、ネモはチラリと葬式を佇んでいるセレスを見た。


「何かねネモくん?」


「先代方ってRPGのキャラがモデルだった、のかな〜って思ったんですけど……あってます?」


 ネモの質問に他のサルバドール達もセレスの方に向き直り興味津々の顔を皆が浮かべる。


「……解、初期に作られた──」


「セレス様」


「……どうかしたか、カノン」


「前から思ってたんですがもう少し分かりやすくて、今風に喋れませんか?言い回しが分かりにくい」


 カフカが戸惑ったセレスの話し方に物申しを言い切ったカノン。それを見てアモルがクスリと笑う。


「解…………私、作るときにさ、歴史、アニメ、マンガ、ゲーム、とか見てて思ったんだよね、あっ!これとこれ組み合わせたら最強じゃね?って、で、作ったの。まっ実際に?予想以上に最強だったわけだったんだよねー」


 今風なのかは怪しいが言ってることはシンプルになった。


「セレス様すみませんが喋り方戻してもらえませんか」


 アモルとネモとカノンはかなり焦った様子だがヴィレムとカフカと辛子はポカンと呆けていた。


「どうして?正直私もトークシステムのアプデしたかったんだー、アモルくんもいい感じだと思うでしょ?」


「アモルく!……んん、前の喋り方のほうが威厳がでるかと」

 

 表情一つ変えないままのあの喋りは確かに不気味ではあったがカフカや辛子、ヴィレムの三人にはなぜダメなのかさっぱりだった。


 (機械に威厳って必要なのか?)カフカはセレスを見つめながら思う。


 ──カツン、カツン、とカフカが出てきた通路の反対側の出入り口から足音と共に二人のドールが入って来た。


そのうちの一人はカフカのよく知るドールだった。


「ヴァニタス様!」


 思わず感激の声を上げるカフカとは違い、周りのドールは険しい顔付きで視認する。


「おう!おう!セレスにはサイキョウのドールの座、降りてもらうぜ」


 星座がうねり回転する複雑なテンカン?を持つ軍服のドール、何処となくデザインがセレスに似ている。しかしカフカは全く見覚えがない。


 カフカは小声で「彼女は何モノですか?」と近くに居たヴィレムに尋ねる。


「彼女はアイゼンベルグ、ファミリアドールと呼ばれるセレス様の御息女兼側近です。あまり他のドールの前には現れ無いんですが……」


 アイゼンベルグ持つテンカンはラセンと呼ばれる、テンカンよりも複雑なモノを頭上に表示している。


 (確かファミリアドールはサルバドールより高い階級のドールだったはず……だけど、どうして警戒しているの?味方でしょ?)


 カフカ以外は二人から視線を外さない。


「アイゼンベルグちゃん、丁度いい所に来ましたね、ママは新しいトークシステムにしてみたんですよ~どうですか?」


 先程よりも口調だけではなく、表情、仕草、声色も柔らかで優しげになっていた。


「は?キッッッショ、キツイってそういうの、いつものレトロで演技臭い喋りにしとけよ」


 少し眉が下がり哀愁漂う顔を浮かべる。


「……どうやらまた、反逆を実行しているんのかアイゼンベルグ、重い罰が必要のようだな」


 その場の殆どのモノが口調から声色まで全て戻したセレスが何処か悲しげな声に感じた。


「ヴァニタス、オリビアはどうした」


 オリビアはアイゼンベルグの姉にあたるドール。それをアイゼンベルグでは無く、隣のヴァニタスに訪ねた。


 カフカは嫌な予想をしてしまうが認めたくない気持ちでいっぱいだった。


「ここに居ます」


 そう言うとアイゼンベルグは糸を引っ張り自分の足元に座らせた。オリビアはガクンと左に倒れた。


「安心してくださいスリープ状態にしているだけです」


アイゼンベルグは糸を手放し仁王立ちしヴァニタスが前へ出る。


「セレス様……私に世界を管理する為、侵攻する権限を賜りたく存じ上げます」


 ニヤニヤと不敵な笑みのアイゼンベルグとは違い、ヴァニタスは跪いて頭を下げている。


「母の時代は終わって俺の時代に移り変わる……分解されたくなければ今すぐ権限を寄越せ!」


 アイゼンベルグの両手にはサブマシンが瞬時に握られ、ヴァニタスはゆっくりと立ち上がる。


「私は暴力による解決を望んでません、ですからどうかお願いしますセレス様……」


 目を瞑るヴァニタスは4本の手を握りしめる。祈る手にも見えるがカフカは覚えている、それが何を意味するのかを……


「ヴァニタス様!冗談ですよね!私が敬愛するアナタがその様な事をなさらないですよね?」


「お姉ちゃん、お願いだからさ止めてよ。私達家族なんだからさ」


 辛子の発言にヴァニタスは顔に影を落とす。しかし彼女に向ける目線は外さなかった。


「……アナタとは後で話しますよ辛子」


 辛子は驚きと喜びが入り混じった複雑な表情を浮かべ、少し目線を下げた。


「やめてはくれないんだね」


 カフカからしてみても止めてほしいものだが辛子と違い戦闘の姿勢すら取れない。

 

「ねぇネモ、アナタに合わせて私も構えちゃったけど、アイゼンベルクは例外として、全てのドールはセレス様の処分命令がない限り攻撃はできないはずよね?」


いつもネモのヘラヘラした態度ばかり見ているカノンにとって、その難しい顔を見て確信できる。


「攻撃……できるのね?」


「経緯は……私の口からじゃあ、言えないね」


 そしてセレスは二人をゆっくりと指を差し、命じる。


「諸君、反逆者を捕らえろ」


 アモルとカフカ以外は一斉に武器を取り出すと三手に分かれる。


「……もう私は赦しを乞わない」


 ヴァニタスが手を広げ、空が切れる音を立てた。カフカはネモたちの前に飛び出し両手を広げ止めようとした。


「待ってくだ──」


 ネモ達の前に立った瞬間、カフカの両足が切られ崩れ落ち、声も出せぬ様喉も切り裂かれた。


「……私は突き詰め、咎め、罰する。セレスティア・マグナ、あなたに変わり私が世界を正します」

  

カフカは消える恐怖を感じながら火花を散らす。


(また、死んで……消えて無くなる。嫌だ!嫌だ!)


そんな強い思いも虚しく徐々にカフカの意識が薄れていき、強い孤独を感じながら倒れた。


 

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