第百二十三話 いつもどんなときも、おそうざい食堂で。



「知ってたかい? 今日は、王城に術師が入るんだって」


 人々で賑わう、華老師かせんせい宅の庭院にわ

 おそうざい食堂の長卓子を囲む人々は、その話でもちきりだった。


「なんでも、すごい豪華絢爛、目もくらむような行列らしいよ」

「へえっ、術師ってのは、不思議なチカラで王をお助けるするっていう御人だろ?」

「豪華絢爛な行列って、妃嬪じゃねえよな? あ、女術師なのか?」

「いや、術師はたいてい、男らしいよ。今回も男だって聞いたけどねえ。その術師の輿を見送る見物人で、王城への沿道には見物人が詰めかけてるよ。あたしゃ商いの帰りに見たけど、とんでもない人混みだったね」

「数年に一度、数十年に一度のことだからな。術師入城の行列を見る機会は。わしも小さいときに見たが、そりゃあ素晴らしかった」

「ほんとうかよ爺さん。ボケちまって、祭りの行列と間違えてねえか?」


 ドッと笑いが起こる。あちこちの卓子でこんな感じだった。


「……みんなが話している術師って、耀藍ようらん様のことだよな?」

 青嵐せいらんがそっと香織こうしょくに耳打ちする。

「うん、そうだね」

「俺、華老師から聞いたんだけど……なんだかまだ信じられない」


 華老師は小英と青嵐に、耀藍が術師として王城へいくことを話したようだった。


「ふふ、そうだね」

 香織は汁椀を次々とよそって、大きな盆に載せていく。今日の汁椀はキノコとちぎり豆腐の醤油汁だ。


「なんか、フラっと門をくぐってきそうでさ、耀藍様は。もう会えないなんて、思えないんだ」

「そうだね……」


 そうだったら、どんなにかいいだろう――とりとめのない思考に引きずられそうになり、香織はぶるぶると首をふる。


「ほら青嵐! お盆がいっぱいになっちゃったわ。運んで運んで」

「うわ、ほんとだっ、ごめん!」

「ふふっ、あわてないあわてない。わたしも手伝うから!」


 二人で長卓子の間を縫うように歩き、汁椀を配っていく。

「ありがとう」

「ありがとう香織、青嵐!」

「今日も泡菜がうまいねえ」

「おお、今日は献立に佃煮が付くのかい。なら、今日は奮発して定食を食べていくかな」

「この汁、作り方教えて!」


 たくさんの笑顔が香織に話しかけてくれる。

 そのすべてに香織も笑顔で答えた。

「今日もおそうざい食堂に来てくださって、ありがとうございます!」


 厨と長卓子の間を行ったり来たりし、人々が泡菜や佃煮、最近、定番に加わった青菜の胡麻和えの鉢を回していっしょに楽しんでいるのを見て、香織はふと思い出す。


(そうだわ、耀藍様が持ってきてくれた乾酪火鍋も、みんなで食べるには良い献立よね。一度試食を出せたらいいんだけど……。チーズフォンデュがこの世界で食べられたら、わたしもうれしいし)


 乾酪火鍋はおそうざい食堂で提供できたら、いいこと尽くしのメニューになる。


(きっと、耀藍様はそのことをわかっていて、わたしのために乾酪を持ってきてくれたんだわ……)


 耀藍の包みこむような気持ちに目頭が熱くなり、香織はあわてて手拭で目元をおさえる。


(もうっ、わたしのバカバカ。耀藍様の思いや人々の笑顔を守るためにも、泣いてるヒマなんて無いんだから!)


 おそうざい食堂を、今よりももっと笑顔あふれる場所にしたい。

 いつもどんなときも、お腹を空かせた人を満たしてあげたい。

 沈んだ気持ちを元気づけ、明日に向かってまた進んでいける活力を付けさせてあげたい。


 そのために、今日も香織は厨に立ち、おそうざい食堂を開く。たとえ泣きたい気持ちでも。






 大勢の沿道の見物人に見送られ、豪華絢爛な行列が王城へ入ってから間もなく、王城の露台より花火が打ちあがった。


 術師による御前披露が始まる合図だ。


 王城正門前の大広場。

 その中央に白袍の術師が立ち、呪詞を詠唱すると、にわかに風が起こった。

 風は黒い筋となり、術師の上に小さな雲を作る。

 そこから雨が降りそそぐと、広場が大きくどよめいた。

 術師が水晶の付いた杖を振ると、黒雲が散じ、その杖が地面を滑ると同時に火が熾った。

 炎で描かれた円の中に、翼の生えた虎のような妖獣が現れる。

 まるで手品のようだった。手品と違うのは、まやかしではないことだ。

 雨は広場の人々を濡らし、炎は広場の石畳を焦がし、妖獣は先代の術師が描いた石板をその剛力で割った。新たな術師の石板を築くためだ。


「まさか雨を降らせるとは」

「先代よりも凄まじき異能よ」

「妖獣を召喚できるなら、芭帝国に攻められることがあったとしても呉陽国は安泰だ!」

 耀藍の術に、場にいる人々のどよめきが止まらない。

 それは貴賓席でも同じ状況だった。



「あれって、白龍様よね?」

「信じられない……」

「イケメンだと思ってたけどぉ、イケメンなだけじゃなかったんですねぇ」

「白龍は偽名だと思っていたけど、こういう事情がおありだったのね」

 末席で見物していた胡蝶と三姫たちは、目を丸くしてその術に見入った。


「お兄様、やっぱり耀藍は最高ですわね!」

 最も上座の王の隣で顔を紅潮させているのは、王家の末の王女、佳蓮かれん

「久しぶりにお見かけしましたけれど、変わらないどころかますます麗しいあの姿!   あのお顔! そして比類なき異能ちから! わたくしの夫たるにふさわしい御方ですわ!」

「あのねえ、その話なんだけど、佳蓮」


 上座に頬杖ついていた王・亮賢りょうけん耀藍ようらんから目を離さずに呟いた。


「どうやら、王家うちの末の王女は、君じゃないかもしれないんだよねえ……」


 一瞬、ぽかん、とした佳蓮の顔から、サーっと血の気が引いていった。

「な、な、な……なんですってぇっ?!」

 虫も殺さないような華奢な繊手が、隣の兄の鳳凰衣をむんずとつかみ上げた。

「いやですわっ! 耀藍様と結婚するのはぜっっったいにこのわたくしですっ!!」


 しかし、上座の王家の兄妹の会話など、広場のどよめきにかき消され、誰にも聞こえない。

 ましてや無心で術を披露する耀藍の耳に届くはずもなく。



 耀藍は余興として次々と術の断片を披露していく。周囲の景色も、音も、まったく気にならない。

 静寂の中にある耀藍の想いは、ただ一つ。


(オレはこの異能ちからを使って、オレの場所で戦う。香織のために)


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