第百二十六話 手作りマヨネーズは明日のための一歩


 前世でもそうだった。


 遠い昔の記憶。

 前世、まだ子どもたち――智樹や結衣が小さかった頃。


 二人の小さい子を抱えて途方に暮れつつも毎日を進んでいかなくてはならなかった頃、夜中に、マヨネーズを作ることがしばしばあった。


 疲れているのに、眠れなくて。

 でも、何か明日の一歩になることがしたくて。


 午前中、幼い智樹と結衣を公園で遊ばせて、クタクタになって帰宅した後、お昼ご飯を食べさせるのがこれまた大変だった。


 智樹も結衣も、野菜を食べたがらなかったからだ。

 しかし、マヨネーズを付けると食べてくれた。


 そこで、カロリーの低い、小さい子にも優しいマヨネーズを手作りすることを思いつき、眠れない夜に作っていたのだった。



 マヨネーズがあれば、明日のお昼ご飯は少し自分もラクができる。子どもたちに食べさせていると自分のご飯はすっかり冷めきってしまうが、子どもたちが少しでも自分で食べてくれれば、香織も少しは温かい物を口に入れられる。


 そうすれば、少しは元気になれる。

 そうやって、自分で自分を励ましていた頃のことを、ふと思い出したのだ。


 生活のあちこちに耀藍の影が残る今、何をしていてもふと悲しくなって、昨日の夜のように涙があふれてきてしまう。

 無理に寝台に入っても、耀藍は今頃何をしているだろうか、ご飯はちゃんと食べただろうかか、王城での生活には慣れただろうか、などととりとめのないことを考え始めると、どんなに疲れていても目が冴えてしまう。

 小さかった子どもたちを抱えて途方に暮れていた頃のように。


 それで、マヨネーズを作ることを思いついたのだった。


「……思い付きだけど、青嵐が野菜が苦手なら作ってよかったわ。もう大きい子だし、マヨネーズがあれば野菜嫌いを克服できるかもしれない」

「なんだい香織、ひとり言かい?」

「わあ、明梓さん! おはようございます!」


 厨に顔をのぞかせた明梓と、香織は話し始めた。




 その姿を、門から小英と青嵐が見ていた。


「なあ小英。香織、なんか無理してないか」

「だよな、俺もそう思う。青嵐、食堂ではどうなんだ?」

「食堂では今までとあんまり変わらない。忙しいし、食堂が終われば吉兆楼に行くからな。問題は夜だよ。夕餉のあともずっと厨にいるだろ?」

「ああ、いるな」

「やっぱり……耀藍様がいなくなったからかな」


 小英も青嵐も、すでに華老師から耀藍のことは聞いていた。

 術師として王城へ入ったこと。

 そして、一生を術師として王に捧げ、王城で暮らすこと。


「俺たちにも何も言わずに行っちゃうんだもんなあ」

 小英がぼやいた。

「香織は、もっとびっくりしただろうな」

「びっくりした以上だろう。だって、香織は……耀藍様に想いを寄せていたんだろうから」

「うん…………」


 二人は無言になった。


 恋や愛について、まだよくわからないが、ぼんやりと想像できるほどには二人は大きい。


 傍目から見ても耀藍と香織は、好き合っているであろうことが丸わかりだった。

 そんな二人が一生会えなくなった、ということが、当人たちにとってとても辛いことだというのは、二人にもなんとなく想像はできた。

 が、そういう気持ちや状況を表す言葉を、十代になったばかりの二人はまだ知らない。

 だから。


「……それにしても、美味かったな、マヨネーズ」

「ああ。あれは魔法だ。小さな村一つくらい破壊できる衝撃だった」


 二人は、香織が新たに考案した調味料というか料理『マヨネーズ』に思いを馳せたのだった。


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